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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
終章 読者と作家のリセットマラソン

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16 容量が許す限りゴミ箱に入れるだけで放置する人もいる


 王宮からの帰りはリリーの家まで同乗させてもらい、そこから歩いてクロストの店へ向かう。

 今日はお店をお休みに出来ないかというスティに、クロストは二つ返事で了承して店の扉に臨時休業の貼紙をつけた。

 それから工房へ移動して、スティとアストロが業務連絡を交わす横で、クロストは店を臨時休業にする旨をロイコクロに伝え、これで今夜の予定は二人で話をするだけになった。


 帰宅、とは言えど、入ったのは仕事場の方である。

 スティに促されるまま倉庫と称される部屋に足を踏み入れれば、棚に書類があふれて蓋が閉まらない木箱が雑然と置かれ、それが適当に並んでいた。


「うわぁ……」


 クロストは思わず声を上げた。この非効率な部屋には初めて入る。


「実家に置いてあったものを、ここに引っ越してきた時に持ってきたのだけれど、端的に言ってゴミなのよね」


 魔道具の灯りをつけてスティは言う。


「なにかを書く時にメモを取ってまとめるでしょう? まとめ終わるとメモの方はいらなくなるのだけれど、区別がつかない時期があって」


 棚に隠れて見えなかったが、奥には棚に入りきらなかった木箱が積みあがっていた。


「全部箱に入れて、置場がなくなったら古い年代順に捨てればいいかと思っていたのだけれど」


 黙って覗き込んでいたクロストも恐る恐る後を追う。


「ああ、最近はいらないと判断したら床に落としているから、テーブルの上に残ったものだけを取って置いているの。だからまだ暫くは捨てる必要もないかしらね」


 きちんと整理して棚を増やせばまだまだ置けそうだと、スティは満足気に頷いているが、床が抜けやしないかと、クロストは家の造りを確認したくて仕方がない。


「多分この辺りだと思うわ」


 木箱に書かれた数字を見ながらスティは言った。


「五年前に書いたあれこれ」


 踵で床の強度を確認していたクロストはゆっくりと顔を上げる。


「入れ替わっていたのが自分だと思うの?」


 スティは首を傾げた。いつもの悪だくみをするような顔だ。


「クロストかもよ? まぁ、とにかく、書き残したものが残っているのなら、こっちに残っていても不思議ではないわね」


「床に捨て始めたのは?」


「三年……四年は経っていないと思うのだけれど、五年前が一番多くて一年でニ十箱を超えたのよ」


「ニ十箱……」


 もう読むつもりにはなっているが、どこで読むかとクロストは部屋を見渡す。


「一つ整頓用に棚を開けてあっちの壁際に寄せようか。それは僕がやるから箱をそこに移動して」


「お義父さんに作って貰った折り畳みのテーブルと椅子があるのよ。持ってくるわね」


 そうして準備を整えて、二人並んで五年前の何かを目で追い始めた。




***




 日報のようなメモ書きから当時のスティの生活がわかる。

 一般教養学校を卒業して一年間今後について考えたいと何もしていない時期だ。

 そうはいっても自宅に引きこもっていたわけではない。職業専門学校に入学するか、やりたい職業があるか、あらゆる場所へ行って人の観察記録をつけていた。

 この人はこういう人生を歩んでいるからこういう考え方で、こういう言い方をするので好かれている、など詳細に書かれている。

 人間関係に悩んでいたのかもしれない。

 分かったような顔をして、知ったような口を聞いて、とスティが人から言われた、怒りの文言集のようなメモを改めてゴミ箱に入れながら苦笑いを浮かべた。


「家族は気にしなかったけれど、他人に対してはあまり良くないわよね」


 黙ってじっと見ていたと思えば、あなた今こう思ったでしょう? などと確認してくるのだ。

 相手の反応を書いては気持ちを汲み取り、なるほどと思いはしても、観察は止められなかったようで、喜ばれたり怒られたりしながら書き連ねられた文字列に、スティ自身の感情はない。

 観察を嫌がられるのなら人物を想像してみてはどうかと、小説のようなメモが出始めた。

 所謂二次創作と言うやつで、小説の続きや、主人公以外を主人公にするものが、完結せずに書き散らしてあった。

 他人の思考を読み取るためには書いてみるのが一番という事らしく、何となく理解が出来たら話が途中でも書くことを止めると言う感じで、物語を作る気はないようだ。

 それなりに面白いのだからこの頃から才能があったのだろうと、クロストは感心しながら読み進め、


「あ……」


多分自分のことだろうと言うメモに行き当たった。

 スティが声に気が付いて、一緒にメモを覗き込む。


 ある日、図書館で調べものをしていたスティは、銀髪の青年に声をかける。

 青年は喧嘩でもしたのか、顔の左側が腫れあがり、喋り難そうだった。

 淡々と一定の速度で丁寧に質問に答えてはくれるが、その声色は非常に嫌そうで、スティはそういう話し方なのか本当に嫌なのか確認したくてつい訪ねてしまう。

 青年は顔が痛いから表情筋を動かさないようにしているのでそう聞こえるのではないかと、口を開かない様に話した時の声、周波数帯域、表情から読み取る認識、などなど、嫌そうに聞こえる理由を事細かく説明してくれた。

 丁寧な人だと、その日はその感動をメモに書き連ねている。

 別の日に遭遇した青年は怪我も治っていたが相変わらず嫌そうな声色で、どうやらそういう話し方らしいとスティは認識した。

 人間観察が趣味なのですが酷く嫌われるようですと相談したところ、それで何か困るの? と聞き返され、嫌がられて観察するなと言われて困るのですというと、分からない様に観察すればいいんじゃないの? と首を傾げられたので、以降はこっそり青年を観察することにしたのだが、こっそり観察する事がそもそも不可能だったらしい。

 本人にとってはこっそりでも、観察されている相手からしたら視線は刺さる程に痛く、暗殺でもされるのかと思ったと、その時初めて青年は笑ったとある。


 子供だからと相手にもされないだろうが、青年の事が好きかもしれない、と書かれたメモは、スティが顔を真っ赤にして奪い取ってぐしゃぐしゃと丸めてゴミ箱に投げ入れたが、クロストは気にせずに次のメモに手を伸ばした。


 本を読むのが好きな彼の為に小説を書き始めた。

 どんな物語が好きか聞けば冒険譚だというので、おすすめの冒険小説を聞いて読んだ。

 小説家になるにはどうすればいいのか聞けばいくつかの出版社の原稿送先を教えてくれた。

 暫く顔を見ていないが、本の出版が決まった。早く伝えたい。

 久しぶりに会った青年に出版の事を伝えたが言葉だけで祝われて、本心から喜んではもらえなかった。不貞腐れる私に、祖父が亡くなって色々あるのだと青年は痣だらけの顔で嫌そうに言った。伝える時期を間違えた。


「イャァァァァァァァァ」


 スティが奇声を上げているのを片手で押しとどめつつ、クロストはメモを一掴み持ち上げてテーブルに広げた。


 勇者ってどんな人? 死ぬ予定だったなら、想像する程圧倒的な存在ではない?

 無意識の行動が取れないらしく、歩くにもいちいち右足を持ち上げて前に、などと思わなくてはならないそうだ。操り人形みたいな物だろうか?

 庇護対象と思われているのか、私は何一つとして手伝わせてはもらえなかった。降参してくれれば私が替われた。

 意識だけ入れ替わっても使いこなせるわけもなく、当たり前に一瞬で駄目にしてしまうから、何度も繰り返し繰り返し挑戦していた。うんざりするほど時間をかけて、最後に大丈夫かと聞いたら、まぁなんとか、と笑う。

 次回があるなら私からと告げようとして先を越された。

 願い事が一つだけなら庇護対象の私に譲りそうな物だがそこは譲らないらしい。

 全然カッコよくない。

 せめて物語の中だけでも、圧倒的な主人公にしたい。


「……」


 ひとしきり騒いで疲れ果てたのか、赤から白へ顔色を変えたスティは、読み終わったであろうクロストの反応を見るや、メモをかき集めてぐしゃぐしゃと丸めて振りかぶった手を降ろして、結局伸ばし広げた。

 情緒も一緒にぐしゃぐしゃらしい。


「なんていうか、僕だったみたいだね」


 深いため息を吐いてクロストはダメ押しでもう一言。


「悪かったなカッコよくなくて」


 ああ、もう、と、珍しくスティが頭を抱えるのだった。

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