死んだ爺さんが女風呂を覗く気満々で化けて出たので。
家紋武範様の「夕焼け企画」参加作品です。
爺さんが死んだ。
別になんて事はない。
老衰だって。
93才だったから大往生だよ。
爺さんが死んだそのせいで、俺は今、この気味が悪い蔵の前にいる。
爺さんが死んで半年。
何故俺が意を決して蔵に入るのかというと…
まぁ…爺さんの遺言だ。
正式なものではなくて、爺さんが死ぬ少し前にたまたま二人きりになった時に言われたやつ。
「祐希…死ぬ前に一つ頼みがある。これはワシの遺言と思って受け取って欲しい。
…ワシが死んだら蔵のどこかにある赤い木箱を探してくれ。
そして見つけたら燃やすんじゃ。絶対に中を見てはいかんぞ。
ワシが燃やそうと思って必死に探したんじゃが…ついに見つけられんかった。この事はお前にしか言わない。いいか、見つけたら中を見ずに燃やしてくれ…お前に託したぞ…」
「なんだよそれ。呪いの小箱…とか?」
「呪い??ちが…ぁああ!そうじゃ。呪いじゃ。代々伝わる…代々伝わる…見たら呪われる呪いの小箱じゃ。お前はまだ呪われたくないだろう?」
めっちゃしどろもどろしてるし。たぶん今思いついた理由だな。
「いや、まだとか関係なくて一生呪われたくないけど…」
「…ワシはもう長くはない…だから…頼んだぞ…」
そう言って、わざとらしい咳をゴホゴホとし出す爺さん。
なんでチラチラ俺を見るかな。
「代々伝わるなら父さんも箱の在処知ってるんじゃないの?」
「うはぁあ!だめじゃ!あいつには言うな!受け継ぐには人格が足りんのじゃ。お前なら大丈夫だと、ワシが見込んでの事だ」
いやいやいや…受け継がねーし。
呪いの箱を受け継ぐ人格ってなんだよ。テキトー過ぎるだろう。
「…わかった。父さんには言わずに見つけて燃やせばいいんだろ?」
「頼んだぞ…」
俺がそう言うと、明らかに爺さんがホッとしているのが伝わってきた。
その二ヶ月後、爺さんが眠るように…てか本当に寝ながら死んだんだけど。
ま、そういう訳で爺さんの遺言の「呪いの赤い小箱」を探す為に、今、俺は懐中電灯と一緒に蔵に踏み込む。
その箱の中身がなんだって?ま、絶対呪いとか関係ないだろうね。
ふつーに爺さんの黒歴史が詰まった箱なんじゃねーの?
エロいなんとかとか、エロいなんとかとか、エロいなんとかなんじゃねーの?って思ってるんだよね。
それ隠したのはいいけど、すっかり忘れてて今際の際で思い出したんだろうな…
「さ…てと。どこから手をつけようかなぁ…」
無駄に広い蔵。
入り口付近には…まあ、ないだろうな…いや、あるじゃん。
めっちゃ目立つところに赤い箱あるじゃん?
入り口入ってすぐ横の棚にちょこんと置かれた赤い箱。箱を結んでいただろう紐が解けてる。
何これ。爺さんこれが見つけられなかったわけ?
箱を手に取り開けてみる。
そこには…
「熟女の〇〇」
「〇〇と熟女の〇〇」
…その類のDVDが数枚入っていた。
なんだよ爺さん。熟女好きだったの?
そう思った時、ガタリ…蔵の奥から音がした。
音が聞こえた方に目をやると、真っ黒な人のカタチをした影が見えた。
ゆらりと動く人影。
「え……」
まさか本当に呪いの箱?…そう思った瞬間
「みーたーなー」
聞き慣れた声がした。
そこには死んだはずの爺さんが立っていた。
「うおっ!?なんだよ爺さん、驚かすなよ!」
「ぐぬぬ…祐希!中を見ずに燃やせと言ったのに!」
「いやいや、普通見るでしょ」
「呪いの箱だと言ったはずじゃ!何故開けてみたんじゃ!」
半泣きの爺さん
「いや、これ開いてたよ?しかもご丁寧に箱拭いてあったからね?」
「誰がそんな余計な事を!?」
「そんな事するの婆ちゃんしかいねーだろ?」
「つまり婆さんに中を見られた…と?うっうっ…婆さんに見られたとなっては…わしゃ死んで詫びるしか…」
その場に崩れ落ちる爺さん。
「爺さん…あんたもう死んでんだよ…」
「ああ、そうじゃった!ボケてしまったわい」
そう言ってからわっはっはと二人で笑った。
「爺さん熟女好きってなんだよ。ばあちゃん10歳も年下なのに」
「いや、婆さんが一番じゃ。そこは変わらない。
じゃが…ワシも甘えてみたかったんじゃ。10も年下の婆さんに甘えるなんてなかなか出来ずにな、熟女だったら甘えられるかな〜?と思うてな…」
恥ずかしそうにもじもじしながら言う爺さん。
「爺さん。この女優さんたち40歳くらいだから。爺さんからみたら50歳も年下だから。熟女なんて言ったら失礼だよ」
「はっ!」
重大な事実に今気づいた様な顔をする爺さん。
「ワシが甘えたい熟女と言うたら…」
「120歳くらい。たぶん皆んな壺の中」
「!!!」
どよーんとした雰囲気を醸し出す爺さん。壺の中の人だって迷惑だろうよ。
「つかなんで化けて出たわけ?」
「いやー…その、化けて出れたら夢が叶うかなと…」
死んで叶える夢なんて絶対碌なことじゃねーな。
「夢ってなんだよ」
「その…女風呂を…堂々と覗けるかな…って…」きゃっ♡とばかりに顔を覆うジジイ。
それを聞いた俺は父親に電話した。
「父さん?爺さんが女風呂覗く気満々で化けて出た。…うん、うん。…わかった」
電話を切って爺さんを見ると、爺さんはめちゃくちゃ怒っていた。
「祐希!何故アイツに電話したんじゃ、アイツには言うなと言ったじゃろう!」
「いや、約束通り呪いの箱の事は父さんだけには言ってないから。通夜の時、ちゃんと父さんがいない時に親戚皆んなに言っただけだよ」
「はあああ?!もっと悪いじゃないかっ!親戚皆んなにバラすなんて死者を冒涜する気か!せっかくワシの夢が叶うと思っていたのに!幽霊になったらアレもコレもしたいと!色々思うていたのに!」
はぁぁ…なんだよこの人
「爺さんのあれこれの夢ってそれたぶん犯罪じゃね?畑仕事しながら「我が人生に悔いなし!」って叫んでたの、あれ嘘だったの?」
大声で何度も叫んで喉痛めて「喉が痛い!ワシは死ぬんじゃ!」って大騒ぎしたくせに。
「あの時に化けて出たら夢が叶う事に気づいたんじゃ」悲しそうに俯くジジイ。
そしてあーだこーだと騒ぐ爺さんの相手をしているうちに、袈裟を着た父さんが到着した。
「ようジジイ。二度も葬式するとは思っていなかったぜ」
父さんの職業は坊さん。
化けて出る計画が父さんにバレたら祓われると思って口止めしたんだろう。
坊主頭でガタイのいい父さん。幼い頃は警察官になりたかった正義の人。近所のお寺に遊びに行くうちに、将来の夢が警察官から僧侶になり、それを叶えた。
ただし、ガラが悪くて袈裟を着けていなかったら坊主頭の怖い人にしか見えない。
父さんの登場に爺さんが震えている。
「ジジイ、俺に会いたくて震えたか?」
「会いたくなくて震えとるんじゃっ!!まさか…ワシを祓う気か!?頼む!夢を!ワシの夢を叶えさせてくれ!」
「チッ」父さんは舌打ちをしてから印を切り「堕ちろ」と言ってサクッと爺さんを祓った。
くはぁ…夢敗れたり……
それが爺さんの最期の言葉になった。
ざまあ。
「死んでも馬鹿は馬鹿だな」
父さんの呆れたような声が聞こえた。
俯き何か考えるようにじっと足元を見つめる父さん。
自分の父親が化けて出た事、それを祓った事…ショックだったのかな…
すると、父さんが何かに気づいた様子で足元に生える「ハコベ」をちょいちょいと摘みだした。
「何してんの?」
「これピーちゃんが喜んで食べるんだよ」
ピーちゃんとは母さんが可愛がっているインコだ。
「へー。ピーちゃんハコベ食べるんだ?じゃあ俺も摘も〜っと」
しばらく俺と父さん二人でピーちゃんの可愛さ話しに花咲かせながらハコベを摘んだ。
夕陽が父さんと俺の影を伸ばす。
俺も父さんも、爺さんを祓った事はショックどころか清々したなと思っている事を確認し合う。
家に帰り父さんが爺さんの事を話すと、婆ちゃんも母さんも「よく祓ってくれた」と拍手して大喜びしてた。
「身内から変態の幽霊出すわけにはいかないからな」と、父さん。
マジ、それな。
その日の夕食はちょっと豪華だったよ!
拙い文章、最期までお読み下さりありがとうございました。