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12 親子



「……帰ったみたいだね」


 完全隔離部屋の中でじっと立っていたマリスは、その声に顔を上げた。


「父さま」


 開いた扉の先で、父は穏やかにマリスを見ている。


「ごめんね、リリアさん、切るよー」


 入ってきて早々言うと、母の「あっ」と響いた声を最後に、部屋の中がしんと静まった。


「これくらいしかできなくて、無力な父で申し訳ないね」

「そんなこと」

「優しいね、マリス。実は誰にもできるんだよ」

「でも、教える気はないでしょ」

「もちろん」


 優しく笑って、先ほどまでサイラスが座っていた場所に腰を下した。

 マリスを見上げ、座るように促す。黒い髪や赤い目は一緒なはずなのに、全く違うぬくもりがあった。

 マリスはすとんと座る。


「久しぶりの帰宅で悪い」

「ううん」

「元気だったかい?」

「うん」

「リリアさんから聞いてるよ。毎日頑張っているみたいだね」

「でも、まだ採血は無理だけど」

「……昨夜、けが人が来たんだって?」

「え? うん、ナタリーが足を綺麗に戻してあげたの」

「マリスが、みんなに指示をして、綺麗に血の気配を取り除いた上に、町にある足をここまで無事に引っ張ってきたと聞いたよ。おかげで血のにおいに負けた吸血鬼が衝動的に町を襲わずに済んだ。人も吸血鬼も、よく守ったね」

「……ん」

「強くなったね、マリス」


 しみじみと言われ、マリスは照れて俯いていた顔を上げる。

 父の眼差しは、小さい頃によく見つめられたそれだった。

 子供をどこまでも甘やかして慈しむ、親の目。

 恥ずかしくなると言うのに嬉しくて、ちょっと目頭が熱くなる。もう小さな子供ではないのに。


「本当に、強くなった。昔は僕らがどれだけ励まそうとしても、頑なだったろう。自信が持てなくて、ナタリーと自分を比べていた。いつか君が苦しくてたまらなくなるんではないかと僕らは心配していたけど……そうか、君はあの人に支えになってもらっていたんだね」


 嬉しそうな声だった。

 マリスは、首を傾げる。


「……怒らないの?」

「何を?」

「サイラスと、手紙のやりとりをしていたことを」


 吸血鬼でありながら花聖院に身を置いている父ならば、中立を維持することの難しさと大切さを身を持って知っているはずだ。


「怒らないよ」

「どうして」

「リリアさん、そんなに怒ったの?」


 からからと笑われる。


「それは怖かったろうね」

「うるさかった」

「愛しているからこそだよ」


 わかっているだろう、と見られたので黙ると、また笑われた。


「父さま」

「ごめんごめん、手紙の件は、怒らない。むしろ、娘を支えてくれてありがとうと伝えたいくらいかな。今度言っておくよ」

「やめて」

「手紙はね、怒らない。でも、ここで二人で密会はちょっと怒ってる」


 怒っているにしては柔らかな声で、父は続ける。


「だって、リリアさんに似た可愛い娘と、それを妻にしたいと言う男を密室に入れなきゃいけないなんて、いくら監視の目があったとしても父親として」

「父さま、違う」


 年頃の娘と男を密室、なんて単純な話ではない。


「花聖院の娘と吸血鬼の当主が一緒に過ごすことが問題よ」

「ああ、そっかそっか」

「そうです」

「そこは、まあ、仕方ないよね。だろう?」

「……」


 そう、仕方ない。

 この状況になって、一番バランスのいい形に収まっている。

 マリスはわかっていた。


 愛情深い吸血鬼の、それも当主に気に入られた。

 拒絶することは簡単だが、そうした場合、周りが無理をしてマリスを誘拐することだって可能性としては捨てきれない。

 サイラスが周りから愛されていれば愛されているほど、主人の望まない行動にも移す者が出てきてもおかしくはない。サイラス自身の統率力の問題ではなく、彼らの愛情深さは、身内にも同等にあるのだ。

 

 

「本気で拒絶もしないが受け入れない、相手の要求をのみつつこちらの立場も明確にしない。そうするしかないよね」

「……」

「でも、マリスが心底嫌なら、あの人はきちんと引くよ。誰にも迷惑など掛けずに」


 当主であるサイラスを慕っている「吸血鬼」として、父が言う。

 マリスが黙り込むと、眉を下げて笑った。


「ごめんね、マリス。君の好きにしていいと言えなくて」

「いいの」

「……どうしたいのかは、聞かない。君を困らせるだけだろうし。ただ、相談は乗るから、言いたいときは言いなさい」

「うん。ありがとう、父さま」

「はあ……可愛いね、僕の娘は」

「ナタリーそっくり」

「親子なので。もちろん、君ともね」

「……サイラスが、私と父さまが似てるって」

「へえ。あの人はなんて?」

「好意の受け取り方が似てるって。相手を嫌な気にさせないのに全然感触を得られないところらしいよ。癖になるなんて変態っぽいこと言っていた」

「おやまあ」


 父が何度も頷く。


「あの人はマリスに本気なんだね。聞いてはいたけど、これまでとは。意中の人がいることは吸血鬼達はみんな知っていたけど、相手は絶対に漏らさなかったんだよ。相手の身を守るためだろうって。まさか僕の娘とは思わなかったけど。会ったのは昨日で二回目だったんだっけ?」

「そう」

「手紙のやり取りもどちらにも綺麗に隠してたし、あの人は本当に怖いな」


 そう言いながらも、なぜか顔は優しい。

 マリスは、父が指輪に気づいていながらも一切触れないことがありがたかった。


「この部屋は、しばらく立ち入り禁止にしておこうね。リリアさんもそのつもりだろうし」

「うん。開けてサイラスがいたらびっくりするよね」

「あはは、びっくりで済むのはマリスくらいだよ」










 そうして久しぶりの親子の時間を過ごし、二人が地下から戻ると、待合室には馴染みの吸血鬼が一人、座っていた。

 


「お、フィン。帰ってんの? おかーえりー」



 マリスは吸血鬼でこの男ほど陽気な者に会ったことがない。

 黒い短髪の、騒がしいガラの黄色いシャツを着たこの男が、騒ぎの元凶である西の城の主の吸血鬼、ラーシュだった。




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