17 それ捨てるの? と目で追ったメモは数知れず(クロスト)
ざっくりと、小説、日記、生活、誰かの個人情報、を分けつつ次々と箱を確認する。
ただの買物メモのようなものも紛れているのでそれらはごみとして避けた。
「これはもしや”秘湯探し人”の構想メモ……」
初めてサイン会を開いたと言う小説のメモ書きに、クロストは思わず手を止める。
「あ、結末が違う」
出版されたものと異なる結末に思わず顔が緩んだ。
覗き込んだスティはちょっと不服そうに言う。
「ジェンスから駄目だしをされたのよ。今でもそっちの結末の方が好きなのだけれど。捨ててしまってちょうだい」
クロストは驚いた顔でスティを見た。
捨てるの? と顔に書いてあるとスティは笑う。
「もう出版したものだし、納得がいかなくてその構想は”無痛の剣士”で流用して……」
捨てる理由を説明しようとして言葉を止めた。
クロストは秘湯探し人の次の次に発売された無痛の剣士の内容を思い出す。
それは聖地巡礼の旅に出た聖女と剣士の冒険譚だ。
生まれつき痛覚を持たなかった剣士が痛みを知る物語で、中盤、戦士でない相手を傷つけるなんてと喧嘩をしていた二人は、異なる宗教団体に囲まれる。
剣士は聖女を守るために盾となり瀕死の重傷を負うが、いくらでも治すから行動不能にして反省させてやりなさい、と激怒した聖女の言葉をうけ、満身創痍ながらも痛覚を持たない為に大立ち回りをする場面があった。
出血多量で死にかける剣士に、痛覚って大切なのよ、と申し訳なさそうに治癒術を施すのだが、君を悲しませる方が多分痛かったと剣士は意識を失うのだ。
「中盤?」
だからクロストはそれだけ聞いた。
スティは頷いて箱を探しに立ち上がる。
「四年前の箱は反省してぐっと減っているし、分けるようにしたからすぐに見つかると思うのだけれど」
経理関係や、出版社との契約関係の物がさすがに分けてあった。
もっともスティの性格から紛れている可能性もあるが、後回しで良いだろう。
「パンクリアス国とストマック国の戦争なら年の後半か?」
クロストが箱を受け取って運びながら聞く。
「そうだったと思う。七箱あるからクロストは三箱目から上って確認してくれる? 私は七箱目から下って確認していくから」
「実は一・二箱目に入ってるフラグが立たないか?」
「と言っておいて絶対に入っていないはずの契約関係の箱に入っていたりして」
「からの三年前の最初の箱だろ?」
フラグと言うよりは見つからないあるあるだろうか、笑いながら席に着いて再び箱を確認し始めた。
それはカルシの話によく似ていると、思ったのだ。
六箱目でスティはそのメモ書きに行き当たる。
結局また何一つ手伝わせては貰えなかった。
そんなことはないと言われてもそうだと思う。
体を思い通りに動かせるようにという願いは受理されたけれど、それでも何度も挑戦しなくてはならなかった。
嗅覚と触覚と味覚は無いと言うので、安心して見ていられた自分を呪い殺したい気持ちでいっぱいだ。
手順を何通りも考えて提案して、潰していく彼の、次は? という言葉に高揚感すら抱いていたのだ。
殴られ慣れてるし痛くもないから、と普通に言う彼が、殴り慣れているなどとどうして思ったのだろう。
一定の抑揚で波立つこともなく紡がれる彼の口調とは違う不似合いな言葉は、多分悲鳴なのだと思う。
最後の方は何も言えず、交代しましょうとも言えなかった。
怖かったのだ。
次は私から挑戦させてくださいという願いも口に出せなかった。
その間に五感が生きていないと死亡理由が分からないと交渉して、次回があれば精神の入れ替えではなく丸ごと入れ替わる話をしていた。
私が役に立つことはあるのだろうか。どうしてあの場に呼ばれるのだろうか。
次は呼ばれないといい。
スティにとってはクロストに見せたくもない絶望的なメモ書きだ。
丸めて捨ててしまいたいが、もう気が付かれてしまっている。
覗き込んでいたクロストは、少しだけ躊躇いながら、スティの頭を引き寄せて頭頂部に顎を置いた。
「思い出したくないから覚えていないって普通に生きててもあるっていうし、思い出さなきゃ良かったって事もあるし、僕も本当にそういう事があったんだとしたら次は呼ばれたくないと思うし、それから、多分だけど、」
言いよどむ。
「血とかなにか体液が付くのが無理なだけで、暴力は割と平気」
「え?」
「凄く長い棒で殴るとかだったら全然出来る。距離を置いて魔法を当てるとかも」
スティはぐるりと顔を向けて、頭頂部から離れたクロストを下から見上げた。
見慣れない角度だな、などと関係のない感想を一度自分の中で挟みつつ、何とか返事をする。
「それなら良かったわ」
「全然良くないよ。ダメージが深かったと思う」
視線を逸らして次の年の箱を確認する? などと言いながらクロストはもう別の事を考えているが、スティはなんだかざわりと気持ちが揺れた。
ロイドの腕を切り落としたのはクロストなのだ。
本当に平気だったとして、良かったとは言い切れないし、平気でなければそれも駄目だと思うのだ。
それらを一切合切忘れたいのだとしたら?
「ああ、一年置きって話でもなかったっけ。ゲンタさんの話だといつの話か分からないか……それにしてもここまで全部僕がやってる風なのが解せない」
確認途中の箱はすべて終わらせてしまおうと、クロストは残りのメモを分けながら言う。
独り言とも、話しかけているとも取れる声色だ。
スティも箱の残り分は確認してしまおうと手を動かしながら返す。
「私もどうして関わっているのかが全然分からないわ。そうね、時期は分からなかったわね。そういえば次の年は年始に手帳を貰ったのよ。日記のようなメモは殆どないと思う」
「小説のネタ的な側面もあるのかと思ってたんだけど」
「勿論あるわよ。こう、日常でメモを残したいような事がある場合は小説みたいにまとめて書くようになったの。眠る前に発売するつもりのない短編小説を書く感じなのだけれど」
「自分が主人公の?」
「切替初めの頃はそうだと思う。客観視が欲しくて三人称で書くこともあるし、見ただけだと日記と小説の区別がつかないと思う」
「だと、手帳を見ておおよそ時期を特定して箱を確認する? そういえば一番最近の、魔獣騒動辺りのメモとかは?」
別に年代順に調べる必要はないのだ。
そうよね、と呟きながらスティは席を立つ。
ペルオの店に持ち込むと紙ごみであれば焼いてくれるのでここ二、三年は二箱で足りているのだと、その内の一箱を持ってきた。もう一箱は権利関係で、確認したものをそのまま入れているので、関係のないメモも紛れ込んでいないだろう。
普通に考えれば一年も経っていないのだから忘れるはずもない。けれど先に見つけたメモ書きの書いた覚えのなさや、経験した覚えのなさはやはり異質だった。
忘れていないといいと思いながら先に鞄から手帳を取り出して、魔獣騒動付近を確認する。
「お仕事どころではなかったから予定の書き込みは殆どないわね」
避難所か王宮に居たのだろう、避を丸で囲ったものと、王を丸で囲ったものが並んでいた。
時折打ち合わせや会議という文字があり、その後ろには番号が振ってある。
「メモ書きをまとめた紙とこの番号が紐づけされてるって事?」
便利そうだとクロストが褒めるが、この方法は今年からで、ジェンスに教わったらしい。
なにを書いたか覚えていない日を選び、該当する書類を確認しようと箱を覗き込んでスティが言った。
「……無いわね」
それは予想通りでもあり、予想が外れて欲しかった事でもあり、とても疲れた気持ちになって、スティは椅子に深く座り込んだ。
「だと、少なくとも直近の記憶に関しては自分から消しにかかったんだろうな。ちょっと休憩しようか。もう朝みたいだし」
クロストがなんでもないように受け止めて立ち上がる。
「驚かないのね?」
倉庫の扉に手をかけたクロストに、スティは弱々しく声をかけた。
「強制的に記憶を消された割に痕跡が残り過ぎってエステル様に言われてたんだよ。消さなくても良い記憶を、僕らが消したくて消したんじゃないかって話。まぁ、メモを見る限りそうかなとは思った」
あっさりと返された言葉に、スティはガタガタと音を立てて立ち上がる。
「どうして教えてくれなかったの?」
振り返ってきちんと目を見て、クロストは言った。
「僕だけが記憶を消したかったって線が捨てきれなかったからかな。物語の中なら実は片方はそのままでしたってのは良くある話だけど、なんていうか、スティも人並みに消したそうで安心したよ。でも、猛烈に思い出したいんでしょう?」
言われてスティは何とも言えない気持ちになる。
居ても立っても居られない、あるいは、他人の日記を盗み見る? うっかり落としたパンを拾い食いして誰にも見られていないか確認する、これは違う。などとぐるぐると思考が廻った。
「夕食も食べ損ねたし、何か飲んで食べて、それから決めよう」
クロストに優しく言われて、スティはポンと手を打った。
「喉にひっかかった薬を出すか飲み込むか!」
気持ちの表現が自分の中でしっくり来たスティは、上機嫌でクロストを追い越していく。
「そろそろパンが届くし、先にお湯を沸かすわね!」
発言の意味が分からないと、クロストは首をひねりながらのんびりと後を追った。




