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招かれざる勇者の物語  作者: 双頭 申
【第一章】まどろみの世界/眠れる街の夜明け編
9/24

第5話:ドゥーマの戦士

主人公の存在が招かれざる者である理由が遂に明らかになります。

 曇りガラスの窓から差す日の光で目を覚ましたルキト。眠気眼を擦ってのろのろと上半身だけを起こして外に視線を移す。


「うお、いつの間にか寝てたのか。つか今何時だ?」


 ふと無意識にポケットの中をまさぐるが、いつもそこにあるはずのモノの感触が伝わらない。


「あれ? スマホがねえ。途中で無くしたかな。まあ、いいか」


 こちらの世界に来る前にあったスマートフォンはいつの間になくなってしまっていたみたいだ。どの道充電出来ないので持っている意味などないに等しいが、中にあった写真や動画などのデータも見られなくなったという事実に少し落ち込むルキト。


 しかし無くなった物はもう戻ってこない。そう思い気を取り直してベッドから起き上がり靴を履く。その拍子に何かが落ちた。そこにあるのは黄金色に輝く一本の万年筆。この世界に来る前に、零奈の姿をした少女から託された、神の筆。


 大樹はこの筆のみならず、これを扱えるドゥーマの戦士という自分の知らない存在を知っていた。あの大樹にはまだ確かめなければならない事がある。それに自分をここまで導いてくれた夢人という謎の生物についても。


 ルキトは筆を拾い上げ、両手で軽く頬を叩いて目を覚まさせる。窓から漏れる日の光が、彼の顔をより一層強く照らし出した。


「おーい。起きてるかー?」


 寺院を出て大樹のいる中庭まで出た。何処となく予想はしていたが大樹はいびきをかいて寝ていた。彼の足元、もとい根元の檻の中にいる謎の白いまん丸な生物こと夢人も、昨日の夜と同じく身体を丸めて気持ちよさそうに眠っていた。


「うむゥ…………おはよう、ルキトー。起きていた。起きていたとも」

「思いっきり寝てたじゃねえか。建物の中までアンタのいびきが響いてたぜ」

「おォ、それはすまなんだァ。フォッフォッフォゥ」


 そう言って大樹は顔を皺くちゃにして笑った。枝が揺れ、ガサガサと葉っぱが落ちる。


「早速ですまねえが、昨日の話の続きが聞きたい」

「おゥ、いいともォ。何から話そうかのゥ」

「昨日言ってたドゥーマの戦士ってやつの事。出来るだけ詳しく話してくれ」


 その単語を聞いて大樹はジッとルキトを見つめた。しばしの沈黙の後、どこか遠い目で空を見上げた。


「ふむゥ、本当に知らないとはァ。よかろゥ、少ォしだけ、長い話になるから、よおく聞くんじゃァ。アレはァ、まだワシがほんの小さな若葉だった頃……」


 それから一時間近くあまり関係のない大樹の身の上話を聞かされた後、ドゥーマの戦士について語りだした。


―――


 かつてこの世界に住む者は皆、創造の女神アルティナと共にあった。あらゆる種族は彼女の庇護の下、平和と安寧を享受していた。


 ある時、世界の果てと呼ばれる大地に突如巨大な黒い裂け目が現れ、そこから得体の知らぬ灰色の化け物達が這い出てきた。


 世界の果ての大地は異形の化け物共によって埋め尽くされていった。かの者らは海を渡り、山を越え、人々の住む世界へと侵略していった。


 彼らは決して眠る事無く世界を貪り続け、蹂躙し続けた。生きとし生ける者全ての命を奪い、或いは犯し、呪い、弄んだ。世界中が闇に包まれ、化け物の群れによって大地は蝕まれ腐敗していった。


 世界が絶望に染まりかけたその時、かの地にて希望の炎が灯される。戦いを望まぬ女神アルティナに変わり、彼女の子であるドゥーマが大地に降り立ち、人々に戦う力と英知をもたらしたのだ。その手に母なる女神より託された一本の筆を携えて。


 ドゥーマが手にしていたとされるアルティナの爪で創られた巨大な筆【原初の筆】の力は絶大であり、その筆によって描かれた文字は力となって具現化し、眠らぬ化け物達を打ち倒していった。


 やがてかの地にて、彼の力と意志を受け継ぐあらゆる種族の戦士達が集結した。原初の筆を基に、様々な神の筆が創られた。筆は武器としてその姿形を変え、その武器を手に闇黒(あんこく)の軍勢に立ち向かった。人々は彼らを【ドゥーマの戦士】と呼んだ。


 ドゥーマとその戦士達は雌雄を決すべく、黒い裂け目が現れた世界の果てへと赴いた。後に【神話大戦】と呼ばれるその戦いで多くの命が失われた。多大な犠牲を払い、ついにドゥーマの戦士達は黒い裂け目を閉じる事が出来た。


 しかし悪夢はそれだけに留まらなかった。世界の果てを中心に突如大地が割れ、そこから世界の分裂が起こったのだ。さらに分裂の狭間より異空を超え、眠らぬ化け物達も世界各地に出現した。


 女神アルティナは持てる全ての力を使って世界崩壊を阻止した。世界は分裂したままの姿で保たれたが、その代償として力を使い果たしたアルティナは、ドゥーマと共に自らが創造した世界を揺籠に深い眠りに落ちていった。


 眠りは女神を癒し、彼女の見る夢は光となって遍く星々へと流れていった。そして女神の眠りによって生まれた光=夢素(レイム)は、この世界の全ての生命にとっての力の源となった。


 そうして世界は新たに作り変わられ、その結果あらゆる人種、あらゆる生命、あらゆる文化が生まれた。


 だがその平和は長くは続かなかった。いつしか人々は憎しみ合い、奪い合い、争い合った。膨大な力で世界を支配しようと、古の邪法で黒い裂け目を復活させようと目論む邪教の者達も現れた。


 その時、かつてこの地に希望をもたらしたドゥーマを戦神として崇め、彼の意志を継ぐべく集結したドゥーマの戦士は、その筆の力を使い世界の秩序を保とうと分裂世界を飛び回った。眠らぬ者達と戦い、邪教徒達と戦った。


 いつの時代も、彼らの持つ神の筆とその意志が、未来を切り開いていった。


 これで世界に平穏が訪れたと思われたのも束の間。神話大戦から凡そ千年の月日が流れた頃、分裂世界各地で突如ドゥーマの戦士達による大虐殺が起こった。神の筆の圧倒的な力を使い、罪無き人々が惨殺され、人々の住む建物は壊され、暴虐の限りが尽くされた。


 天と地に二分されてしまった大地。水の底に沈んだ都市。大地が枯れ果て、瓦礫の山と化した街。炎に包まれた街。大地ごと抉り取られ消滅してしまった都市。世界中のあらゆる文明は破壊され尽くした。


 しばらくした後に、分裂世界から一斉にドゥーマの戦士達がその姿を消した。それ以降、新たなドゥーマの戦士が生まれる事も無くなった。それからさらに数百年経った今もなお、その謎は解き明かされていない。


 かつて世界を救ったはずの英雄達が罪無き人々を大勢殺し、文明を破壊し、今では世界の破壊者として恐れられ、忌み嫌われている。


 何故彼らは消えたのか? 一体何処へ行ったのか? そして彼らは何故、大虐殺という恐ろしい行為をしたのか? もはやそれを知る者は誰一人としていない。


 突然消えてしまった彼ら同様、この世界の、何処にもいない。


―――


 大樹が全てを話し終えた頃、日は高く上り、彼の葉っぱの隙間から木漏れ日がチラつくようになった。途中から落ちている大樹の実を食べながら聞いていたルキトは、神の筆を持つ自分の存在が、この世界にとって招かれざる者である理由を理解した。


 と同時に深く落胆した。大樹の話が本当なら、もはや零奈を探すどころではない。この力を振るう事も、人々の前に姿を現す事すら危険だ。偽零奈は何を思ってこんな物を自分に託したのか。神の筆を持っていたのなら、彼女は過去の大虐殺について知っていた可能性が高い。


「……なんつーか、とんでもねえ話だな。神々の戦いだの、世界分裂だの、大虐殺だの、俺にはよく分からねえ。けど、この世界でコイツを持ってるってことがやべえ事なのはなんとなくわかった」


 ルキトは右手に持つ黄金の万年筆に視線を落とす。眩いくらいの輝きを放つそれには血塗られた過去があった。


「フォッフォ。怖いかの?」

「怖い? うーん、どうだろうな。まあ過去は過去だし。その……ドゥーマの戦士? とかじゃねえ俺には関係ねえっつーか。とにかく俺は零奈を見つけたいだけなんだ」

「ほおゥ、そうか、そうかァ。なるほどのゥ」


 何を思ったか、一人、いや一本納得する大樹。そんな大樹にルキトはずっと引っかかっていた疑問をぶつけた。


「そういやアンタは平気なのかよ」

「んん? 平気、とはァ??」

「いや、だからさ、過去に大虐殺をしたドゥーマの戦士も、俺と同じ神の筆を持ってたんだろ? アンタの方こそ俺の事、怖くねえのかなって……」

「フ、フフフ…………フォーッフォッフォッフォッフォッゴフォッ!! ゴッホ!! ブフォッ!!」

「うわ! きたね!! おい大丈夫か」


 笑い過ぎて咽たのか、大樹の口から樹液か何かが吹き飛んできた。ルキトは顔に掛かった唾的な何かを拭いつつ大樹を心配した。


「オオウ、すまなんだァ。ルキトーが、あまりにおかしな事を言うもんじゃからのゥ。ルキトーも言っておったじゃろゥ? 自分には、関係ないとォ」

「いや、まあそうだけどさ」

「ならば、何も気にする事はないわい。ルキトーは、ルキトーじゃァ、我が友よ。過去の罪は、今のお主とは関係ないじゃろゥ。それにの、わしはかつて、あの子らと……ドゥーマの戦士達と長ァい間、共に過ごしておったのよォ。だからこそ分かるんじゃァ。あの子らが、そんなに酷い事が出来るとは到底思えん。きっと、何かあるんじゃァ。ワシの知らぬ、何かがァ」

「ドゥーマの戦士達が消えたのって何百年も前の話だよな? 一緒に過ごしてたのか?」

「勿論じゃともォ。ほれ、目の前の寺院こそ、かつてドゥーマの戦士達が暮らしていた場所じゃよォ」


 そう言って寺院へと視線を移す大樹。その瞳には、遠く過ぎ去った時代を生きたドゥーマの戦士達が生活している様が浮かび上がってくるようだった。


「ここが……ドゥーマの戦士達の……ッ! あの廃墟の街は、まさか……」


 ルキトは振り返り、ボロボロに朽ちて苔だらけの寺院を見つめる。かつて彼らが生きた場所。そしてその寺院の向こう側、森を抜けた先には、至る所が倒壊した廃墟の街並みがあった。


 今にして思えば、ただ年月が経ってボロボロなだけではなく、明らかに破壊された後のような光景も見受けられた。


 それがドゥーマの戦士達が行った所業だとしたら? しかもそれが世界中で一斉に起こっていたなら?


 脳裏にかつて行われた悲惨な光景が浮かぶ。それは決して許されることではないだろう。自分は改めてとんでもない場所に来てしまったのではないか?


 言い知れない不安がルキトを襲う。自分はこの世界について、殆どまだ何も知らない。いくら今の自分に関係のない事とは言え、世界が未だに過去の惨劇を根に持っているのだとしたら、もはや自分の居場所など何処にもない。世界そのものが敵と言ってもいい。


 だが、この未知の世界を当てもなく彷徨い歩いて零奈を探すには無理がある。あまりにも情報が不足している今、必ず何処かで人里に行き情報収集をしなくてはいけない。


 であるならば、神の筆の存在は極力隠匿するべきだろう。それを所持していると知られなければ、少なくともいきなり敵対される事はない。


 だがここに来るまでに相手したノンスリープと呼ばれる異形の化け物。あれと戦う為には必要な力だ。ノンスリープが世界中あらゆる場所に出没するなら、旅をする上で戦闘は不可避である。


 その姿を人に見られればどうなるか。かつて世界中の人々を死に追いやった恐ろしい力を持つ者が再び現れたと知ったら。


「それでも、俺は……アイツに会いたい。零奈に、もう一度会いたい」


 ルキトがこの世界にいる明確な理由の一つ。一年前に居なくなった幼馴染を探す。偽零奈の言葉が真実なら、彼女は今この世界の何処かにいる。現実世界でいくら探しても見つからないはずだ。


 しかし、それだけではない。ルキトは改めて手に持つ神の筆を見つめた。その手に力が僅かに籠る。


「それに、俺はまだ何も知らない。夢にまで見た夢の世界だぜ? この世界に行けたらって、何度思ったか分からねえよ。やっぱり俺はこの世界を自由に旅してみたい」


 灰色の化け物。喋る木。白い謎の生物。そこら中を飛ぶ微細な光や、星空に浮かぶ巨大な赤い月や白い渦。アルティレイムに来てまだ一日と経っていないが、現実世界では到底お目にかかれない不可思議を目の当たりにしている。


 キラキラとした瞳でそう語るルキトを大樹は静かに見つめる。その間を優しい風が吹く。


「フォッフォ。良い眼じゃァ。不安なら、ここでずっと暮らしてもええじゃろうと言うつもりじゃったが、その調子なら大丈夫じゃろうてェ。むしろ、早く外に出たくて仕方がないみたいじゃのゥ」

「まあな。とりあえず当面は人のいる場所を目指してみるけど、どっかに大きな街とかないのか?」

「ふむゥ。昔は南の川を越えてェ、森を抜けた先に街があったがのゥ、最近はめっきり人間の気配がせんわィ」

「……多分、そこはもう誰もいねえ」


 川を抜けた先の街。恐らくは昨日ルキトが目覚めたあの廃虚の街だ。詳しい方角を把握しているわけではないが、ここが現実世界と同じ太陽の動きをするなら、東から西に沈んでいく。


 すると丁度自分が来た方角が南に位置する事になり、そこにある街と言えば、もうあの廃虚の街で確定だった。


「ならば、ちィと遠いが、北東に向かうとええじゃろう。たまあに、北の荒野を抜けて、人間がここまでやってくるでなァ。今でもォ、人間の気配を感じるぞィ」

「荒野を抜けた北東か。分かった、行ってみるよ。ありがとな」


 ルキトは大樹が枝で差し示す方角を見つめた。丁度大きな川によって森の木が途切れており、またこの寺院の庭が小高い丘の上に位置する事から遠くの景色がある程度見えるようになっていた。


 北東の山々の向こうでは、薄っすらと暗い曇天の空が大地を覆っているのが見える。ルキトにはその光景が何故だか、誰かのまどろむ夢の中みたいに思えた。

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