18 徹夜ハイってありますよね
考えてみれば昨日の夕方からメモを読み漁っていた。
半日、食事も摂らず、もちろん眠ってもいない。
クロストはともかくスティはいつもなら必ず仮眠はとるのだが、集中していたのだろう、だから朝食を摂った後に何かが切れた。
「うーん。忘れたくて忘れたのか、忘れさせられたのか。思い出したいけれど思い出した方がいいのか悪いのか。創作物を書いているつもりだったけど、私の書いた小説が実体験を改変したものだとしたら? 私に小説家の才は無いと思う? あると思う?」
ガクッときて眠るのではと身構えていたクロストは、反対方向に切れたスティをただただ見つめるしか出来なかった。
そうきたか、と。
「記憶が飛んでいる感覚もない訳だし、やっていけてるし、別に小説家としてやっていけなくても魔石を使わない道具の権利で生きて行けそうだからどちらでも良いのだけれど、だけれど、よ? あれこれ考えるのが面倒になってきてしまったわ! 考えていてもスッキリしないし、これってそのまま放置か追及するかの二択ではあるけれど、王宮としては不介入だし私たちにお任せしますという話よね? 表と裏? 白と黒? 決められない時はコイントスよね。いっそ賭けましょうか? コインというのも味気ないし……ああ、どう考えても図書館が鍵よね? 私たちに大した共通点はなかったもの。ねぇ、このまま図書館に行ってみない? それで何もなければ忘れることにしましょう?」
ね? と首を傾げるその顔は相変わらずの悪人顔である。
クロストはカップに残っていた茶を一気に飲み干して答えた。
「小説は書いてもらわないと困る」
ニタリ、と。スティは悪だくみに成功したみたいに笑い、準備のために立ち上がった。
***
「やぁ! 自己紹介するね。どうも神です」
図書館の敷地に入った所で空気が変わった事に気が付いた。
開館間もない図書館にいた人々は動きを止め、白い光が先導するように道を示す。
本の中に入ったみたいね、とスティが言って、自然と白い光を追って歩いた。
閲覧室の真ん中、どこか途方に暮れたように司書が立っており、白い光は司書の周りをくるりと一週廻って、手元に本として落ちる。
人によっては幻想的な光景だったと思うが、司書とクロストは大慌てで本の無事を確かめた。
幸い本に問題はなく、司書は苦笑いを浮かべて二人に椅子をすすめて、それから本を開いたのだ。
なにもない空間にはテーブルと椅子、お茶とお菓子が置いてあり、クロストとスティだけがその場にいた。
瞬きの前と後で景色が変わったような感覚に、スティは瞬きを繰り返し、クロストは眼鏡を外してかけなおす。
耳には良く分からない自己紹介が聞こえてはいるが、どうしたものか。
二人ともビクリと肩を震わせただけで口は開かなかった。
スティは、メモを読み漁っている間に寝落ちして同じ夢を見ていたという夢落ちはどうかしら、と、声には出さずにクロストを見るが、バン、と音を立ててクロストの左耳が吹き飛ぶところだった。
「っっ!!」
一拍遅れてクロストが左耳を押さえてテーブルに向かって顔を伏せる。
ぼたぼたとあふれ出る血がテーブルクロスに赤い染みを広げていた。
「ああ、うん、全然夢じゃないから」
あははは、と神様の笑い声が響く。
クロストはクロストで、嫌な予感しかしないので夢であって欲しいと思っていたのだ。
「嫌な予感とかするからいけないんだよ、クロスト君は! ゴメンゴメン」
そう言って神様は元通りにする。
無くなった耳は戻り、飛び散った血も跡かたもなくなり、荒い呼吸を繰り返しているクロストだけが残った。
「そう。残るんだよねぇ」
スティははっとして立ち上がり、クロストの隣へ寄りそう。
「大丈夫?」
「……普通に駄目だけど?」
「そうでしょうね?」
覗き込んだクロストの顔は涙目ではあったが冷静そのもので、取り出したハンカチで目元を拭うと、神様に向かって話しかけた。
「本気で夢だとは思ってないけど。初めまして、でもないんだよな?」
スティは神様にそんな口の利き方で良いのかと目を見開いたが、神様は気にした様子もない。
「別にいいと思うよ? 初めましてで。君たちが望んで、神が叶えたんだから、それは覆らないし」
ああ、やはり自分で願ったのだと、クロストは固く目を瞑った。
スティは、記憶を消されたわけではなく、消してもらったのだと安堵する。自分で決めた事なら後悔はしない。それならそれでいいのだ。だからそれをそのまま口に出した。
「そうですか。消されたんでなければいいのです。覚えていたところで碌なことにならなかったんでしょう。現在特に問題も無く過ごしておりますので、神様のご配慮に感謝申し上げます」
そうなの? と驚いたのはクロストで、神様にとってはなんという事もない。
「そうだねー。確かにあのままだと碌なことにならなかったから良い選択だったと思うよ。忘れ去られて寂しいのは神様だけだね」
声が聞こえるだけで顔が見えないというのは、なんだかつかみどころがない。
本当に寂しいと思っているのか、人間の感性に合わせて物事を考えて良いのかも分からない。
「でも残るんだろう?」
思い出せなくともこの場所に辿りつけたように、沢山の痕跡があった。
「未来は変わるけど運命は変わらないものだからね」
同じものなのではないのだろうか? と二人は思ったけれど、神様から言葉の追加はない。
「今日はそれを確認しに来ただけなんだよね? もう帰る? せっかくだしもう少し話をしていく?」
それは感情のない質問で、けれど先程の言葉を覚えている。
二人は顔を見合わせて頷きあい、クロストが返事をした。
「神様だけ寂しいのも後味が悪いし、知っといた方がいい事があれば聞いておきたい」
スティも席に戻りながら言葉を重ねる。
「せっかくお茶もご用意いただきましたし、いただいてから帰ります」
顔が見えない分か、神様は大きな声で笑った。
本当に楽しそうに耳に届く。
「君たちの時間は止まったままだからいくらでもいて構わないよ。この場限りにはなるけれど、欲しいものがあれば出そう。遠慮せずに言ってよ」
それから消した過去の話を、他人の話のように聞いた。
痕跡は痕跡だけで、もっと沢山の事象が存在した。
当事者はたまったものではないだろうな、という感想は抱けても、経験したと言う感想は持てない。
小説の感想を言い合うように二人と神様で話をした。
良いか悪いかは問わなかった。
普通の人には与えられないものが与えられているのは確かで、どうして自分たちにその恩恵があるのかはわからないけれど、とスティは言う。
「もしも次に忘れたいと私がお願いしても、それは却下してください」
「えー? どうして? 心から願っていても?」
不思議そうに尋ねる神様の声はどこか楽しげで、クロストは最高に嫌な顔をして話を引き継ぐのだ。
「またこのパターンかよ、ってなるよな」
そうそう、とスティは笑った。
「同じ願い事を何度も叶えるのはお控えくださいと言うお話です。きっとなにか別のいい案を出すと思いますけれど」
そう思わせるための痕跡だったのかもしれないと、クロストは思う。
全てを抱えるには人には大きすぎたと考えれば、なんとか納得も出来る。
「作者なりの決まった展開っていうのも面白くはあるけどね。そういえばどうして僕らだったんだ?」
「ああ、そうよね。他にもっと能力のある方がいらっしゃったんでは?」
神様はカラカラと笑った。
きっとこの質問も一度目ではないのだろう。
笑われた雰囲気で察する事が出来るくらいには話を続けている。
「ははは! そうだねぇ! 君たちが一番長く続くからだろうね! もっと上手く出来る人間は二度目がないんだよ! 神様は寂しがりだからね」
そういうものですか、とスティがお茶を飲み干したのを見て、クロストが最後の質問をした。
「あの司書さんに声をかけて、たまに顔を出せばいいのか?」
寂しいなら時々くればいいだけの話なのだ。
毎日神に祈れと言われるよりは気が楽である。
「あはは! そういう関係も楽しそうだけれど、住む世界はやっぱり違うからね! また手伝ってもらう事もあると思うよ? その時はまた宜しくね」
二人は嫌がるわけでもなく、かと言って喜ぶわけでもなく、普通に了承した。
少し話をすればわかる、先が見えているような発言に、二人を害する意図はないのだ。
「会いにきてくれてありがとう。またね」
そう言われて、二人は図書館へ戻されたのだった。




