第17話:三者集結
路地裏の戦闘後、シューティは自作の大型バイク【クロノポリス】に跨りながら、相変わらず無人のままの街を疾走していた。目的地は彷徨いの街の中央、夢列車駅前の噴水広場だ。
警備を命じられたのもあるが、先の戦いで見た赤い花のノンスリープの目撃情報を共有する為にも、一度ガードナー達と合流しておきたかった。
ふと、クロノポリスの液晶画面に視線を落とした時にあることに気が付く。
「ん? これは……」
画面に映し出されたナビマップが街の中を動く一つの生体反応を検知した。拡大するとそれは街の南、ラーナの住むまどろみの家の方面から北へと移動しているのが分かる。
一瞬街を巡回する別の団員かと考えたが、それにしては移動の速度が遅過ぎること、そしてシューティを除く他の団員は必ず三人以上で固まり、バイクに乗って移動していることからその線はすぐに搔き消された。
となれば群れからはぐれたノンスリープか、もしくは何かの間違いで外出している街の住人である可能性が高い。どちらにしてもあまり無視出来ない存在には違いなかった。
「先を急ぎたい所だけど……一応確認しておくのが良さそうだ」
一瞬思案したシューティだったが、すぐ考えを纏めると直前に迫る交差点で急ブレーキを掛け車体を左に傾けた。ギュギュギュギュ!! という激しい音を鳴らして地面を擦らせ、急激に方向転換したバイクは南へと進路を変え再び走り出す。
数分後、生体反応の主の元に辿り着いてバイクを停める。するとそこには思いがけない人物がふわふわと浮遊していた。
「あれは……カナン!?」
それはシューティもよく知る人物、もとい物霊であった。ラーナの家に住んでいる人形の少女。普段は人見知りで滅多なことじゃないと人前に姿を現さない。そんな少女がたった一人で街の外を出歩いていることに驚きを隠せなかった。
「あら!? そのバイク、貴方根暗ボッチのシューティじゃない!!」
向こうもこちらに気付いて手を振る。ラーナ以外には殆ど懐かないカナンも、何故かシューティにだけは出会った当初から話しかけてくれた。時々シューティの事を弄ってくるが、本人に気にする様子はない。
「根暗は余計だ……それより一人で街の中をうろつくなんて危ないじゃないか。早くお家に帰るんだ」
「それが大変なの! ラーナったらまた気絶しちゃって、しかもこの街がお花畑になって、みんな死んじゃうかもなの! とりあえずガードナーに知らせないと!」
ワチャワチャカタカタと人形の身体を動かし、一生懸命説明するカナン。
「ラーナが気絶? とすると例の占術の影響か。詳しく聞きたい所だけど一人で街にいるのは危険だ。どの道これから団長の所へ行くつもりだし、連れて行ってあげるから後ろに乗って」
「はぁい。のんすりぃぷが出てきたらカナンがやっつけてあげるから! シューティは安心していいわよ」
「いや、僕が君を守る立場なんだけど……まあいい。とにかくしっかり掴まってくれ」
カナンは素直にシューティの提案を受け入れ、クロノポリスのタンデムシートの上にふわりと着地した。それを確認したシューティは再びクロノポリスのエンジンをかけ北へと走らせた。
―――
一方その頃、夢列車駅前の噴水広場では武装した何十人もの自警団と、彼等に囲まれて睨み合う二人の人物の姿があった。
一人は背が低く、丸っこい身体を覆い尽くす二つの丸盾を手に構える男で、彷徨い自警団団長にしてこの街のボス、ガードナー。
そしてもう一人は狼を思わせる尖った耳と尻尾を持ち、発育の良い引き締まった身体を曲げてストレッチをしている亜人種の少女、リーフェ。
夢列車の中で暴れられては貴重な物資が壊されるとガードナーは言い、場所を移すことを提案されリーフェがそれに乗る形でここまでやってきたのだ。
「嬢ちゃん、さっきは自分をウォルド族一の戦士、とか言ってたな?」
「ええ。それがなにか?」
大勢の敵に囲まれてなお余裕の表情を浮かべるリーフェ。
「ウォルド族と言やぁ亜人種の中でも一、二を争う戦闘狂の種族と聞く。そして大の人間嫌いだともな。それがなんでこんなとこまでわざわざ荷物に紛れてやってきた? この街にゃあ大して珍しいもんなんかねえ。観光は期待出来ねえぞ?」
「別に観光に来たわけじゃないわ。この街にはある噂を聞いてやってきたの」
「噂だと?」
「ええ。どんなことでも見通す高名な占い師がいるって」
「……チッ、いつものラーナ目当ての流れ者か」
占い師。この街でそのワードに当て嵌まる人物と言えば一人しかいなかった。この街に住む者なら誰でも知っている人物であり、以前なら彼女の噂を聞きつけてこの土地にやってくる者も少なくなかった。
「知ってるのね!? さっすが! ねえどこにいるの? 殺されたくなかったら教えて?」
「その前に一つ」
ガードナーの表情がより一層険しくなる。
「どうして三バカ……俺の団員を襲った? お前さんは俺達の敵か?」
「うーん、ストレス発散? ずーっと箱の中で閉じ籠ってたんだもん。ちょっとくらい楽しみがないと。でもあれで結構手加減したのよ?」
「ストレス発散…………だあ? バッカ野郎ォオオオッ!!!」
盾を持ちながらプルプルと震えるガードナー。こめかみに青筋を立てながら、その溜まりに溜まった怒りがついに爆発した。
「ストレス溜まってんのはこっちだバカ野郎ォ!! 訳の分からん病気は流行るわ、街の連中がノンスリープにやられるわ、シューティのバカ野郎はいつも独りでどっか行ってるわ、腑抜けた団員共は獣人の姉ちゃんの乳に見惚れてるわ。どいつもこいつもバカ野郎ばっかだバカ野郎ォッ!!」
「ガ、ガードナー団長!! すいません!! あれはちょっと不可抗力です!!」
「あまりに凶悪なモノを持っているので、自分らは暴れ出さないか見張っているのであります!!」
「……団長も視線行ってましたよ」
口々に反論する団員達を「やかましい!!」と一喝するガードナー。しょんぼりしつつも、その視線はリーフェの胸に釘付けだった。
「ヤダさいってー! どこ見てんのよ…………エッチ」
胸元を手で隠しながら頬を赤らめるリーフェの姿に、団員達は完全にノックアウトされてしまった。鼻の下を伸ばす男共の視線に耐えられず、リーフェは片手で胸を抑えつつビシッとガードナーを指差した。
「とにかく! あたしそのラーナって占い師に用事があんの。さっさと教えてくれるんなら手出さないであげるから。どこにいるのか教えて!」
「そうは問屋が卸さないぜ嬢ちゃん! さっきも言ったがこっちは遊び半分で団員がやられてんだ。おうてめえら!! 手出すんじゃねえぞ!! こいつァ俺様一人でやってやる!!」
ガードナーの一声で周りの自警団員達は歓声を上げた。異常事態でここ最近ピリついていた彼等にとって、二人の対決はこれ以上にない娯楽と化したのだ。始めは警戒していた団員達も、彼女がそこまで敵対的な人物ではなさそうだと判断し次々と観客側に回っていった。
「へえ、ちっこいなりして意外と紳士なのね」
ちっこいという単語に反応し、ガードナーの中で何かが完全にブチ切れた。団員達が固唾を飲む。それは我らが団長にとって決して言ってはいけない禁句だと理解していたからだ。
「…………嬢ちゃんよお、殺しはしねえがきっちりケジメはつけてもらうぜ。どうしても教えて欲しいなら……」
「教えて欲しいなら?」
聞き返すリーフェに闘志を向け、ガードナーは盾を前面に構える。
「この俺様、ボブ・ディフェンス・シールド・オブ・ガードナー様を倒してから聞きやがれバカ野郎ォオオオッ!!」
叫びながら怒涛の勢いで突進するガードナー。リーフェは二ヤリと不敵な笑みを浮かべる。深呼吸の後に脚を開いて腰を深く落とし、左腕を少し前に突き出す。右腕で脇を閉めて握る拳に力を籠める。
「気をつけてくださいガードナー団長! その女のパンチはアーバレストを吹き飛ばす程の威力です!!」
団員の一人が叫ぶも、ガードナーは構わず突撃する。
(関係ねえぜ!! どんな攻撃だって俺の鉄壁の守りの前じゃあ形無しよ!!)
「ハアアアッ!!」
「ぐぼああッ!?」
だがその慢心は、リーフェの拳がインパクトする瞬間に自身の身体ごと吹き飛んだ。衝撃の勢いは凄まじく、後方で見守る団員達に激突するまでに至った。
「な!? ガードナー団長が押し負けただと!!」
「おいおい、クソ強ええぞあの獣人おっぱい女!!」
驚きの声を発する団員達。半面夢列車内での彼女の姿を見た者は改めてその強さに押し黙る。
「ガードナー団長!!」
「大丈夫ですか!?」
「うるせえってんだバカ野郎! 俺はこの通りピンピンよ!!」
ガードナーは駆け寄る団員達を押し退け、体勢を立て直す。内心の混乱を悟られぬよう虚勢を張り、盾を持つ腕をグルグルと回してアピールする。
「嬢ちゃん、なかなか良いパンチ持ってるじゃねえか。少々侮っていたぜ。だが、こっからは俺もちいとばかり本気出させて貰うぜ!」
「おじさんも結構耐えるじゃない。さっきの三バカ達よか少しは遊べるかも?」
想像以上の威力を持つリーフェの攻撃を警戒し、突撃を止め守りの姿勢を固めるガードナー。リーフェは相変わらず余裕綽々といった感じで軽やかにステップを踏みつつ接近する。
「すげえ! 動く度にユッサユサ揺れる!! エッッッロ!!!」
「頑張れええリーフェちゃああん!! あ、団長も頑張ってください」
いつの間にか増えたギャラリー達(常駐の団員+無線連絡で駆けつけてきた他の団員)に囲まれて、リーフェとガードナーの戦いは白熱していった。
「てめえら誰を応援してんだバカ野郎!!」
リーフェの素早い肉弾戦にギリギリで対応するガードナー。拳を、蹴り脚を、盾で防ぎ、逸らし、あるいはいなして直撃を免れる。試合運びは終始防戦一方であった。
(ちきちょう……どうして、どうしてこうなったんだ……家に帰りてえよ……)
本気を出すと啖呵を切ってはみたものの、初っ端の全力の突撃を防がれた時点でもう勝ち目はなかった。そもそもからしてガードナーは本来あまり戦いを好まない性格であった。故に銃や剣を装備する団員達とは違い、自身は盾を装備する事を選んだのだ。
リーフェのことにしても成り行きとは言え戦いに乗り気ではなく、適当にあしらって終わりにするつもりであった。
まさかここまで強いとは思っていなかったが、アルティレイムにおいて亜人種と言えば人間の何倍もの身体能力を持つ人種であり、その中でもウォルド族とは最強に近い力を持ち同じ亜人種からも恐れられていると言われる。
少し冷静に考えればはなから勝ち目はなかったのだ。今も必死で身を固めて攻撃を防ぐガードナーと違い、リーフェは余裕を通り越してあくびをしながら退屈そうな表情すら浮かべている。恐らく彼女は本来の実力の半分も出していないだろう。
「ごめん、ちょっともう飽きてきちゃったから終わらしていい?」
「なッ!?」
言うや否や、リーフェは素早く屈むと、その体勢からサマーソルトキックを放ちガードナーの盾を弾き飛ばし、華麗に着地すると続け様に後ろ回し蹴りでもう片方の盾を吹き飛ばした。唯一の身を守る術を失い、呆然と立ち尽くすガードナー。
「アハッ! おじさんみーっけ!」
「ま、待て。嬢ちゃん。少し話し合お……」
「無理。お寝んねして?」
屈託のない笑みを浮かべて拳を固めるリーフェ。再び“アレ”が来る。それを悟ったガードナーは全てを諦めてギュッと目を閉じた。
ガキイイインッ!!
衝撃音が鳴り響く。しかしやってくるはずの衝撃そのものがいつまで経っても来ない。不審に思い、ガードナーは恐る恐る閉じていた両目を開ける。
「すみません団長、ちょっと寄り道してまして。予定より少し遅れました」
「…………遅ええよバカ野郎……」
自身を庇うその存在に気付き、安堵のあまりその場にへたり込むガードナー。ガードナーの目の前には緑色の戦闘服と黒いボディアーマーに身を包み、リーフェの攻撃を黒い義手で受け止める白髪の青年、シューティの後ろ姿があった。
リーフェは突然割り込んできた謎の人物を警戒して後ろに飛び退く。その瞬間周りから歓声が沸き起こる。
「うおおおおお!! シューティ副団長おおお!!」
「我らが彷徨い自警団最強のシューティ副団長だあああ!!」
「リーフェちゃん脇見えた!! エッッッロ!!!」
「……団長命拾いしましたね」
口々に囃し立てる団員達を一睨みするシューティ。それだけで全員押し黙ってしまった。
「人手が足りないと言うから駆けつけてみれば、君らは一体何をやっているんだ。見張りはどうした?」
呆れるような物言いに何も言い返せず、下を向く団員達。溜息をつくと、シューティは目の前の少女に向き直った。
「む。あんた誰よ。いきなり人の喧嘩に割り込んでおいて、勝手に盛り上げてくれちゃってさ」
「僕はシューティ。この街の自警団の副団長をしている。君こそ何者だ? それにこの状況はなんなんだ?」
「あたしはリーフェ。ウォルド族の戦士よ。ここにはラーナって占い師を探しに来て、んで今は暇潰してたとこ」
恐らくこの騒ぎを巻き起こした張本人だろうと察したシューティであったが、目の前のリーフェと名乗る少女からは全く悪気も殺気も感じられない。
「ま、待ってぇ……シューティ……飛ばし過ぎ……オエッ」
さてどうしたものかと思案していた頃、シューティの後方から情けない少女の声が聞こえてきた。振り返ると、そこにはクロノポリスからずり落ち、目を回しながらヨタヨタと覚束ない足取りでこちらに寄って来るカナンの姿があった。
「え!? 何あの娘!? 可愛い!! お人形さんみたい!! ていうか……お人形?」
カナンの姿を見たリーフェの瞳がキラキラと輝く。一見普通の人間に見えるが、近くで見ると腕や足の関節部分に人形独特の繋ぎ目が見える。
彼女は初めて物霊と言う者を目にし、すっかり喧嘩の興味が失せてしまっていた。
「ヒ、ヒィイイッ!? 狼女!?」
そして、初めて見るのはリーフェだけではなかった。カナン自身も亜人種を目にするのは初めてであり、絵本で呼んだ人々を食べ尽くす狼女が脳裏に過り、思わず恐怖で身震いする。
「ねえ、触っても良い? ちょっとだけ! ちょっとだけだから!!」
「ヒィイイイッ!! 食べられるぅううう!! シューティ助けてぇええ!?」
カナンを面白がって追い掛け回すリーフェ。ヨタヨタ逃げるも速攻で掴まってしまい、後ろから抱き着かれながら頬を擦られてしまう。
意外にもその肌触りや木や石などの硬質な物ではなかった。人間の皮膚に近い柔らかさが感じられ、リーフェはその精巧な造りに感動すら覚えた。そしてその光景を微笑ましくも羨ましく眺める団員達。
彼女達の様子を見てこれ以上面倒事を起こす必要もないと判断したシューティは、片手を上げて敵意がない事を示しつつリーフェに近付いた。
「リーフェ、と言ったね? 君が我々の敵じゃないのなら引いてくれないか? この街は今色々と問題を抱えていてね、悪いけどこちらには遊んでいる暇はないんだ。ラーナを探していると言うのなら僕が案内してもいい」
「……うーん、悪いけどそれはちょっと厳しいかな?」
自慢のケモ耳をピクピクと動かし、遠くに視線を移すリーフェ。彼女の物言いに警戒心を露わにし、シューティは太もものホルスターに収められた拳銃に手を掛ける。
「どうしてもまだやるつもりだと言うのなら、今度は僕が相手をしよう」
「バカね。そうじゃないわよ。分からない?」
「……なに? どういう意味だい?」
発言の意図が分からず困惑するシューティを無視して、リーフェは何でもないかのように軽く、それでいてどこか楽しそうに言ってのけた。
「囲まれてるわよ。あたし達」
ハッとして周囲に視線を走らせるシューティ。至る場所の物陰や建物の隙間の空間が湾曲し、そこから黒い霧が漏れているのが見えた。他の団員達が気付いた頃には既に黒い霧が噴水広場の周囲を包み込み、そこから大量のノンスリープの群れが姿を現し始めていた。
すいません。もう少しだけ主人公不在の話が続きます。




