現実の終わり
「ふぅ。これで全部片付いたか」
静寂が支配する時間の止まった交差点。ノンスリープ達を倒し、その場は再びルキトと零奈の二人だけとなった。
ルキトは手に持っていた大剣が淡い光と共に元の万年筆の形に戻っていたのに気が付き、と同時に全身の力が抜ける感覚と強烈な睡魔に襲われ、たまらずその場に崩れるように座り込む。
「あ? なんだ、この感じ? すげえダルい。つか、眠い……」
頭は重く、眠気で視界がぼやけてくる。
「一度に力を使い過ぎたせいよ。今の貴方ではそれが限界みたい」
「そうかよ。なあ、いい加減教えてくれ。一体この状況はなんなんだよ。なんで夢にでてきた万年筆や化け物共が現実に出てきて、どうしてその事をお前が知ってんだよ? それに、お前本当に零奈なのか?」
最後のルキトに言葉で零奈の表情が一瞬曇る。ルキトは襲い来る睡魔を払うように頭を振り、フラフラと立ち上がりなお続けた。
「聞きたい事は山ほどある。けど、ぶっちゃけた話俺が今一番聞きたいのはお前の事だ。他は言ってみりゃ正直どうでもいい」
「私は零奈よ。貴方の幼馴染の、霧咲零奈」
「嘘つくんならもう少しマシな演技してくんねーか? それとも騙す気もねえのかよ? バカな俺でも、お前が本物の零奈じゃないことくらいは分かる」
「…………」
押し黙る零奈。彼女が時折見せる複雑そうな表情や否定の言葉がないことから、ルキトの予感が遠からず当たっている事を物語っていた。
「どういうわけか、お前は俺の知る零奈の姿、零奈の声をしている。だけど雰囲気も口調も全然違う。まるで話にならねえ。お前の目的はなんだ?」
「……私が本物じゃないとして、貴方はどうするの?」
「探し出すさ。今度こそ。なあ、アイツは、本物の零奈はどこにいるんだ? まだ生きてんだろ? 頼む、知ってんなら教えてくれ!」
気付けばルキトは必死の表情で零奈に近寄り、彼女に両肩を掴んでいた。しばしの沈黙の後、彼女はどこか寂しそうに微笑み、ルキトの腕を掴んでそっと降ろした。
「大切に想っているのね、あの娘のこと」
「……認めるんだな? 自分が偽物だってこと」
少女は再び黙った後、複雑な笑みを向けた。
「安心して。彼女はまだ生きてるわ」
「そ、そうか! やっぱり……」
「だけどもうこの世界にはいない」
喜びも束の間、冷たく言い放つ零奈、もとい零奈にそっくりな少女の言葉に耳を疑うルキト。
「なんだよそれ? どういうことだよ!? さっき生きてるって言ったろ!!」
詰め寄ろうとしたその瞬間、ピシシ! という音が鳴り、辺りの空間に亀裂のようなモノが入り始めた。
「お、おい、なんだよこれ!」
「どうやらここももう限界みたい。このままだといずれそこら中に奴らが溢れ出すわ」
「奴ら……って、さっきのノンスリープって化け物のことか!?」
こうしている間にも無数の亀裂はどんどんと大きくなり、そこからまたノンスリープ達が姿を現す。その数はもはや先程の比ではなく、辺り一面の景色を覆いつくす灰色の蠢く塊と化している。
「なんなんだよこれ!」
少女の背後の風景が歪み、楕円形に渦巻く薄暗い青色の空間が現れる。それが徐々に大きくなり、彼女を飲み込もうとしていた。
「あの娘は今、こことは別の世界にいる。彼女に会いたければ、貴方は行かなければならない。遍く命の夢の世界”アルティレイム”へ」
「アルティ…レイム? うっクソ、頭が……」
初めて聞いたはずの単語なのに妙な懐かしさを覚えるルキト。こうしている間にも頭痛と眠気はさらに強さを増す。
「おい、どういうことか説明しろよ! アイツは……零奈はどうなったんだよ!?」
「全てを知りたければ自分の目で確かめて。けれど忘れないで。先に進めば、もう二度と元には戻らない。それでも貴方は彼女を探し求める?」
「二度と元には戻らない、だと?」
やがて渦巻く空間が少女の周りの”現実”を飲み込んでいく。空間に入った亀裂は数も大きさも増していき、混沌とした世界を作り出す。
ルキトの周りにはノンスリープ達がひしめきあいながら近づいている。
「アイツが消えたあの日から俺の日常なんかとっくに終わってんだよ。夢の世界だろうがなんだろうが、アイツに会えるならどこへだって行ってやる!」
「そう……ならおいで、ルキト。貴方を夢の世界へ連れて行ってあげる」
少女が手を差し伸べる。ルキトは自身の意識が消えてなくなっていくのを感じる。瞼は視界を閉じ、それを拒もうと必死に目を開けるもすぐに強烈な睡魔に襲われた。
「なあ、アンタは……何者なんだ? どうして零奈の姿で、俺の目の前に現れたりしたんだ?」
少女が零奈ではないと分かった今、ルキトはどうしても確かめたかった。少女は寂し気な笑みのまま答えた。
「貴方の記憶の中にある彼女の姿を見せてあげたかったの。向こうに行っても、しばらくは会えないだろうから」
「……そっか。よく分かんねえけど気ィ利かせたんだったら嬉し……ッ!?」
ルキトが彼女の手を取るその瞬間、頭の中に黒いドレスを着た銀髪の女性が月夜に照らされる姿が映し出された。
「い、今のは……?」
映像はすぐに消え、銀髪の女性の姿が目の前の少女にスライドするように切り替わる。後に残ったのは少女のか弱く冷たい手の感触だけだった。
「あークソ。ダメだ、意識……切れる」
「ルキト、貴方は神に選ばれた。けれど運命は常に創造なる意志のままに。貴方は貴方自身の道を作りだして。例え貴方が、世界にとって招かれざる存在だとしても」
「招かれ……ざる……?」
意識は遠のきどこかで響く声にも反応出来なくなる。それでも少女の手だけは離すまいと握り続ける。
「良い夢を」
少女は悲しそうに微笑む。やがてルキトは渦巻く空間に意識ごと飲み込まれるように瞳を閉じた。
これより物語は異世界へと移る運びとなります。どうなるんでしょうね、ルキト君。