第20話:それは伝説か、災厄か。
更新遅れてすいません。
この回から主人公復帰?します。
その場にいる全員が目を疑った。距離にして凡そ五十メートル先、夢列車駅の時計塔を易々と破壊してみせたそれは、今まで戦ったような人型ノンスリープとはまるで次元の違う存在であった。
二足歩行の巨人は、人というより人の下半身といった姿をしている。腕や胴体はなく、頭部と思しき場所から直に両脚が伸びている。
なお頭部に鼻や口はなく、大きな赤黒い単眼がギョロギョロと忙しなく動く。足先に指は無く、足元だけが真っ白な角張った岩のような形状をしており、底は真っ平で人間が踏み潰されれば一溜りもないだろうことは容易に想像がついた。
「ブフウウウウ!!」
口もないのに低く籠った声を発し、シューティ達に単眼を向けると、その大きな脚を浮かせて前進していた。一歩、また一歩と前進する度にドドン!! と大地を揺るがす地響きが街中に鳴り渡る。
「全員構え! 一斉射撃をお見舞いしてやれ!!」
「「「「了解!!」」」」
ガードナーの指示に恐怖を抑え整列し、銃を構える団員達。シューティも二足型巨人の単眼へと照準を向ける。二足型巨人は前進しながらもじっとこちらを見下ろしている。
「今だ! 撃てェ!!」
掛け声と共に無数の青白い弾が二足型巨人に向け放たれる。次々と着弾していき二足型巨人の歩みが止まるも、倒れる気配はない。シューティは深紅に輝く単眼に向けレイムエナジー弾を射出すると、二足型巨人は着弾する瞬間に瞼を閉じた。
「撃ち方やめ!!」
ガードナーの号令で銃撃の嵐が止む。再び瞼を開けてこちらを睨みつける巨人の姿は完全な無傷であり、攻撃に効力がないことを否応にも思い知らされる。
「ちきしょう! どうなってんだあのデカブツ! まるでビクともしねえ!」
「やはり出力が足りない。ならこれはどうだ!」
シューティはレイムブラスター側面のメモリを1から一気に3へと変更すると、再び巨人の単眼に向け射出した。ボンッ! というなんとも小気味良い音と共にレイムブラスターから一際大きい球弾が放たれる。
弧を描いて飛びだすそれは見事巨人の頭部へ命中すると、着弾と同時に閃光が走り、直後に大爆発を引き起こした。爆風がシューティ達の所まで吹き荒れ巨人の頭部が煙に包まれる。
「おお! 凄ェ威力だ!」
「やったか!?」
団員が期待の声を上げる。だが煙が晴れて現れたのは先程同様無傷の巨人の姿であった。
「ちょっとシューティ! 全然効いてないじゃないのよ!!」
「これでもダメなのか! ならもっと出力を上げて……いや、4メモリから上はまだ試験段階だし、ここはやはり撤退するしか……」
「あーもうじれったい! あたしが行く!」
しびれを切らしたリーフェが前に出ると、大きく息を吸い狼の遠吠えを思わせる咆哮を放った。全身が炎に包まれ、苦悶の声を上げながらその姿形を変えていく。
先の戦いで見せた亜人種特有の能力、獣化。彼女は初めて見る強大な敵を前にして、己の持てる全ての力をぶつける事にした。
「ガアアアアアアアッッ!!」
獣のような雄叫びを上げて巨人へと駆けていく。途中で地面を強く蹴って跳躍し、そのまま巨人の単眼へ向けて爪への切り裂き攻撃を繰り出した。だがそれも寸前で瞼を閉じられたせいで無効化され、ガキンッ! という金属音が虚しく鳴り響くだけだった。
それならと素早く巨人の瞼を蹴って真下へと潜り、足元に強烈な蹴りを連続して入れる。だがいくら攻撃を仕掛けた所で大したダメージは与えられず、まるで眼中にないと言った様子で再び前進を始める巨人。
後方に視線を移すリーフェ。そこには自分とは違い軟弱な身体を持つ人間達の姿がある。このままこの巨人が前進し続ければ彼等は皆踏み潰され、彼等の住む街が破壊されていくだろう。
元々人間など好きではなかったが、目の前で人が死ぬのを黙って見ていられる程彼女は冷酷ではなかった。
「ウグ、グウウウ……ッ!!」
気が付けば身体が勝手に動いていた。その巨大な足元にしがみつき、前進させまいと必死に踏ん張る。だがいくら常人よりも力が強いとは言え、リーフェ一人に巨人の動きを封じ込めるには至らなかった。
「おうおめえら!! 嬢ちゃん一人にやらせるんじゃねえ!! この街は何が何でも俺達で守るんだ!!」
ガードナーに叱咤され呆気に取られた団員達も我に返り、皆巨人の頭部目掛けて射撃を開始する。例え意味がなくとも、戦いを放棄するわけには行かない。全員が覚悟を決めた。
「えいや! えいや! あっちに行きなさい!」
「リーフェ! 君ももう少し持ちこたえてくれ!!」
カナンは必死にステッキを振り回して夢術を放ち、小爆発を発生させる。二足型巨人は相変わらず瞼を閉じて攻撃を耐えたが、再び動きが止まった。シューティはレイムブラスター側面のメモリを4に設定して巨人の閉じた瞼に照準を合わせる。
レイムブラスターの銃口から光が漏れ、トリガーを引くと青白いレーザー光線が二足型巨人の瞼へ向け一直線に伸びていった。それは寸分違わず狙った場所に見事命中し、爆音を立てて巨人の頭部がやや跳ね上がる。
見ると、あらゆる攻撃を通さなかった堅牢な瞼にヒビが入っていた。
「凄ェ! 巨人に攻撃が効いているぞ!!」
「さすがはシューティ副団長!!」
ここにきてようやく巨人に有効打を与えることが出来、団員達の目に光が宿る。だが次の瞬間、希望は再び絶望へと変わる。
「ブフウウウウウウウッッ!!」
巨人が一際大きな叫びを上げた後、リーフェがしがみついている方の脚を下げ始めた。攻撃が効いて後退したのかと誰もが思ったのも束の間、巨人は下げた脚を思いっきり前方へ振ってリーフェを吹き飛ばした。
団員達の上空を飛びそのまま背後の建物の一つに直撃するリーフェ。壁を破壊され轟音が鳴り、煙が上がる。
「お嬢ちゃん!!」
「嘘、だろ? あんな呆気なく……」
煙によって彼女の姿が見えず、安否が分からない。しかしいくら待っても壁の中から彼女が現れる気配はない。この場において最も高い戦力とも言えるリーフェがあっさりとやられたことで、団員達の思考が完全に停止してしまった。
だが巨人はそんな彼らのことを待ってなどいなかった。絶望を打ち鳴らす歩みの音がまた一つ近付いていく。
「皆射撃を止めるな!! 眼だ!! とにかく眼を狙え!! 瞼の装甲は僕がどうにか破壊してみせる!!」
シューティが余裕のない口調で団員達に向け叫び声を上げ、再び瞼への一撃をお見舞いせんとレイムブラスターを構えた。少し反応が遅れ、何名かの団員がのろのろと銃口を巨人の眼に向ける。
だが、巨人の動きに変化があった。瞼の閉じられた頭部を上に向けている。向けながら前進を続けている。辛うじて装甲の薄そうな瞼はシューティ達から狙えなくなってしまった。
「あれじゃあ瞼が……!」
「構うな! 全員でもう一度集中砲火を浴びせるんだ!! 撃てえ!!」
巨大な絶望が近付いてくる。それでも一縷の望みを賭け引き金を引くシューティ。青白いレーザー光線が一直線に巨人の伸びた首の中心に命中する。一瞬動きを止める巨人に向け、一斉射撃が行われる。
カナンもやけくそにステッキを振り回して小爆発をいくつも発生させ、巨人の頭部が爆炎に包まれる。
数秒の間射撃を続けたが、やがて弾が尽きてきたのか次々と射撃の手が止まる。気付けば誰もが攻撃の手を止めて様子を伺う。目を見張る団員達が見たのは、シューティ命中した跡が僅かに変色しただけの、無傷の巨人がこちらに迫る姿であった。
「ダ、ダメだ。何も効いてない……」
「クソ! だったら最大出力で……ッ! あ……」
レイムブラスターの出力メモリを5にしようと銃身に視線を移したシューティは、ブラスターに収められたカートリッジが殆ど空の状態になっていることに気付いて心臓が跳ね上がった。
レイムブラスターはレイムを濃縮した特殊な液体を収めたカートリッジからエネルギーを供給し、それを出力変換、射出することで様々な攻撃を行う兵器である。その攻撃の元となるレイムが空ということは、つまりマガジンに弾が入っていないライフルと同じだということだ。
予備のカートリッジは後方に停めたクロノポリスの座席の下にあるケースの中に、パスコード付きで厳重に保管されている。しかしそれを取って入れ替えるには、目前にまで迫ってきている巨人との距離があまりにも近すぎた。
(クソッ! こんな事なら貴重だからと出し惜しみせず予備のカートリッジを携帯しておくんだった。なんとか、なんとかしなければ。このままじゃ皆もこの街も終わる。なにか、なにか状況を打破する方法は……!?)
周りを見渡す。すっかり戦意を喪失し腰を抜かす者や逃げようと後退りする者。ガードナーですら呆然と立ち尽くすのみである。
(これでは戦えない。もう、打つ手なんかないじゃないか。ならいっそ、街を捨てて……)
「シューティ! どうするの!? これじゃあみんな死んじゃう!!」
カナンの声に我に返るシューティ。頭の中の邪念を振り払い、思考を走らせる。自前の最も強力な武器は弾切れ、頼みの綱のリーフェも戦闘不能状態か、下手をすれば死んでしまったかもしれない。
今この街にあの巨人をなんとか出来る力を持つ者がいるとしたらラーナ以外ありえない。しかし彼女の手を借りるにも時間を稼ぐ必要がある。
だがどうやって? 巨人はすぐ傍まで来ており、灰色の巨大な塊が今にも自分達を踏み潰さんとこちらに迫ってきている。
シューティはその光景を前にようやく、自分達が勝ち目のない相手と戦っていたことを思い知る。
「……無理、だ。僕には。こんなの、どうやったって勝てっこない」
誰にも聞こえない程小さくか細い悲鳴。
「ひえええ!! もう逃げないとほんとのほんとに死んじゃうううう!!」
「た、退却!! 総員退却だ!! とにかく逃げて生き延びろおおおおおッ!!」
「うわあああああ死にたくないいい!!」
その場にいる誰もが完全に戦意消失していた。ガードナーも生存を優先させ、盾を捨てカナンを小脇に抱えると脇目も振らずに走り出した。
「コラー! 離せー! シューティー!!」
必死に暴れるカナン。皆の声が遠のく中、シューティは恐怖で身体が硬直してしまい動けないでいた。
(まずいまずいまずい。動かないと。早く、じゃないと、踏み潰され……)
目前にいる巨人が自身を踏み潰さんと大きな右足を上げる。それが徐々に大きくなり、まるでスローモーションのようにゆっくりと迫りくる。動かなければ死ぬのが理解出来るのに、目を見開き力無く立ち竦むことしか出来ない。
「あ……」
視界が灰色に染まっていく。その瞬間シューティは全てを諦め、死を覚悟し瞳を閉じた。
「…………?」
数秒が経つ。来るはずの衝撃も、痛みも、何も感じない。自分は既に死んでいるのだろうか?
恐る恐る目を開けるシューティ。だがそこに映った光景は死後の世界ではなかった。
「なん、だ? 白い、生き物……?」
自身の目の前では、革袋を背負った子供ほどの大きさの真ん丸な生物が、巨人に向け両手を広げている。そして見たことのない真っ白な謎の生物と自身の周りには、自分達を包み込むような青白い光がドーム型に広がっている。
その上には灰色の塊が圧し掛かっているがビクともしない。
「シューティー!?」
「な、なんだありゃあ…!?」
カナンとガードナーが驚きの声を上げる。それは他の団員達も同じだった。逃げるのも忘れて光に包まれる光景に目を奪われる。
「い、一体、何が起こってる? これは……」
「ムゥ!」
「む、むう?」
目の前の白い生物が顔をちらっとこちらに向け、鳴いた。とりあえずまだ死んではいないことを理解し、今のこの状況を分析する。突如現れたこの謎の白い生物と自分を包み込む青白い光。そして動きの止まった巨人。
(この白い生物が夢術によって光のバリアを発生させて、僕を守ってくれたのか? 信じられない力だ……)
「あっぶねー。ギリで間に合ったみてえだな。おい大丈夫かよ?」
不意に横から声を掛けられハッとして振り向くシューティ。そこにはこれまた見たことのない黒髪の少年が駆け寄ってきていた。
「え? き、君は?」
「通りすがりの旅人だ。まああんた大丈夫そうだし、とりあえず話は後だ。それより今はさっさとコイツを片付けねえとな」
黒髪の少年は軽い調子で言い放つと巨人に視線を向け、革製の胸当てのポケットから一本の万年筆を取り出した。
(片付ける? 彼は何を言っているんだ? それにあれは、筆? そんなもので……まさか……!)
「……来い、クロスブレード!!」
少年は目を閉じて万年筆を握った右手を前に突き出すと深呼吸をし、カッと目を見開くと同時に叫ぶ。瞬間筆から発せられる閃光。次いで突風が巻き起こる。
光と風が収まる頃、そこに現れたのは黄金色に輝き先端が十字に分かれた大剣を持つ少年の姿であった。