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招かれざる勇者の物語  作者: 双頭 申
【序章】現実世界/夢への誘い
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始まりの刻

いよいよ始まりました。

かなり長いですが、エタらず腐らず頑張りたいと思います。どうか末永くお付き合いくださいませ。

 少年は、夢を見ていた。


 視界にかかった霧のようなものが晴れていき、それと同時に自我としての意識が徐々に覚醒していくのを感じる。生という感触、命の鼓動、それらがゆっくりと、静かに始まりの記憶として自身の中に刻まれる。


 自分が何者で、ここがどこなのか。今のこの状況が次第に理解出来るようになり、と同時に色の無かった無機質な世界がさらに鮮明で幻想的に色付いていく。


 意識の遠くの方で聞こえた荒い息遣いや熱も、自分自身から発せられているものだと認識出来る程度にははっきりと伝わってくる。だからこそ今見ているこの映像が、決して現実のものではないという事も理解出来た。


 少年は、夢を見ていた。


 それが理解出来たのは、自分であるはずの人物が視界の目前にいるからだ。

いや、それが理解に繋がる直接的な理由ではない。


(…キ…………て…)


 少年はこの夢を思い出した。

 いつからかこの夢が、何度も何度も繰り返されてきたことを。


 少し肩にかかるボサボサの黒髪、鋭い眼差し、それなりに整った顔立ちや背丈に至るまで現実の自分そっくりだ。その自分そっくりのもう一人の少年は、手にあるモノを持っていた。それは万年筆であった。非常に繊細な細工と何かのルーン文字のような物がペン先の表面に彫られている。


 よく見てみると実存する万年筆に比べて僅かに形状が異なっている。ペン先は少し長めで丸みを帯びておらず真っ平であり、中央の切りこみ部分には青い小さな玉石が嵌め込まれている。


 その時、背後から発せられる禍々しい気配に気付いた少年は、振り向きざまに万年筆を握る右腕を前に突き出した。すると万年筆が突然青白い光を放ち、突風が吹き荒れ始めた。


 光と風が収まる頃、少年の手に握られていたそれは先程の万年筆ではなく、黄金色に輝く大剣だった。【剣】に変わる【筆】。その万年筆に隠された、真の力。


 少年の身の丈ほどの長さがあり、刀身の先端が十字に分かれてそれぞれ万年筆のペン先に似た形状をしている。反対に柄の部分は先程の万年筆を少し大きくしたような見た目だ。


 刀身と柄の間には円盤型の青白い玉石がはめ込まれており、眼球を思わせる模様で不思議な輝きを放っていた。柄の部分は万年筆を長くしたような形であり、端の柄頭が筆先を象った物になっていた。


 これらの映像がまるでゲームのキャラクターを操作しているかのように客観的に、かつ意識は目の前の『少年』自身の主観的な感覚と完全にリンクしていた。


 手に持つ感触が強く伝わってくる。重さは殆ど感じないが、その剣から不思議な力が溢れているのが分かる。少年は何もない広場のような場所に立ち、辺りを見回す。


 全体的にどんよりと薄暗く、殆ど全て白い石造りの建物に囲まれている。汚れていたり倒壊した建物には苔やら緑の蔓やらがびっしり巻き付いており、長い間放置されている様子だった。まさに捨てられた廃墟の街という言葉がしっくりくる光景である。


 空を見上げると早朝なのか夜明けなのか、薄暗く淀んだ光の青と、肉眼でもはっきりと分かる大きな星々や白い大きな渦のようなものが見える。


「ヒュッ…ヒュー…………ヒュッヒュー」


 遠くから声が聞こえた。声と言うよりは擦れた呼吸音に近い鳴き声というべきか。人間の声に近いのだろうが、そこに感情はなく、周囲の廃墟のように無機質で異質な音だった。その声の正体を少年は知っていた。


 無数に蠢く異形の化け物達。人型の生物だが、一目見ても人間のそれとは明らかに違う点がいくつも見受けられる。


 全身灰色の肌に体中に走る黒い血管のような模様、首や頭部はなく、胸の辺りにある人の頭ほどの大きさの単眼は、充血したように真っ赤に染まっておりギョロギョロと忙しなく動いている。


 長い腕の先端には手の代わりに二十センチほどの鋭い爪があり、動く度に地面に擦れる爪の不快な音がする。全身には殆ど肉付きがなく、両足はガニ股で細く短い形状をしていた。


 そんな異形の化け物が、視認出来るだけでざっと百匹以上はいる。群れはゆっくりと、まるで千鳥足のようにおぼつかない不規則な歩みで少年に近づいてくる。


 理屈でなく本能が告げる、明確に危険な存在。


「ヒュー……ヒュッ」

「ヒューヒュー……」


 異様な鳴き声と相まって尋常ではない不気味さを放っているが、『少年』に恐怖や焦りの色は見られない。それどころか、口元を歪めてギラギラとした笑みを浮かべ、黄金色の大剣をだらりと下げた構えのまま化け物達に対峙する。


「かかってこい。皆殺しにしてやる!」


 少年は黄金色の大剣を強く握って走り出す。と同時に異形の化け物達も一斉に動き出す。


(……キ…ト………き…て…)


 少年は走ったままの勢いで近くにいた化け物に容赦ない袈裟斬りを繰り出す。相手は反応する間もなく体を斜めに切断され、例の奇妙な呼吸音と共にブシャっと黒い液体をまき散らした後に霧となって消えた。


 さらに少年は大剣に力を籠める。と同時に頭の中で一つの文字を思い浮かべる。それは≪斬撃≫であった。大剣は少年の意志に呼応するように光を放ち、青白い宝石に見たことのない文字が浮かぶ。


 それを確認した少年は大剣を水平に構え、化け物の群れを見据える。


「斬り裂け!!」


 少年の叫びと共に横凪に振られた大剣から半月状の光の斬撃が放たれ、それに触れた化け物達は次々と身体を切断され、黒い液体をまき散らした後に消滅していった。


 その後に迫りくる化け物に斬りかかると、同じように黒い液体を噴出しては消えていった。敵を斬る度、とてつもない快感に全身が震える。


「これだ。これを求めていたんだ。来いよ! お前ら全員ぶっ殺してやる!!」


 斬る。斬る。斬る。目の前に現れる者全て、跡形も無くなるまで。


 化け物を屠るその行為に無上の喜びを感じ、大剣を振るう少年の口角が自然と上がる。彼の喜びが、興奮が、それを見ている少年の意識に直接伝わってくる。


(……ト…………ル……キト…)


 だがその意識も徐々に薄れていき、目の前が眩い光に包まれる。先程までの光景は完全に無くなり、それと同時に暖かい感触が全身を覆い、少しずつ意識が覚醒していくのを感じる。


 気が付くと視界が開け、景色も、匂いも、先程までの世界とは異なる現実の物へと変貌していった。


(…ルキト……早…く………起きて……)


 意識のどこかで、懐かしい少女の声が聞こえた気がした。


 ―――


 頭の後ろに気だるい重さを感じながら、少年はむくりとベッドから半身だけを起こす。


(クソ。せっかく良い所だったのに目覚めちまった)


 そこに先程までの薄暗い廃墟のような光景はなく、当然灰色の化け物達の姿もない。あるのは生活感の薄い殺風景な白い部屋だけだ。


 いつからか自分の知らない世界で、変わった剣を持って異形の化け物達と戦う夢をよく見るようになった。始めはぼんやりとした白黒の映像だったその夢が、今では現実と殆ど区別が付かない程鮮明になっていた。意識が覚醒すると共に、少年は本来の自分を認識する。


 風真カザマ 瑠樹人ルキト。十七歳の男子高校生。それが現実世界での彼の姿である。内向的でも社交的でもなく、現実に退屈しどこか冷めている無気力な少年。


 毎日が退屈で仕方ない。自分の中の何かがぽっかり抜け落ちたような、そんな虚無感が常に纏わりつく。


(あの時からずっとこの夢だ。それも段々現実みたいにハッキリしてくる。それとも今のこの現実が偽物で、あの世界が本物だったりしてな。ハッ。そんなわけないか)


 毎晩何度も夢に見るあの世界。最近ルキトはその世界に魅了されていた。いや、取り憑かれていたと言っても過言ではない。


(そういや今日の夢、いつもとちょっと違ってたな。なんか、零奈の声みたいなのが聞こえたような……クソ)


 霧咲キリザキ 零奈レイナ。一年前に失踪したルキトの幼馴染。当時彼女は奇病に侵され、感染の疑いから隔離病棟で集中治療を受けている真最中であった。


 それ以上の詳細は零奈の両親の口から聞くことは出来なかったが、彼らのやつれて疲れきった表情を見たルキトは、零奈の状態をなんとなく察した。きっともう、長くないのだろう、と。


 元から病弱で気弱な彼女にとって、ルキトは家族以外で唯一心を開ける存在だった。ルキトもそれは同様で、幼少期からいつも優秀な兄に比べられ、両親からは邪険にされてきた。ルキト自身も家族を嫌っていた為、零奈よりも依存していたのかもしれない。


 もっともその事実に気が付いたのは彼女が居なくなってからだが。


 だからこそ、さよならも告げずに忽然と姿を消した彼女をルキトは必死に探し回った。しかし何の手掛かりも見つからず、半年が過ぎた頃に焦燥が諦めへと変わり、諦めは無気力へと変わった。


 警察の捜査も不自然な程突然打ち切りとなり、謎の神隠しとして事件は迷宮入り。彼女の存在は次第に世間から忘れ去られていった。


 それからすぐのある日の夜、あの『夢』が始まった。


 ルキトは気分を切り替えようと身支度を整えてから家を出る。今日は日曜日で学校もないが、家にはいたくなかった。


 勉強も運動もこなす優秀な兄に比べ特に何かに秀でた訳でもなく、さらに一年前の零奈の失踪事件以来荒んでいたルキトは、学校を休んでは目的も無く街をぶらつき、肩がぶつかった程度で喧嘩を吹っ掛ける暴力的な性格になってしまった。


 自分でも分からない、やり場のない怒りや虚しさが常に纏わりつき、それを振り払う為に暴力に走った。結果として家族はルキトを恐れ今まで以上に距離を置いて接するようになったが、かえって気が楽になった。


 そんな彼の姿を見た学校の友人やクラスメート達も誰も近寄らなくなり、ルキトはますます孤立した。


 今日もいつものように目的もなく、一人街をうろつく。どこにいても同じだが、家や学校よりはマシだった。どうしてこんな事をしているのか自分でも分からなかったが、最近になってようやく、決して満たされることのない心を紛らわせる為の逃避行為なのだと気付き、それがまた自分自身を苛立たせた。


 一年前のあの日から、ルキトの心にぽっかり穴が開いたような喪失感は未だに残っている。この世界のどこにいても何も感じない。全てがどこか他人事で、自分には関係のない出来事ばかり。


 世界中で起こる悲劇も喜劇もどうでもよく、自分の人生と同じように色の無い無機質な世界が、ただ地平線の向こうまでずっと続いているだけでしかない。そう思えて仕方がなかった。


「あの世界に行けば、零奈に会えるのか?」


 地面を見つめながら誰ともなく呟くルキト。一年前から続く夢の世界。あの瞬間だけが、ルキトに生の実感を沸かせる。


 襲い掛かる異形の化け物達が。それを楽しげに屠る自分自身の姿が。


 化け物を切り刻むあの瞬間が段々とリアルに感じられ、現実世界では到底味わえないような興奮と高揚感をルキトに与えてくれるあの夢は、まさに現実逃避にはうってつけだった。


「行ってみてえなあ。あの夢の世界に。もしも……」


 もしも、あの夢の世界に行けたなら、俺は死んだって構わない。

 などと考えながら歩いていた頃、異変は起こった。


「……は?」


 目の前の視界がぐにゃりとよじれたかのように見えた刹那、身体全体に衝撃のようなものが走り、思わず膝をつく。


 直後に襲い来る眩暈と吐き気。目に映る景色は未だぐにゃぐにゃと変形し、状況を理解できずただ頭を抑えることしか出来ないルキト。


「な、なんだこれ!? クソッ、どうなってんだよ!」


 頭を振って苛立たし気に呟くルキト。しばらくすると眩暈も吐き気も収まり、周りの景色の歪みも消えた。しかし異変は別の形で続いていた。


「……もしかして、止まってる?」


 周りを見渡すと、車も信号も、通りを行きかう人々の姿も誰一人、何一つ動かずその場で静止していた。まるで世界そのものが時を止めているかのように。


 ルキトは自分だけが世界から取り残されたような変な錯覚に陥った。


「クソ、訳が分からねえ。どうなってんだ?」


 ふと視線の先、目の前の開けた交差点の真ん中で一つの人影を見つけた。微動だにせず立ち尽くすその人影は、よく見ると白いワンピースを着た少女だった。そしてその姿にルキトは見覚えがあった。


「零奈?」


 一年前に失踪したはずの幼馴染の少女。もしかして戻ってきてくれたのか。いや、こんなとこにいるはずない。そう思いつつも、心の何処かでルキトは彼女の存在を切望した。


 気が付けば無我夢中でその少女のもとへと走っていた。

第一章の途中までストックがあり、2023年8月より順次投稿して行く予定でございます。

ストックが切れた後も出来るだけ毎日投稿を心掛けようと思います。

投稿は基本的に18時以降、夜頃になると思います。


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