表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
招かれざる勇者の物語  作者: 双頭 申
【序章】現実世界/夢への誘い
2/24

神の筆

「零奈ァ!!」


 あと少し手を伸ばせば届く距離まで来て、はっきりと分かる少女の顔を見て目を見開く。そこに映ったのは見覚えのある顔。一年前と全く同じ、突然消えた幼馴染の顔。


「零奈ッ!! 零奈……だよな!?」

「…………ルキト」


 か細くもよく通る澄んだ彼女の声。その瞬間忘れかけた記憶が蘇り、まるで二人が立っているその空間だけが一年前に戻ったような気がした。


 一年前と変わらぬ姿で、一年前と変わらぬ声で。スラッと伸びた美しい長い黒髪、綺麗な澄んだ瞳、色白できめの細かい肌、儚くも美しい人形のように整った顔立ちと、細見ながら肉感的なその身体。


 何一つ変わっていなかった。それなのに、ルキトには何故か目の前の少女が零奈とは違う存在に見えた。


 まるで絶望すら通り過ぎたようなその虚ろな表情が、自分の知っているかつての幼馴染じゃない何か別のモノに見えてしまい、底知れない不安を感じる。


 いや、それだけではない。零奈が首元にぶら下げている不気味な昆虫のデザインが施された金色の鍵。ルキトは初めて見た時からその鍵から異様な禍々しさを感じた。


「お前今までどこ行ってたんだよ? 俺……俺、ずっと探してたんだぞ!」

「…………」

「零奈……?」


 じっとこちらを見つめる零奈。相変わらず目の奥に色が見えない。


「どうしたんだよ? なんか言ってくれよッ!」

「もうすぐ世界が終わる」


 そう言って表情一つ変えず遠くを見つめる零奈。彼女の声はか細くも、どこまでも響くようにはっきりと聞こえる。


「世界が終わるって、どういうことだよ!?」

「言葉通りの意味。そして貴方は選ばれた」

「選ばれた?  何訳分かんねえこと言ってんだよ!」

「貴方は世界を救う為の存在。神の筆を持つに値する勇者、その器として選ばれた。だから戦わなくてはいけない」

「だから意味分かんねえって! ちゃんと説明してくれよ!」


 詰め寄るルキト。零奈は何かに気付いたのか、目を見開いて上空へと顔を向けた。


「来る」


 その言葉を合図に、周りの景色の至る所が突然歪み始めた。幾重にも景色が折り重なり、吸い込まれるように歪んで出来た黒い渦のようなものが、交差点の上空を中心に無数に形成されていく。


 そしてその空間の歪みの渦から何者かが至る所で現れ、ボトボトと地面に落ちてはゆっくりと起き上がり、ルキトへと視線を向けた。


「ヒュ……ヒュー……」


 見覚えのある異形の化け物達。聞き覚えのある歪な呼吸音。それはルキトの夢に何度も現れた、灰色単眼の化け物の姿であった。


「な!? どうしてこいつらがここに……!」

「彼らはノンスリープと呼ばれている。夢世界に蔓延る眠れぬ者達。貴方の夢にも幾度となく現れたはず」

「ノン……スリープ? なんでそんなこと知ってんだ? お前、本当に……零奈なのか?」


 零奈が口を開く度にルキトは混乱した。彼女の言っている意味の全てを理解出来たわけではないが、自分の夢に出てきた化け物=ノンスリープの存在、そして知るはずのない自分の夢を零奈が知っているという事実。自分達を取り巻く状況の全てがあまりにも現実離れし過ぎている。


 いや、そもそもこれは現実なのか? 今もずっと、自分は夢を見ているのではないか? ルキトにはそう思えて仕方がなかった。


 それでも迫り来るノンスリープ達に襲われて夢から覚めるビジョンが浮かぶほど、ルキトは楽観的でもなかった。


「とにかく逃げようぜ! アイツらはやべえんだ!」

「逃げ場はないわ。彼らはどこまでも追ってくる。ルキト、戦って」

「何言ってんだよ! 大体戦うったって、どうやって……ッ!」


 零奈は焦るルキトの手を取り、その上に自らの手を重ねた。その瞬間、零奈の手から僅かに熱が流れるような感触が伝わった。


「これを使って」

「え、これ…………なんで、零奈が……?」


 零奈が手を放すと、自身の手には一本の万年筆が握られていた。

 それは、夢の世界で手にした黄金の万年筆そのものだった。


「ヒュー! ヒュッ!!」

「ヒュヒュッ!! ヒュー!」


 周りのノンスリープ達が徐々に動き始めた。二人を追い詰めるようにゆっくりと、確実に距離を詰めるように蠢いている。


「それは創造の力が封じ込められた神の筆。ルキト、貴方なら扱える。その力を使って戦って」

「戦うったって、どうやって!」

「意志を示せばいい。筆は主の意志に呼応して姿を変える。その力を、貴方は夢で何度も見てきたはずよ」

「戦う意志に、呼応する。夢で見た、力……」


 零奈に少しだけ感情が見えた気がした。状況が状況だけに今は迷っている暇はない。そう自分に無理矢理言い聞かせながら、ルキトは零奈の言葉を信じる事にした。


(戦う意志を示す。俺の、戦う意志……)


 深く息を吸って、目を閉じる。夢の世界で何度も見た映像を思い浮かべる。頭が少しずつクリアになっていく。周りから聞こえる音が静かになり、胸の中で脈打つ鼓動の音だけが響き、やがてはそれすらも聞こえなくなる。


 筆を伝って全身から微かに熱が湧き上がるのを感じる。まるで現実味の無いはずのこの状況でルキトは、今まで生きてきた中で感じたことのない【生】を実感する。


(頭がはっきりしてきた。不思議だ。持ってるだけで凄く久しぶりに生きてるって感じがする。そうだ。俺は知っている。コイツの使い方を)


 大きく、ゆっくりと息を吐きだして、右手に持った万年筆を強く握りしめて腕を前に突き出す。夢で何度も見た大剣の形をイメージし、心の中で強く念じる。


(筆よ、俺に力を貸せッ!!)


 心の中で呟いたその瞬間、突如ルキトを中心に突風が吹き荒れ、衝撃波と同時に強烈な光を放つ。頭の中に様々な見たことのない文字が大量に流れ込む。全身に力が漲り、不思議なエネルギーの粒が血液のように体内を駆け巡る感覚に陥る。


 光が収まる頃、目を開ける。前に突き出したその手には、神秘的な光を放つ黄金色の大剣が握られていた。


 夢同様、【筆】が【剣】に変わったのだ。


「すげえ…………本当に現れた」


 身の丈程の大きさ、それでいて重さは万年筆の時と殆ど変わらない。十字に分かれ、それぞれ万年筆のペン先に似た形状の剣先。刀身に刻まれた見たことのない文字列。


 刀身とグリップの間にある眼球のような青白い玉石。万年筆そのものを少し長くしてくっつけたかのようなグリップ。


 全てが夢で見た物と同じ形をしていた。


「忘れないで。それは武器でもあり、筆でもある。この世のあらゆるモノを斬り裂き、あらゆるモノを『描く』ことが出来る」

「描く? それってどうやるんだよ!?」

「自ずと分かるわ」

「いや、今分かりたいんだけど!!」


 今一つ要領を得ない零奈の説明だが彼女はそれ以上を口にするつもりはないらしい。急激に色々な事が起こり過ぎて理解が追い付かないが、考えている時間はない。


「あークソ! こうなったらヤケだ!! そこで見とけよ零奈!!」


 ルキトは黄金色の大剣をだらりと構えてノンスリープの大群に向き直ると、小さく息を吐いて走り出した。


 目前に迫る一体の化け物、零奈がノンスリープと呼ぶ灰色単眼の化け物に接近する。


 ノンスリープはルキトを攻撃しようと腕を振り上げるが、振り下ろすより前に素早く大剣を横薙ぎに振って切断した。斬った感触は殆どなく、斬られたノンスリープは奇妙な鳴き声と共に黒い液体をまき散らし、やがて霧となって消滅する。


「すげえ。夢と同じだ。やれる。これなら……!」

「ルキト!」


 大剣の威力に驚くのも束の間、零奈の声に気付いて振り向くと、近くにいたノンスリープが次々とルキトに襲い掛かってきた。


 ルキトはすぐに意識を集中させ、その場から離れる為に地面に転がり込んで回避し、起き上がり様に背を向けていたノンスリープ二体を斬り倒す。斬られた二体は先程同様黒い霧となって消えていった。


「ヒュー!! ヒュー!!」

「ヒュー!!」


 怒り狂ったように周りのノンスリープ達が叫び出す。ルキトはお構いなしに大剣を構え、周りのノンスリープ達を次々と斬り伏せていく。その度に黒い液体を体中に浴びるが、それらは本体同様霧となって消滅していった。


(自分でも不思議なもんだな。恐怖も何も感じねえ。こんだけ化け物だらけだってのに。いや、何も感じねえってことはねえか。これは……)


 ノンスリープを斬りながらルキトは自分自身の変化に気付き始めていた。神経が極限まで研ぎ澄まされているのか、敵の動きがスローモーションのように感じられ、自分の身体はスピーディーに動ける。


 視界はクリアに、戦っていながら遠くのビルに見える小さな看板の文字一つ一つまでくっきりと視認出来る。


 目だけではない。周りを蠢くノンスリープの発する鳴き声や足音から、敵がどの位置にどれだけ居て、どう動いているのかまで正確に把握出来る。そのおかげか、目で見なくとも背後から迫り来るノンスリープを振り向きざまに斬り殺すといった芸当もやってのけた。


 そしてその事に対して別段驚くでもなく、あれだけ喚いていた戦う前までの自分に疑問を持つ程心に余裕が出来ていた。


 単にノンスリープ達よりも自分が強いと認識したからだけではない。まるでこうなることが最初から分かっていたかのような、こうなる事をずっと待ち望んでいたかのような、自分でも言い表せられない不思議な感情が湧き上がっていたのだ。


(夢で嫌と言うほど見てきたからかもな。そうだった。俺はこれをずっと待ってたんじゃねえか。零奈も、この筆も、化け物共との戦いも)


 徐々に、しかし確実にノンスリープの数を減らしていく。


 ルキトは今や自ら敵の大群の渦中に飛び込み、大剣を高速で振り回して複数のノンスリープを同時に斬り倒す。残った周りのノンスリープ達がルキト目掛けて攻撃を繰り出すが、それを完全に見切ると最小限の動きで躱しながら再度敵をなぎ倒していく。


 ルキトを中心に剣風が吹き荒れ、ノンスリープの胴が、腕が、足が、目玉が、辺り一面にぶちまけられ消えていく。


(この感触、夢みてえだ。いや、それよりももっと肌に感じる。体がすげえ軽い。今なら空も飛べるんじゃねえか?)


 その場に立ち尽くし天を仰ぐルキト。ノンスリープ達が少しずつにじり寄るもそれを気にする様子はない。


 痺れを切らしたのか、群れのうちの一体がルキトの背後から襲い掛かる。気配を察知し、敵が攻撃を仕掛ける直前両足に力を入れ、ノンスリープが自分を斬り裂かんと腕を振るその瞬間に思いっきり地面を蹴って斜め上へと跳躍した。


 ノンスリープの爪が空を切り、ルキトの身体が十メートル程の上空にまで上昇する。思いつきで飛んではみたものの、ルキト自身まさか本当にここまで高く飛べるとは思わなかった。


「すげえ! こんなに飛んで……って飛びすぎだろ!? やべえ落ちる!!」


 重力に引っ張られて地面が迫りようやく我に返ったルキト。足元には数十体のノンスリープ達。上手い事奴らを踏み台にして少しでも衝撃が和らぐ事を祈るしかなかった。


 そして地面に衝突し自身の両足に強い衝撃を受ける。ルキトはこれから襲い来るであろう激痛に身構えるも、『それ』が来ることはなかった。


(痛ッ……くない? 嘘だろ、なんともねえぞ? いよいよ現実じゃねえかもな、これ)


 ここまでくるとこれは夢の延長線なんじゃないかと本気で思えてきたが、全身に伝わる感触がそれを否定する。


「ヒュー!! ヒュー!!」

「ヒュッ! ヒュー!!」


 飛んだことで少し離れたノンスリープの群れがルキトへと向かってくる。


「ヒューヒューうるせんだよ! 今から全員ぶっ殺してやるから待ってろ!」


 大剣を握りしめ、ノンスリープの群れの方へと向き直るルキト。刹那、脳裏に見たことのない例の記号のような文字と共に、戦いのイメージのような映像が過る。


(な!? 今のなんだ? 一瞬頭の中に……何かを思い出した? よく分かんねえけど、だとしたら試す価値はあるか)


 ルキトは大きく息を吐き、眼前の敵を見据える。大剣を強く握りしめ、上半身を捻って刀身を低く後方へ向け構える。先程の映像を頭の中で反芻するように何度も強くイメージする。


キィイイイイイイイン…


 耳を劈く金切り音にも似た音が響き、少しずつ自身の体内を駆け巡っていたエネルギーが光と共に両腕をつたって大剣へと流れるのを感じる。


「よし、イメージ通りだ。ん? なんだこの文字……《解放》?」


 光に気付いたルキトが宝石に刻まれた文字に視線を移す。見たことのないはずの、読めるはずのない文字。それが先程のイメージが流れた瞬間、ルキトには読めるようになっていた。


「ハッこれも”神の力”ってやつか?」


 零奈の言葉を思い出す。自分は本当に神に選ばれし存在なのだろうか? だとしたら何故? 一瞬考えるもすぐに頭を振って目の前に集中する。


 今は戦いの最中だ。そんなことはどうでもいいはずだ。ルキトは再び頭をクリアにする。疑問の解消はコイツ等を片付けてからだ、と。


「ヒュウウーーー!!」


 ノンスリープの群れとの距離は既に十メートルを切っている。ルキトはさらにエネルギーを大剣へと送りこみ、力を溜める。大剣がより一層強い光を放つ。


(まだだ。もう少し引き付ける……!)


 迫り来る灰色の塊。恐怖はなく、頭の芯まで冷たく研ぎ澄まされている。だというのに己を支配するこの興奮を抑えられそうもない。


 さらに腰を深く落とし全身に力をこめる。湧き上がる熱気と共にルキトの身の周りに僅かな風が起こり、それはやがて青白い光を放つ黄金色の大剣にも纏い始める。


 光と風とが同化し、それが変異し幾つもの小さな刃が大剣の周りを高速で回り始める。ルキトと大剣を纏う小さな風はやがて暴風へと変化する。


(……ここだッ!!)


 ノンスリープ達が飛び掛かるのとほぼ同時にルキトは両目をカッと見開く。


「ううぅるぁああああああああああああッ!!!!!」


 咆哮を合図に大剣が横薙ぎに振られた。刀身から光と風を乗せた巨大な衝撃波が轟音と共に放たれる。


 それに触れたノンスリープ達は吹き飛ばされ全身を細切れにされ、次々と黒い霧が辺り一面に立ち込める。


 光と風、そして黒い霧が収まる頃、あれだけ大勢いた化け物の群れは文字通り一匹残らず消滅していた。その場に残っていたのは息で肩を揺らすルキトと、少し離れた位置で静かにルキトを見つめる零奈の姿だけであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ