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2 裏門からの来訪者





「裏門を開けるわ。皆、準備を」



 母である院長の号令が院の中に響く。

 裏門を開けられる唯一の人間である母は外へ、院の扉に向かうようにナタリーとマリスが前列に、後列にはマリス達の遠縁である「青い目」をした亜麻色の髪の姉たちが一斉に並んだ。


 

 院の地下の途中にある完全隔離部屋に押し込んだ男達三人は、これから生きた心地のしない中で夜明けを待つことになることになるが、それも仕方のないことだ、とマリスは思う。


 夕暮れ近くになれば、決して怪我をせぬように細心の注意を払うべきところを大怪我をし、いくら焦っていたとはいえ、足もそのまま置きっぱなしにした上に、血も滴らせたままでここに来るなんて彼らに「食べてください」と言っているようなものだ。ここの全員を危険にさらすのだから、怯えて眠れずにいればいいとさえ思った。ナタリーがきちんと足を元に戻したことを一生感謝して生きろ、と。


 姉たちも、男の巻いていた包帯や、付き添い人の服もはぎ取って燃やしたり、血の気配を消すためにあちこちを清めた水で拭き回っていて休む暇もなかったのだから。

 ああ、本当に腹が立つ。



「マリス、顔が怖いわよ」


 ナタリーにやんわりと言われ、マリスは顔を揉んだ。

 これから来る者達に、豊かな表情を見られるのはまずい。



 ふと、院の雰囲気がガラリと変わった。


 花聖院の裏門が開いたのだ。

 その刹那、生ぬるい風の塊がドッと押し寄せ、院の戸という戸を全て開けていった。

 マリスの長い髪も勢いよく後ろへとなびく。


 いつもよりも数倍強い勢いに、思わずナタリーと目を合わせた。

 


 そうして、いつもなら院長が従えて入ってくる「吸血鬼」たちが、別の者に追従して入ってきた。マリスの顔がさっと青ざめる。



「母さまは」

「マリス、静かに。よく見て、後ろにいるわ」


 思わずあの強い母が、と焦ったが、ナタリーに言われたとおりに見てみれば、一人の黒いロングコートに身を包んだ男の後ろに控えていた。


 控えている。

 マリスは愕然とした。

 あの、吸血鬼達に対していつも堂々と振る舞い、時にはいきすぎた者に鉄拳を下す人が、付き従うように。



 いったい何者なのか、とマリスがようやくその男を見た瞬間、ぞわりと背中に何かが駆けあがった。

 目を隠す長い前髪と胸のあたりまで無造作に伸びた黒髪や、両耳の複数のピアスに、すらりとした立ち姿。

 そして、その圧倒的な存在感。

 どう見ても普通の吸血鬼でない。どうして今の今まで男を気にしなかったのが不思議なくらいだった。

 


 よく見れば、引き連れている吸血鬼達もみな、いつもの者達とは桁違いの美しさを持っている。男は三つ揃いのスーツを、女はきらびやかなタイトなドレスを着て、堂々と院に入ってきた。




「……失礼、花聖院の娘達。聞きたいことがあって来た」


 男はマリスの前に立つと、その血色のいい唇で微笑んだ。

 マリスはナタリーが庇って答える前に応じる。


「何の用?」


 男の後ろに立つ吸血鬼達がざわついた。マリスの言葉遣いが気にくわないのだろう、もちろん母もそうらしく、怒りのにじむ顔で娘を激しく睨む。


 こういう反応をするということは、つまり。


「それで、どなた?」


 わざと言えば、今度は隣のナタリーや後ろの姉たちがざわついた。

 唯一悠然と笑っているのは、目の前の男だ。

 上品に「ふふふ」と笑い、口元に細い指で触れる。後ろの者達に黙っていろ、と言っているのだ。


「サイラスだ。君は?」

「マリスよ」

「よろしく、マリス」

「どうも。それで何を聞きたいの? 血をもらいに来た訳じゃないんでしょう」

「男を」


 マリスの言葉を全く気にしていない様子で、サイラスは続けた。


「男を探している。うちの血脈ではない、西の城の主なんだが、ここに逃げ込んでいないかと」

「吸血鬼はあなた達以外いないけど。門は夜に一度しか解放しないし、一度解放したら夜明け前に閉めるだけ。今、あなた達が開けさせたの見てないの?」

「でも、君たち以外に誰かいる」


 サイラスは笑いながら、指で下を示す。

 マリスも笑みで返した。


「人間よ。三人。日暮れ前に馬鹿みたいに怪我をしてここにきたの。もうあなたの同族達が来る時間だから完全隔離部屋に押し込んでいるわ。見に行く? 人間とは会わないと言う協定を破るの?」



 長い歴史の中でできた協定は、人間も吸血鬼も守るためにあるものだ。

 人は善意で血液を提供し、吸血鬼は精製して中毒性を除かれた安全な血液を輸血する。

 その間に立っているのが完全に中立である「花聖院」だった。

 始祖の吸血鬼が気まぐれに人間との間に子供をもうけ、唯一無事に生まれたたった一人から繋がっている子孫で、院は管理されている。


 人には吸血鬼の食料を握る者であるという安心感を、そして吸血鬼には、別の能力を独自に紡いできた「血を必要としない同族」になり、別の脅威であり続けている。

 始祖の血族が一度も花聖院に赴くことがなかったのはこのためだ。



 マリスの挑発に乗らず、当主であろうサイラスはゆっくりと首を横に振った。


「いいや。協定は破らない。君の言葉を信じるよ、マリス」

「それはどうも。ところで」


 マリスは一歩前に出る。

 サイラスは伸ばされた手をやわらかに掴み、自分の顔に導いた。


 額からさらりと前髪を流す。

 吸血鬼という名に相応しくないほどの神々しい美しい顔に、血を湛えたような赤い目。


 マリスは無邪気に笑った。



「ああ、やっぱり。久しぶりね」

「バレたか」



 サイラスも笑う。


 途端に、張りつめた空気が解けた。

 それどころか、また別のざわめきがあちこちで起きている。




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