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20 人と、そうではない者と


 カッ、カッと足音が複数響いていく。

 うるさい。

 マリスは鬱陶しく思う気持ちにげんなりしながら、騎士団の後方を粛々とついて歩いていた。



 彼らは隅々まで「視察」をして礼儀正しいが、騎士団の持つ独特の雰囲気がマリスは好きではなかった。人が嫌いなわけではないが、この高圧的な雰囲気がどうしても受け付けない。吸血鬼達は気だるげで威圧感はあるが、花聖院の娘達に一定の距離と敬意のようなものを持っている。けれど、騎士団の彼らはまるでここが敵の拠点のひとつような扱いをするのだ。

 視察だ、訪問だ、なんて言葉など、表向きにすぎない。

 どう考えても抜き打ちチェックだ。


 今までなら「あー、さっさと終わらないかな」やら「そんなに怯えなくても良いのに」と小馬鹿にしていたのに、今日は特に腹が立つ。



 ふう、と小さく息を吐く。



 自分の感情の変化の原因にマリスは心当たりがあった。

 今すぐ呼びつけて詰問したい。

 浮かぶのは、あの美しい吸血鬼の顔だ。




「そちらはご遠慮願えますか」


 院内の私室の並ぶ最奥にある上への階段に向いた足を、母が止める。


「……何故です?」


 この集団のまとめ役らしき男がわざとらしく笑って聞けば、後ろに控えていた男達もぴりっとざわめいた。

 同じ統率力でも、サイラスのそれとはまるで質が違う。

 力でねじ伏せているような不穏さと、上に立つ絶対的なパワーバランス。

 アットホームに見えた吸血鬼達とは雲泥の差だ。


「何故、駄目なのですか?」


 何か隠しているのか、と言いたげな目線に、母はにこりともせずに青い目で見上げて言う。


「私の夫の寝室です。彼は休んでいますので」

「……ああ、ご在宅でしたか」

「ええ。それと」


 母が手を伸ばし、男の胸ぐらを掴みあげた。


「ここは私の家。不作法は許しませんよ」


 ぴりついた空気の中、静かなにらみ合いの果てに、男はへらりとした顔で両手を上げた。


「それはすみません。失礼をしました」


 表面上の謝罪を受け取り、胸ぐらを掴む手を離す。


「あなた方はただの客人だということをお忘れなく」

「ええ、そうでしたね。そうでした」


 何度も頷いてみせる。

 マリスはその嫌みったらしい顔を見て、唐突に自分に「縁談」が来ていたことを思い出してしまった。


 騎士団の中から一人選べ、と双方が言っているのなら、間違いなくこの中にいるはずだ。もしその相手がこれだったら絶対に無理、とマリスはげんなりした。

 男の後頭部を少しだけ睨み、誰とも目が合わないように俯いて歩くことに徹する。誰が相手でも、騎士団との縁談などマリスは最初から受けるつもりはない。

 

 ……、ああ、いけない。

 マリスは舌打ちをしたい衝動を食いしばることで抑える。


 むくむくと自分の中から次々出てくる感情。

 そのコントロールにマリスは手こずっていた。そのたびに浮かぶあの顔にも、怒りのようなものがわき上がる。ひりつくようなその感情を、どう形容して良いのかわからない。そして、それは自分の中で押し込めておかなければならないこともまた、わかっている。けれど、どうしても抑えきれない。

 本当に、腹立たしい。




 吸血鬼の区域である待合室と輸血室の視察を外側から済ませた気の弱い騎士団達を横目で見て、マリスは本日最後の視察場所を案内した。


 ナタリーと共に先頭を歩き、今度は母が最後尾に付いて、地下の湿った階段を下りていく。

 いつもは必要としないろうそくの明かりをゆらゆらと揺らしながら、下へ、下へ。

 花聖院の娘達が夜目が利くことを、彼らは知らない。

 干渉しないと言うことは、こちらの強みも弱みを知らせる必要などない、ということも含まれている。彼らの訪問は、色々な意味で本当に面倒なのだ。


 完全隔離部屋のドアノブを握った時、マリスはテーブルの上に薔薇の指輪が転がっていることを思い出したが、一瞬でも躊躇ってはならない、と母によって解錠された扉を大きく開けた。


 窓のない地下室には、対になったソファとその間にあるテーブル、そして部屋を囲む空っぽの本棚しかない。

 サイラスが自分の気配を残すはずもなく、なんなら、もう二年ほど使っていない空気すらある。

 騎士団の彼らもそう感じたのか、さっと見渡すとすぐに興味を失ったようで部屋に入ることもなかった。では次へ、と催促までされ、扉を閉める。素早く母が施錠をするのを聞きながら、マリスはさらに深い場所へと向かうために足を進めた。


 ふと疑問に思う。

 どうして彼らはあの指輪に全く目もくれなかったのだろう、と。



 最奥にある黒く塗れた扉の前で足を止めれば、マリスもナタリーも触れていないのに勝手に開く。母の「さっさと終わらせて、さっさと帰らせろ」という意思を姉妹は正しく受け取った。


 室内が足下から発光している光景に、後ろの屈強な男たちが息を飲んだ気配がする。ナタリーが細い石畳の道に先に立ち、くるりと振り返る。


「どなたか代表者の方だけ、先へ案内いたします」

「では、お願いします」


 当然のように、騎士団のまとめ役の男がにこやかに手を挙げる。


「どうぞ、こちらへ。マリス、後ろについてくれるかしら」

「わかった」


 ナタリーからの指示に従い、マリスは男の後ろに立った。

 ついでに後ろで待つ従順な男の部下たちに大切なことを伝えておく。


「そこを動かないで。この水は人にも吸血鬼にも毒だから」


 細い石畳の両側、一段低くなった場所を示す。発光する水に今まで触れようとした愚かな騎士はいなかったが、念のため、というよりほぼ脅しとして伝えれば、彼らの顔が少しだけ引き締まった。



 白い光に包まれている水瓶へ向かう。

 そこに、ちょうど上で採血が終わったのか、白いもやがふっと広がった。水瓶へ、血液が吸い込まれていく。

 朝にはきちんと浄化をしてあるので、いつもと変わらぬ景色ではあるが、それを見る男はかすかに軽蔑をにじませて見た。


 ナタリーとちらりと目を合わせる。

 笑みに見える含みを持たせたそれにはわかりにくい怒りが滲んでいて、マリスは少しだけ溜飲が下がった。



 そして思う。

 吸血鬼たちがバランスを重要視するのは、結局人間のこう言うところを煩わしく感じているのだろう、と。



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