彼女は、私の夫に「死ね」と言った
──はい、私です。私が彼女を拘束して、炎天下の屋上に放置しました。
死ねばいい、と思って放置しました。
熱中症になって苦しめばいい、と思って。
──私の夫が、少し前に亡くなったんです。
熱中症でした。
年々5月頃から猛暑で、熱中症に注意、対策をってさんざん言われますよね。
私、夫のために日傘を買ったんです。紳士用で大きめの。
あの人は外周りをする仕事でしたから、この時期になるといつも暑い暑い、たまらないとよく言っていました。私もいつも熱中症にならないように気をつけてと言っていました。
その対策の一環として、今年は日傘を購入して夫にプレゼントしたんです。体の大きいあの人の上半身を覆えるよう大きめで、日光遮断率が高いものを。
あの人は「おじさんが日傘って恥ずかしいな」と困った顔で受け取りました。
昨今の気温にそんなこと、恥ずかしいとかなんて言ってられないでしょうって怒りましたよ。太陽から感じる熱は日傘ひとつだけで3度ほど変わるのよと。絶対徒歩で外周りのときには差していって、と。
あの人はやはり恥ずかしいと思うみたいで苦笑していました。
でもせっかく私がくれたんだからとちゃんと使ってくれたのです。
「痛いと思うくらいの太陽からの暑さが和らいだ、すごいな」と笑って帰ってきて。私思わずそうでしょうそうでしょうと得意げになってしまったものでした。
それから3週間ほどたったころでしょうか。
あの人が職場の若い女の子に、「日傘のことを揶揄われたよ」と苦笑しながら言ったのです。
そのときは「そんな言葉適当に流しておきなさいよ、熱中症対策のほうが大事でしょう」って私も笑って返したのですけれどね。
そんな会話をした1週間後、とくに暑い日の昼のことでした。あの人が熱中症で倒れたのは。
私が病院に駆けつけたときすでに意識が無くて、呼びかけに答えてくれなくて。解熱剤を投与しても点滴してもらっても熱が下がらず、そのまま日付が変わる頃に、息を引き取りました。
夫が倒れているのを見つけて救急車を呼んでくれた同僚の人が教えてくれました。ここ数日は日傘をあまり使っていなかったようだ、って。
どうも、若い女の子に揶揄われたことを気にしていたようだ、と。
馬鹿だと思いましたよ。何やってるのって。熱中症対策のほうが大事でしょうって散々言ったのに、って。
もちろん日傘を使わなかった、それだけが原因で熱中症になったわけではないのですけど。
夫の葬儀のとき。救急車を呼んでくれた同僚の人が、夫の日傘のことを揶揄った女の子が誰なのか教えてくれました。
黒い日傘を差しながら葬儀場まで歩いてきて、全身黒いから余計に暑くてたまらない、とぼやいてた彼女がそこにいました。
私は腹が立ちました。
自分だって使ってるくせに、なんでうちの夫には駄目みたいなことを言ったのよ。
男とかおじさんとかそんなの関係ないじゃない。
……あなたも、熱中症になって死ねばいいのに。
夫と同じ苦しみを味わえばいいのに。
瞬間的にそう思ってしまいました。
彼女は、私の夫に「死ね」と言ったのです。
そう言ったも同じです。
もちろん彼女にはそんなつもりなんて全然なかったと思いますよ。
ただ軽い気持ちで揶揄っただけでしょう。
「40過ぎのおっさんが日傘ー? エーやだーキモー。でもおっさんみたいなデブならよけい暑いと思うのかもね。てか傘の中にちゃんと身入るの? 傘からはみ出て結局意味なさなくない? ウケる」
…って。これ、実際に言った言葉だそうですよ?
悪気もなかったんでしょうね。まだ二十歳そこそこの女の子ですもの、こんなものなのでしょう。同じくらいの私の姪もこんな感じですし。
彼女が悪いのか、と言えば違うと私も言いますよ。
夫が気にしすぎたのです。あの人が日傘を使うのを勝手にやめただけです。
だから彼女が悪いとは言いません。
先程も申しましたが、日傘を差さなかったことだけが原因でもありませんから。
でも私は許せなかったのです。彼女の言葉が。
私の夫に「死ね」と言ったも同然な、彼女の言葉が。
彼女がどんなつもりで言ったのかなど関係ありません。
私が、許せなかったのです。
だから今日彼女を縛って、口に布を押し込んで、屋上の真ん中に放置しました。
夫の苦しみを味わえ。熱中症になってしまえ、って思って。
拘束に使ったのは夫が趣味のDIYでよく使っていた結束バンド、口に噛ませた布は私が昔夫に上げた刺繍入りのハンカチです。
目を覚ましたときはただばたばた暴れましたけど、すぐここから動こうと、日陰を探そうと必死になっていましたね。
今日の予想最高気温は32度だったかしら。遮蔽物がなく直接日光が当たる屋上はもっと暑かったことでしょう。
私はあらかじめ彼女のそばに夫の日傘を開いて置いておきました。
傘に気づいた彼女は傘の下になんとか上半身を潜り込ませて、少なくとも顔付近に直射日光が当たることは避けられるようになりました。
けれどほかは何もありません。水分も塩分も冷たさも涼しさも。身体の半分はコンクリートの床についたままでしたしね。
床が熱くて熱くてたまらなかったのでしょうね。ごろごろしてましたよ。汗をすごいかいて、肌もどんどん真っ赤になっていって。
大体2時間ほどでぐったりしてうめき声も挙げなくなって。私はその様子を見て救急車を呼び、運ばれるのを見届けてからこうして警察署に来たのです。
殺してやるとまでは思っていませんでしたけれど、死ねばいいとは思ってやりました。
…彼女はどうなるかしら。夫のように息を引き取るのかしら、助かるかしら。
まあどちらでも構いません。
1度熱中症になるとまたなりやすくなるんですって。もし彼女が助かったのなら、今後の生活に気をつけてと刑事さんから伝えておいてくださる?
ねえ刑事さん、あなたも気をつけてくださいね。男性だから、おじさんだからと言って暑さを我慢したり、日焼け止めや日傘を恥ずかしがってやらない、なんてやめてくださいね。
もうそんなこと言ってられない気温になっているのですから。ええ本当に。
【完】