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22 兄と妹



 マリスはしばらく動けなかった。

 どうして父の部屋に隠していたエリカが、庭先でびくびくしながらそうっとこちらを伺っているのか、頭が処理できなかったのだ。



 マリスは動揺しながらもさっと周囲を観察した。

 彼女の周りにほかの人間はいない。

 ここまで来る途中で誰にも見つかっていいということは、父が寄越したのだろう。マリスはようやく落ち着いて小さく息を吐いた。


「……そこにいると他の人に見つかるから、入って」

「あ、はい……」


 マリスが声をかければ、エリカはそろそろと身を小さくして入ってくる。

 何故か兄であるバートではなく、マリスの後ろにちょこんと隠れた。


「エリカ」


 呆然とした様子でエリカの名前を呼ぶバートは、まるで死に別れた妹を見たように驚いている。


「や、やっほー」


 対するエリカは緊張しながらものんきな言葉を返した。

 反応しないバートを見てられなくなり、マリスは背中に隠れていた彼女を引っ張り出す。


「あっ、マリスさん」

「ちゃんと話したら?」


 居心地の悪そうな顔をしていたエリカは、ようやくバートの前に立った。


「……お兄ちゃん、久しぶり」

「エリカ」

「はい」

「エリカ?」

「そうだよ」

「……お前、吸血鬼のところから逃げたのか?」

「なにそれ。逃げてないよ。あれ、もしかして、別のところで暮らしてるって聞いてないの?」

「ああ……いや……聞いてるよ、だから、お前が逃げたのかと……」

「どうしてよ、別の吸血鬼のところにいるだけだってば。引っ越し? みたいな?」


 へらっと笑ったエリカの前で、バートは力が抜けたようにしゃがみ込んだ。


「えっ、お兄ちゃん?」

「……てっきり、逃げ出して行方不明になったから別のところで暮らしていると向こうが言い出したんじゃないかと……こっちでは、騎士団の皆が心配していたんだ。あの時も急に居なくなったし」


 それを聞いたエリカは途端におろおろとし始めた。マリスに助けを求めてくるが、兄のことは妹がどうにかするしかない。マリスはとりあえず頷いておいた。適当にがんばって。

 伝わったのか、青い顔をしたエリカは覚悟を決めると隣にしゃがみ、背中をつん、とつついた。


「ご、ごめんね。相談すればよかったんだけど。ほら、お兄ちゃんも結婚を控えていたじゃない?」

「……邪魔だなんて思ってない」

「うん、わかってるけどさ。私が、二人のお世話になるのが嫌だったんだ。勝手に決めてごめん。でも、色々と条件もよかったから、早いもの勝ちかな? なんて思って、志願しちゃった」

「……条件って、お前、あれだろ。ごろごろしていいとか、そういうのだろう」

「あたり。さすがお兄ちゃん」


 明るく言ったエリカにつられたように、バートはよろりと顔を上げた。

 心底安堵してゆるんだ表情からは、彼が妹をどれだけ大切に思っていたのかが痛いほどマリスに伝わってきた。


「ごめんね。本当に、ごめん」


 エリカは静かに言った。

 本当の謝罪を受け取ったバートは首を横に振ると、ゆっくりと立ち上がった。しゃがんだままのエリカに手を差し出す。


「いいよ、もう。無事だったんだとわかれば、いい」

「……ありがとう」

「それで? どうして別の吸血鬼のところにいるんだ?」

「おっと、それは……えーと……」


 立ち上がったエリカは一瞬言いよどんだが、すぐにまっすぐに兄を見た。


「好きな人ができちゃって。その人のところにいるの」

「……」

「だから、好きな人が」

「……」

「幸せに暮らしています。安心してね」


 エリカがまじめに言い終わったところで、再びバートはふらっと倒れそうになった。が、今度は耐える。顔色が悪いのは気のせいではないはずだ。マリスはバートに心から同情した。


 突然無言でいなくなった妹が行方不明かもしれないと気をもんでいたら、思ってもいないところで再会し、さらには当主の吸血鬼を裏切る形で別の吸血鬼と幸せに暮らしていると言い始めたのだ。


「……色々と追いつかない……」


 そうだろうな、とマリスも思う。

 双方の関係性や、今までの感情や、ようやく会えた喜びで正常に処理しきれないだろう。


「とりあえず聞かせてくれ」

「うん?」

「お前は大丈夫なんだな?」

「うん。大丈夫」

「こっちができることは?」

「ないし、なにもしないでくれた方が助かるかな」


 エリカがあっさりと言い切れば、バートは「わかった」といって大きなため息を吐いた。表情がようやく落ち着いていく。


「私に会ったことも言わないでね。ここの人達が助けてくれて身を隠していられたから」

「わかってる」

「ただ、騎士団の皆が心配しているんなら、そっちに無事が伝わる方法を相談してみるから」

「……そうしてくれると助かる」

「うん」


 にこにこと笑うエリカを兄の顔で見ていたバートは「お前らしいな」と呟いて、色々な疑念を捨て去ってくれたようだった。

 というか、そうするしかないのだ。

 





   ○






 兄妹の再会も、騎士団の訪問も無事に終えることができたマリスは、一人、肩の力を抜いた。


 あの後、再会を無事に終えたバートを騎士団に合流させつつ、エリカを父の部屋に再び隠し、さらに騎士団の見送りをしてようやく院の中は静かな日常へと戻ることができた。今は、日が暮れて活動ができるようになった父がエリカをラーシュの城に送っている。


 彼女は朝になった途端に、ラーシュに黙って城を抜け出してきたらしい。書き置きを残したし、吸血鬼達は日が昇っている間は動かないから大丈夫です、と言ってのける剛胆さに、マリスは感心した。


 そうして、エリカはマリスに目一杯感謝を伝えて愛する吸血鬼の元へと帰って行った。



 その姿がどうしてか羨ましく見えたマリスは、振り切るように完全隔離部屋に籠もっている。


 裏の門は開き、姉たちは輸血のために動き回っている中、一人、いつものソファに座って、ここに顔パスで我が物顔でやって来る吸血鬼を待っているのだ。



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