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招かれざる勇者の物語  作者: 双頭 申
【第一章】まどろみの世界/眠れる街の夜明け編
8/24

第4話:大樹

異世界の第一村人?との出会いです。もはや人ではありませんが。

 倒れ込んでしまいたい感情を押し殺しながら、ふわふわと飛んでいく小さな光を追っていくルキト。いつの間にか廃墟の街の姿が緑豊かな森の中に変わっていたが、構わず無我夢中で光を追った。


「クソ。何やってんだ俺。もう歩きたくねえよ……」


 自分でも何故こんなことをしているのか分からなかったが、ふわふわと飛んでいく謎の光が自分を何処かに導いてくれるような気がして仕方なかった。食い物でも人でも何でもいい。とにかく変化が欲しかった。


 というより、あのままあそこに倒れて再び眠ってしまえば、今度こそ二度と起きられないような気がしたのだ。どうせ死ぬなら最期に賭けようと、光を追った。ルキトにとって、それは文字通り「希望の光」であった。


 森に入ってから十分ほどして、とりあえず賭けに勝ったと確信した。ルキトの目の前に広がるのは、青く透き通った水の流れる綺麗な川であった。疲れも忘れて急いで駆け寄り、顔ごと突っ込みながら川の水を飲み込んだ。


「んぐ、んぐ……! うめぇ!! マジで生き返る!!」


 喉の渇きを潤そうと必死に飲み続ける。ゴクゴクと喉を鳴らし、乾ききった胃の中に水を押し込むように飲む。冷たく澄んだ川の水が体内を潤し、死にかけの身体に少しずつ活力が漲っていく。


 生水で腹を下すかもしれない、などという思考は吹き飛んだ。腹を下したらその時はその時、とにかく今は喉を潤したい。ルキトの頭にはそれだけだった。


 ひとしきり川の水を飲んで満足はしたが、満腹はしなかった。もしやと思って川の中を凝視するも、魚などは見当たらない。しかし少なくとも渇きは解消され、意識が大分はっきりとしてきた。


 その間小さな光は、ルキトの様子を見守っていたかのように川の上に留まっていたが、再び川の反対方向へと動き出した。幸い浅瀬だったのでルキトは靴がずぶ濡れになるのにうんざりしつつも、少しだけ軽くなった足取りで光の後を追う。


 さらに数分程歩くと、森の木々が途切れて開けた空間に出た。そこには廃墟の街で見たような石造りの大きな建物があった。街の建物と同じく蔦やら苔まみれになっており、周りの森の緑と完全に同化している。


 辺りはすっかり暗く夜の森の静寂に包まれているものの、現実世界よりも明るく輝く無数の星々や、そこかしこに漂う微小な光のおかげで視界は比較的明るかった。むしろどこか温かみさえ感じるその光景に、ルキトの心が少し軽くなる。


 目前の建物は西洋風の寺院のような造りで、二階建ての厳かな佇まいではあるが、やはり人気は無く廃墟の街と同じ寂しさを感じた。光はその建物に続く石のアーチを通り抜け、さらに奥へと続く入り口の中へとすーっと消えていく。


「なんだここ、食い物あんのか」


 建物はボロボロではあるが一応形を残しており、もしかしたら誰か人が住んでいるのではと淡い期待を抱く。ルキトの目の前には積み上げられた石によって出来た四角いアーチがいくつも縦に並んでおり、その向こうに扉のない開けっ広げた寺院の入り口が見える。


 石のアーチを潜って中に入ると、壁も床も天井も石を積み上げて作った廊下が真っすぐに伸びていた。壁や天井のそこかしこに蔓が巻き付き、石の廊下の隙間にも草が生え散らかっている。


 薄暗いが完全な真っ暗というわけではなく、両側に等間隔に空いた四角い穴から漏れる月明りによって辛うじて視界は保たれていた。


 数メートル先には小さな光が浮かんでおり、さらに奥へと飛んでいく。ルキトはそれを見失わないように覚束ない足取りで付いていく。相変わらず人の気配らしきものはなく、穴や壁の隙間から漏れる風の音と自分の歩く音だけが廊下に鳴り響いていた。


「なんだここ? それにあれは……」


 しばらく進むと天井が高くなり、円形に広がった少し広い空間に出た。広間の中央には高さ三メートル幅二メートルほどの長方形の大きな石碑が聳え立っており、石碑の上部中央に見たことのない記号と、その下にこれまた見たことない文字が羅列されていた。


 じーっと眺めてみたが、どうにもルキトには読めそうになかった。


「ダメだ。全く分かんねえ。いや、それより今はあの光を追わねーと。とりあえずこの文章の事は後だ。後」


 石碑の広場を後に光を追うルキト。入ってきた通路の反対方向に同じような短い通路があり、通り抜けると石壁に囲まれた中庭のような空間に出た。


 その庭の中心に寺院の屋根よりも高く伸びる一本の大樹が立っており、光はその根元にある不自然な空間の中に吸い込まれるようにして消えた。


「おお、でっけえなあ。光はあっちに行ったけど……根元になんかあんのか?」


 よく見ると膨らんだ根元の中に空洞が見られ、細い根によって檻のように塞がれていた。近づいて見てみると、空洞の中に一体の白くてまん丸な謎の生物が寝息を立てているのが窺えた。子供程の身長で口が横に長く、短い手足で身体を丸めてゴロンと横になっていた。


「なんだこりゃ? 見たことねえ。コイツもノンスリープ……には見えねえけどなあ」


 初めて目にする生物に興味半分警戒半分だが、敵意は全く見られない。それどころかどこか安心感のような、懐かしさのような不思議な感覚を覚えた。


「お前が俺をここまで連れてきたのか?」


 問いかけるも返答はなく、白い生物は身体を丸めたまま相変わらず瞳を閉じて眠ったままだった。


「おい聞こえてんのか? おーい……いてッ!」


 不意に後頭部に衝撃を受けた。頭を抑えつつも地面に何かが落ちた音に反応し視線を向ける。そこには桃色の拳大の何かが一つ転がっていた。拾い上げると、林檎に酷似しているが細部の形が微妙に異なった果実があった。


「これって……もしかしてこの木……!」


 見上げると、同じような桃色の果実がいくつも実っているのが分かった。見たことのない果実に一瞬の躊躇はあったが空腹に勝てず、手に持った果実を試しに一口かじってみる。


「……うまい。甘い! 食える。食えるッ!!」


 それは不思議な食感だった。表面の皮がやや厚く歯を立ててかぶりつかないと果肉にいかない硬さだが、食べられない程ではなく、むしろ皮にもしっかり甘味があった。対照的に中の果肉は柔らかく、熟したメロンよりも甘くて果汁が口から溢れ出そうになった。


 そこからは無我夢中で謎の果実を食べ始めた。すぐに手に持った果実が無くなると、きょろきょろと辺りを見回し、目についた果実を拾っては無心で食べた。


 ―――


「あァー食った。もうダメだ。もうこれ以上入らねえ。そしてもう動けねえ」


 一頻り謎の果物を堪能したルキトは大樹から少し離れた地面に寝そべった。空腹も手伝ってか、あまりの美味しさに我を忘れて満腹になるまで食べ続けた。


 柔らかい地面の感触とそよ風の気持ちよさに身を委ねながら、ルキトはぼーっと夜空を眺めた。未だどんよりと晴れない空だが、時折雲の隙間から小さな光の粒が現れる。ルキトは遠くに見えるその星々に向け手を伸ばす。


「この世界の何処かにいるんだよな。待ってろ零奈。必ず見つけてやる」

「見つかるとええのゥ」

「ウうぉわあああああッ!!」


 木々の騒めきと共に突然視界いっぱいが暗くなったと思った瞬間、どこか間延びした低い老人のような声が響いた。驚いてがばっと立ち上がったルキトは即座に距離を取り、神の筆を取り出す。


「なんだお前! ノンスリープか!?」


 声の正体は今しがたまで食べていた果実の実った大樹だった。よく見ると大樹には大きな顔があり、声に違わず皺くちゃの老人顔であった。


「失礼なァ小僧じゃわぁい。わしがあの穢れた者共に見えるというのかァ?」

「見え……ないけど! じゃあ誰だよ!? てかなんで木が喋ってんだ!?」


 喋る大樹は相変わらず口をモゴモゴ動かしながら、例の間延びした口調で続けた。


「わしを知らんとはァ。全く、最近の若いもんは、これじゃからいかン。勝手に人の実を食べておいて、お礼も無しとはァ」

「あ、いや、悪い! マジで腹減ってて、落ちてるし別にいいかなって……」

「落ちてるからいいとなァ。ふむう、確かに、それも一理あるじゃろうて。しかしなァ、ここはわしの庭じゃて、勝手を許すわけには…………んん? おやァ? お前さん、その手に持っておるのはァ??」


 大樹は皺くちゃの顔をルキトに近づけた。枝に実った果実や葉っぱが数枚落ちるにも気にせず、視線は右手に持つ神の筆に向けられており、青い玉石が何かに反応したように僅かな光を放つ。


「これは……実のとこ俺にもよく分からねえ。ただの万年筆みたいなんだけど、剣にもなるんだ」


 喋る謎の大樹にも慣れたのか、ルキトも少しずつ落ち着きを取り戻していた。この存在を大っぴらにしていいのか分からなかったので神の筆とは言わなかった。


「知っておる。知っておるとも。おお、懐かしきかな。再びドゥーマの戦士に会えるとは」

「ドゥーマの戦士? なんだよそれ」

「ふむう? おかしなことを言いよるわい。それは神の筆じゃろう? それが扱えるということはァ、お前さんはドゥーマの戦士なんじゃろう??」


 知らない単語。そして大樹は神の筆の存在を知っていた。ルキトは少し考え込んだが、結局は全て正直に話す事にした。


「よく分からねえけど、俺はそんなんじゃない。ここへは、零奈を……消えちまった幼馴染を探す為に来たんだ」


 その後は大樹との長くゆっくりとした問答に答えつつ、これまでの経緯を掻い摘んで説明した。


 自分が別の世界から来た事、失踪した幼馴染に似た少女に連れられ、夢で何度も見たこの異世界にやってきた事。神の筆と呼ばれる物を剣に変え、ノンスリープという灰色の化け物達と戦った事。そして光に誘われ、森を抜けたこの謎の寺院にやってきたことなど。


 人間では人間ではないもののこの世界で初めて会った意思疎通出来る存在であり、初めて出くわす生物だが、ルキトはこの大樹を信用することにした。


 自分はこの世界の事にあまりに無知であり、零奈を見つける為にも出来るだけ情報が必要だ。それにルキト自身、嘘や他人を騙したり欺いたりすることが苦手なので、いっそ全部ぶちまけて何か有益な情報が得られるなら御の字だと判断したのだ。


 何より、この大樹の果実のおかげで空腹を満たすことが出来た。命を拾ってくれた相手に対して、隠し事をしたくなかった。最も、勝手に落ちているのを拾ったのは自分自身なのだが。


 ルキトが話している最中、大樹は低い声を響かせながら唸ったり、驚いたり、いびきをかいて寝たりしつつも話を聞いていた。全てを話し終える頃、辺りは夜の闇をさらに色濃くした。


「なるほどのゥ。少女を追って世界まで飛び越えるとはァ。随分とまあ、一途な子じゃァ」

「まあなんつーか成り行きだけどな。アンタは何か心当たりないか?」

「すまぬが、そのような少女を見た覚えはないわィ。じゃが、それよりもォ、アンタじゃァ、ないぞ、わしは。わしにも、ちゃあんと名前があるんじゃァ」

「あ、そっか悪い。そういや話に夢中でちゃんと名乗ってなかったよな。俺はルキト。カザマルキトだ。よろしく」

「ふむゥ。ルキトーかァ。初めまして、ルキトー。わしはァ、わしはァ」

「ああ」

「わしはァ………………ふむゥ」

「どうしたんだ?」


 目を閉じてしばらく考え込む大樹。そして長い沈黙の後、大樹が口を開く


「ううン……なんじゃったかなあ。忘れてしもうたわィィ。フォッフォッフォゥ」

「いや笑いごとじゃねえだろ」


 大樹にあれこれ聞こうと思っていたルキトの胸に何とも言えない不安が広がった。名前が思い出せないというのに大して深刻そうでもなく、大樹は笑いながら身体を揺らした。地面が揺れ葉っぱや果実が次々と落ちていく。


「おいおい頼むぜ。自分の名前なんだろ?」

「そうは言ってものゥ、長い年月を一人で過ごしておると、どうも自分の名前を名乗る機会がなくてなァ。昔はここにも大勢ドゥーマの戦士達がおったが、今じゃあ人っ子一人見にゃあせんのだわァ」

「そうなのか。ん? じゃあこいつはなんなんだ?」

「んんんんン??」


 そう言ってルキトは先ほどからずっと気になっていた根元の中に空洞で眠る白い生き物を指差した。大樹も指差す方を覗き込もうと木全体を傾ける。


「…………誰じゃァ? 知らぬ間にワシの根っこにおるとはァ。こりゃあ、たまげたわい。フォッフォッフォッフォゥ」

「いや気付かなかったのかよ! コイツずっとここで寝てたんだけど!?」


 何が面白いのか、身体を揺らして笑う大樹とそれに突っ込むルキト。話す内にかなり打ち解けて分かったが、この大樹は意外によく笑う。根は良いのだろう。大樹だけに。


「俺も初めて見たんだけど、ここまで連れてってくれた光がコイツに吸い込まれるみてーに消えたんだ」

「ほほゥ。ルキトーはこの夢人(ゆめびと)に好かれておるみたいじゃのゥ」

「ユメビト? って、これのことか?」


 またもや新たな単語。大樹は続けた。


「うむ。ワシと同じで、古い古い種族じゃァ。女神の夢の産物とも言われておるわい。光がお主を見つけここまで導いたのも、この夢人の意志じゃろゥ」

「そう、なのか。まあお陰で助かったし、起きたら礼の一つでも言ってやるかな。ふぁ……」


 腹が満たされた安堵と溜まった疲れを思い出したルキトは、無意識に出た欠伸を噛み殺す。瞼も重くなり、再び強い眠気を感じた。


「それがええじゃろゥ。さあ、夜も深けた頃じゃし、そろそろ休むとええじゃろう。寺院の中になら寝床もあるじゃろうて。話の続きは、明日にでもしよう。我が友、ルキトー」

「ああ、悪いがそうさせてもらう。あとルキトーじゃなくてルキト、な」

「うむ、分かった。お休み、我が友、ルキトー」


 いつの間にか友達認定されてしまったルキト。しかし特に悪い気はしなかったので、間延びした呼ばれ方と一緒にそのままスルーすることにした。


 寺院の大広間まで戻って一通り散策してみた所、来た方向と別の廊下の両側にいくつか扉があり、手前の一室を開けると石レンガで囲まれた居住スペースがあった。他の扉を開けても似たような部屋が並んでいるだけなので、適当にその内の一室に入り休むことにした。


 六畳程の個室で、手前側には木製の椅子や机があった。その隣に蜘蛛の巣やら埃を被ったいくつかの本がしまわれた本棚と、窓を挟んだ奥に木製のフレームのシンプルな造りのベッドが置いてあった。


 毛布と枕は長年放置されているせいかこれまた埃を被っている。反対側の壁には同じく木製の衣装棚が置いてあったが、中に衣服の類は見られなかった。


 いよいよ眠気の限界が来たので、ルキトは曇った四角い窓ガラスを開けて薄汚れた枕と毛布の埃を落とす。


「まあ、野宿するよりはマシか」


 靴だけ脱いで毛布と枕を手にベッドに倒れ込むルキト。思えば現実世界で家を出てからここまで、気絶した以外ではまともに寝ていない。色々な事が起き過ぎて頭も上手く整理出来ず、夢で見た異世界に来てなぜか最初に出来たお友達が年老いた大樹であった。


(色々あったがなんとか寝床にありつけたな。とりあえず明日は近くに街がないか聞いてみるか。あの木の爺さん、大した情報は持ってなさそうだし。夢人の事とか、そういやドゥーマの戦士がどうとか……まあ、いいか、とりあえず……もう……寝…………)


 そんな事を考えているうちに、ルキトのまどろむ意識は暗い底へと沈んでいった。

しばらく会話が続きます。戦闘シーンはお預け。

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