14 あの時のお前こうだったよなという断定に困惑する
少し離れた席でロイドが話をしているのが件のゲンタなのだろう、眺めていたスティは、リリーへ視線を移して訪ねた。
「そのゲンタさんと言う方も出血多量で死にかけたの?」
アスコルビンもカルシも出血多量で死にかけたという。
冒険者にはそう言った状態で見る幻影のようなものでもあるのだろうかと、共通する部分から考えたのだ。
「どうだろ? 聞いた事はねぇけど、冒険者って喰われたり即死以外では大体出血多量で死ぬからなぁ。死にかけたヤツ集めたらそういう話も聞けっかもな。まぁゲンタ君はそう言うのじゃないよ」
今まで誰に伝えても信じてもらえなかったそうで、セフトを呼ぶにあたり事情を説明したところ、話したいと手を上げたという。
そうこう話をしている内に席にやって来たゲンタは、
「ゲンタ・マイシンだ」
と短く名のってからクロストとスティと握手を交わして着席した。
大柄な男であるが、威圧感があるわけではない。
常時微笑を浮かべている様な顔をしているが、口角が上がった顔立ちと言うだけで笑っているわけではなく、スティは羨ましいお顔立ちだわなどと観察をしているので、クロストから話を切り出した。
「ゲンタさんも記憶がないという経験をされたんですか?」
ゲンタはこくりと頷いて、少し考えてから口を開く。
「探査任務中にな」
探査任務と言うのは、魔獣が出て来た方向の洞窟や森に入り、巣をつくっているか否かを確認する任務だと言う。
補足説明はスティの質問にロイドが答えた。
「どういった状況だったんでしょう?」
自発的に話をするのが苦手なようなので質問をした方が良いのだろう。
クロストが訪ねると、ゲンタは一度頷いて、また少し考えてから口を開く。
元々こういう話し方なのだ。リリーもロイドも気にした様子はみせない。
「個別に探索しようと別れ、歩き始めたら行き止まりだった。戻ろうと思ったら知らない道で、地面に矢印が書いてあった。だからその通りに進んだ。元の場所に戻れた。以上だ」
はい? とクロストは首を傾げる。色々とまとめられ過ぎて良く分からない。
スティにはなんとなく状況が見えた。
「元の場所に戻るまでにかかった時間はどれくらいでした? 合流するまでにかかった時間を他の皆さんはなんと?」
リリーが言うようにゲンタに関しては他の二人とは異なるパターンだ。
「矢印通りに進んで十分程。流石に警戒しながら進んだので実際は三十分。一時間後に合流予定で動いていたので正確なところは分からない。一番最初に戻った」
つまり、方々に散って探索をしようと単独で歩き始めたところから、行き止まりの場所に到達するまでの記憶が無いのだ。
「迷いそうな……入り組んだ道だったんですか?」
ゲンタは首を振る。
「普通だな。矢印のない道は行き止まりや地面に崩落がみられた」
特に命の危機を感じるような話ではない。どうして話をしようと思ったのかが分からなかった。
「ずっと引っかかってはいたんだ。迷い込んだ冒険者が矢印を書き残したとか、直近で死亡した魔獣の死骸もあったから、血に記憶を混濁させるような作用や、魔法の残滓にやられたんだろうと、それなりに理由はつけて無理矢理納得していたんだが……セフトの話を聞いて気になった」
ちょん、と指でスティがメモを取っていた紙を傾けてゲンタは言う。
「矢印、書いてくれないか?」
クロストとスティは顔を見合わせて頷く。
スティがメモ帳を二枚破り、一枚に矢印を書く。原稿や案出し時に頻繁に矢印を書いている為、書き慣れている。
一筆書きに左から右に線を引き、左斜め上に少し進めて垂直に下ろし、最初に引いた線を越えた辺りで手を止めた。
紙をゲンタに向けて、もう一枚の紙とペンをクロストに回す。
クロストも一筆書きだが、矢印と言うには簡素だ。右斜め上に線を引き、右斜め下へ向かって線を引き手を止める。
黙って見ていたゲンタは一度頷いて、ピッとクロストの書いた紙を指で弾いた。
「こっちだな」
地面に書かれた矢印と言うのがクロストの書いたものに近いのだろう。
クロストは少し呆れた顔をして言った。
「これで良く矢印だと思いましたね」
「他に表現の仕方がないから矢印と言っただけだ。目の前にあって見ろ。その方向だろうなと思うと思うぞ」
にこり、と、本当に笑ってゲンタは席を立つ。
「ありがとう。気が済んだ」
あっさりと礼を告げて元居た席に戻るので、なんだったんだろうと、スティとクロストは困惑した。
リリーがガリガリと砂糖菓子を噛み砕きながら言うには、
「真実がどうとかどーでもよくて、自分で納得出来たらそれでいんじゃね?」
と言う事らしい。
クロストとしては、お前がやったのかと詰め寄られても身に覚えもない。
言及されないならその方が絶対に良いのだが、なんだかもやもやとした気持ちになった。
次に席にやって来たのはセフトで、彼は魔獣に吹き飛ばされて崖から落ちたところで意識を失い、気が付いたら壁に張り付いていたという。
腕に回復済みとひっかき傷で書かれ、手には空の瓶を持っていた。
覚えてないけど自分は天才だな、などと深くは考えずに戦闘に戻ったが、その後、剣はボロボロで、仲間からは極限状態で記憶が飛んだんだなどと言われたという。
それでもひっかき傷の文字はセフトの文字ではないと言い切れるほど筆跡が異なった。
「クロストに各国語で薬の説明書いてもらったろ? 読めねぇから丸写しで瓶に書いて渡してたんだよ」
とはリリーの言だ。
『リスク クフイカ』は正しくは『クヤ クフイカ』と書くべきだった。
そしてクとフの字がほぼ同じで見分けがつきにくい。これはクロストの悪筆でもある。
よく分からないけどやっぱり感謝をしているんだと、セフトはまた礼を告げて席を離れた。
次のジギは潜入捜査中で、幕僚長との話し合いの最中に意識が途切れたという。
意識が戻った時は別の場所におり、目線の先に見知らぬ女がいて魔法を放つそぶりを見せたが別の魔導士が魔法で止めた。
その時自分が何かを握っている事に気が付いて片目で確認したところ手紙だった。
その後は女と戦闘になったのだが、詳しく話す必要はないだろうと、ジギは言う。
手紙は木炭で書かれたもので、保管しておくには厳しい状態だったが筆跡は覚えていた。
特殊任務に就くジギには簡単な事だ。
王宮でスティの字を見た時にすぐに分かったと言う。
勿論スティには身に覚えも心当たりもない。
ジギは困惑する二人をそのまま、ロイドにエステルを呼ぶように告げた。
席は立たずに留まるようだ。
「手紙はあってもなくても生き延びたとは思うが、まぁ、手間は省けたな」
待っている間にポツリと呟いたジギの言葉に、スティは更に困惑するのだが、クロストは不要な痕跡だったのだろうかと頭を抱えた。




