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19 無理

 これは「試験」だ。


 エステルは固く目を瞑った。

 あやうくフレーテスとコウトニーに一杯食わされるところだった。


 そうはいかないぞ。舐めてもらっては困る。

 こちとら子供の頃からホーランデルス商人とだってやりあってきたんだ。


 どうして立て続けに実家の関係者が来るのか。

 どうしてフレーテスはそんな細かいところまで把握しているのか。


 これは仕立てられている。

 エステルがどう処理するのか、そして軍への忠誠心を量られている。


 これで除隊して家に帰るならそれでもよし。

 弟に契約を取らせるのは悪手。身内に甘いとして要注意のマークが付く。

 そして家を切り捨てるなら。


 エステルは顔を上げた。

 とんだ視野狭窄だった。

 母たちの一方的な言い分だけ聞いて悩んだってしょうがないじゃない。

 ちゃんと調べないと。

 それで本当にエステルにできることがあるのか、見極めなくては。

 いざという時の覚悟も含めて。


「方針は決まりました」


 エステルはにっこり笑い、食事を再開した。美味しい。これからまた大変だ。力をつけないと。


「即断即決ですね! ちなみに?」

「フレーテスさんの顔」

「私の顔、ですか?」


 フレーテスはきょとんとして小首を傾げた。

 やっぱりそういう、不意を突かれた時の素の「隙」がとても可愛いと思う。キメ顔よりずっといい。


「完璧過ぎでした。フレーテスさんはお芝居が上手だから。上手過ぎて判っちゃいました」


 ばくり、と遠慮なく大きく口を開けて肉を食べる。美味しい。


 でもヒント出し過ぎですね。


 それはフレーテスが甘いのではなく、そこまでシビアに試されているというわけでもないからだろう。

 どちらかというと、今後のキャリアについて今一度考え、見つめ直す機会を与えられている気がする。


「ええ……?」


 困惑するフレーテスを置き去りに、エステルはたくさん食べた。

 美味しかった。

 フレーテスも可愛かった。





「ご相談なのですが」


 コウトニーの執務室に向かい、つつがなく伝言を伝えた旨を報告した後、エステルはわざとらしく声を潜めた。


「いい探偵ご存知です?」


 コウトニーはおやおやという顔はしたが、予想はついていたのだろう。デスクから一枚の地図を出した。


「うん、いくつかあるけど、君にはここだね」


 エステルには、とはどういうことだろう。もしかしてこれも用意されていたルートなんだろうか。

 なら安心して乗っていこう。エステルは感謝をのべて退出した。


 紹介された場所は古びたアパートメントの一室で、看板もなかった。

 エステルは少し怖気付いたが、場所に間違いはないので思いきってノックする。

 中から出てきたのは腰の曲がった優しそうな老婦人だった。

 エステルは本気で間違えたかと思ったが、確かに探偵だという。少し迷ったがコウトニーを信じた。実家の調査依頼を出し、部屋を後にする。

 帰り際にもらったカードには「メイネルス探偵社」とあった。

 エステルはその名前に何かが引っかかったのだが、思い出せなかった。





 調べてもらった結果は、おおむねそれぞれの来訪者が語ったことと同じだった。

 調査料は初回サービス? とかで相場より安く済んだのはありがたかった。

 エステルが知りたかったのは父の意志だ。

 母はああ言っていたが、エステルが戻ることを父が拒んでいるなら新しい諍いを生むだけである。母はそのあたりの説得やら調整やらも全て丸投げしたいのだろうが、それぐらいやれ、と言いたい。


 得られた情報としては、父は相当パトリクが可愛いらしかった。


 あれを?! と思わなくもないが、父子の間では態度も違うのだろう。そうとしか。

 クラーラ第一の両親ではあったが、クラーラが嫁いで家を出たことで父は急速に息子に傾いていったようで、パトリクの無能無謀ぶりを判って愚痴りつつも、やはり切り捨てられないらしい。

 古株従業員の中には母と同じようにエステルに継いでもらおうと意見するグループもいたようだ。だが父はそれに同意したかのように見えてやはりパトリクを引き立て、ミスをこっそりと尻ぬぐいし(だがバレている)、やはりダメだと言いながらもまた重要なポジションにつける、という様子で、今ではすっかり諦められているそうだ。


 エステルは疲れたように自室でベッドに仰向けに倒れた。


 誰が誰をどう思うかは、本人にしか判らない。

 傍目におかしく思えたって、人の気持がどう流れるかは理屈じゃない。

 正式な伴侶や伴侶予定者がいたって、他の人に気持が向いてしまうように。


 そしてエステルは選ばれない。


 ――判っていたじゃない。


 目頭が熱くなって、視界が潤んだ。

 親子だから、だから何?

 姉妹だから、だから何?

 血縁だから?


 全部、全部、くそくらえだ。


 エステルは腹筋だけでがばりと起き上がると、涙を振り払った。


 私が家を出たからパトリクが跡継ぎになったわけではなく、パトリクを跡継ぎにするって言うから、私はいらなくなったんじゃない。時系列をすり替えないでよ。

 もっと言えばペタークに雇われることにさえなってたんだから、ハイニーの構成員からは完全に外されてた。

 それを今頃になって何? パトリクが転がり込んできてから何年経ってるのよ。

 納屋に仕舞い込んで忘れてた道具を引っ張り出してきて試してみるような、そういう真似を人に対してするな。

 パトリクの出来が悪いことに私は関係ないわ。姉弟だって言われても、存在も名前も教えてもらえなかったのに。他人じゃない。製造元が責任持って叩き直しなさいよ。

 父さんが息子可愛さに判断を誤り続けるなら。


 付き合いきれない。 


 嫡子だから家に責任があるって言われたら、そうかもしれないけれど。

 じゃあそう言ってきて。

 もし私を支持するっていう人達が面と向かってそう言いに来たら、その時考えるわ。

 なんで呼ばれてもないのにしゃしゃり出ていかなきゃならないのよ。

 自分から火種になりにいくバカじゃない。


 ていうか、もう古株連中で乗っ取っちゃいなよ。

 それか全員で辞めて新しい商会作ればいいわ。

 自分で考えてどうぞ。

 冷血で結構。無責任で結構。私は自分を生かすだけで手一杯。

 無理です。ごめんね。



 異動願いを出そう。

 なまじ近くの領都にいるから、あの人達はエステルという手札があると勘違いしてしまうのだ。

 遠い、とてもじゃないけど手札にできない場所へ飛ばしてもらおう。

 どうせ恋人も結婚相手もいない独り身だ。どこへだって行ける。


 ――もうエステルは自分の力でどこへでも行ける。




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― 新着の感想 ―
[一言] 多分読者一同絶対に心は一つで、「それは試験じゃねぇえええっ!!」って叫んでるだろうけど、主人公が自立してくれたのも嬉しいからこのままでいいや
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