13 考えてみればちょっとしたホラーである
カルシ・フェロールは言う。
「ヤバかったよねぇ」
四年前、勇者パーティーはパンクリアス国とストマック国の戦争に巻き込まれた。
各国の魔獣討伐と災害支援などに尽力する能力値の高いパーティ―を、国同士の争いには加担しない事を条件に、国際会議で決められた国が管理している。
勿論すぐに撤退を選んだが、人同士の争いに強い魔獣が襲い掛かると言う事態に対応に遅れが出た。
キドニーの勇者パーティ―で前衛を務める三人は人を害する事を極端に嫌う傾向があり、更にその対応を遅れさせる。
「勇者らしい葛藤ですね」
キラキラと瞳を輝かせてスティが言えば、
「一般人に対する加減て難しいよね。すぐ死ぬじゃない、人間て」
と悩まし気に返した。
全然倫理的な理由ではなかった。
「妨害されたらやり返すし、殴る蹴る位なら仕方がないかとも思ったんだけど、払っただけで飛んでいくし、ヤバイなぁって」
パンクリアス国は強い者が正義という国風らしく、気質の荒い人間が多かった。
魔獣にとどめを刺したところでパンクリアスの人々に囲まれて、そこから先の記憶が途切れているという。
「ワタシもなにか頭でも殴打されて前後の記憶が飛んだんだと思ってたんだけど、ヤバかったって皆して言うんだよね」
覚えてないのだから説明も出来ないと、カルシはリリーに視線を向ける。
リリーはアスコルビンの時と同じように、脳震盪による記憶の混濁にしては動け過ぎてたよな、とロイドに視線を向けた。
「こちらに振らないでください」
「前半はお前目隠し役だったじゃねぇか」
ロイドもリリーも当時現場に居たらしい。
「え? 十四、五歳だろう?」
驚くクロストにリリーは厳しかったって言ったろう? と肩をすくめ、ロイドは小さく首を横に振って説明してくれた。
ロイドはパンクリアス国からストマック国に亡命し、冒険者登録を終えたところだったという。
ストマック国からの依頼で魔獣討伐に召集されていた勇者パーティーは、斥侯部隊からそこそこの強さの魔獣が複数体、そして国境付近の村と村で多少の小競り合いがあるようだとの報告をうけ、少し人出があった方が良いだろうと地元の冒険者に依頼を出した。
選ばれたのがロイドが所属するパーティーである。
リリーはただの一般市民の薬師として生きて行く算段であったが、両親の弱みと見て悪意にさらされる危険性を考慮して、ある程度の戦闘を学んでいるところだった。
年代の近いロイドが所属するパーティーを護衛に置き、共に行動するのもいい勉強だろうとエステルが決めたという。当時のリリーには同年代の友人がいなかったのだ。
因みに当時から殺し屋のような目をしていたロイドの心配は誰もしなかったとリリーが付け加えた。
「囲まれたカルシ様は数ヶ所刺されましたがすぐに応戦なさいました。それまでは殺さないように対応されていらっしゃいましたが、出血量から考えてご自身にも猶予がないと感じられたのかもしれません。刃筋も乱れていらっしゃいました。即死させることが出来ず、辺り一面、血溜まりになりました」
対象は複数人の人ではあるが、アスコルビンの時と同じく滅多刺しだったのだろう。
その間ロイドはリリーを背に庇い、現場を見せぬようにしていた。
「周囲に動くものが無くなったのを確認されて、こちらに向かってこられたのですが、立っているのもやっとという状態に見えました」
カルシはロイドに剣を向け、後ろの女を出せと告げ、すぐにその剣で左腕を切り落とす。
ロイドは左手を地面に水平に上げ、右手で剣を持っていたのだ。
「剣を持つ手は脅威ではなかったという事なのかしら? 確かに左腕の方が切ってくださいと言わんばかりの体勢よね」
などとスティが斜め上の疑問を口にしているが全員で聞かなかった事にする。
「コイツ、悲鳴もあげなくてさ。あ、これ殺されるな、って思ったんでアタシは前に出たんだよ」
前半部分が終わったのだろう、リリーが引き継いで話始めた。
両親の友達で可愛がってくれて育ててくれている人だと、リリーは認識していた。
自分には危害は加えないはずだと、血まみれのカルシを無言で睨む。
その時のカルシは一瞬、リリーの顔を見て安堵した様だったと言う。
「でもその後、お前が治さないと全員死ぬって怒鳴りながらまたロイドに剣を向けるんだ。ああ、これは頭がいっちゃってんだなって思って、大人しく手持ちの回復薬を全部出さねぇとって鞄に手を入れたらまた怒鳴る。違うとかそうじゃねぇとかそんな感じだったかな」
リリーもいっぱいいっぱいだったのだろう、怒鳴り怒鳴られを数回繰り返した頃にエステルが駆けつけて、カルシとリリーの間に入った。
「話ずれぇからぶっちゃけるけど、聖女ってのは産まれた時から聖女でさ。身内認定した人間の傷は無意識に治すんだ。かぁちゃんとか父上とかな。それでも触れてなきゃ治せなかったり、そもそも無関係の人間なんかは血を飲ませねぇと治せなかったりで、魔法じゃねぇんだなこれが。ただの特異体質なんだよ」
あっけらかんと国家機密を口にして、リリーは続ける。
どの程度の血を飲ませればどの程度回復するのかはエステルとアマリリスで研究し尽くしていた。
ごく微量で怪我は治せ、欠損部位は固定して貼り付けておけば繋がる。
そこでエステルはリリーを後ろから抱き、リリーの腕を回復薬で治る程度に切った。
「説明はねぇわ痛てぇわで固まってるうちに、水魔法で血を薄めて火魔法で水蒸気化させて風魔法で怪我人の口に送ったらしい。なんかみんな治った」
身も蓋もない説明であるが細かく確認したところで理解できるはずもない。
凄いんだよ父上は、などとしみじみとリリーは言い、最後に、
「んで、カルシはごめんね、とか謝りながら倒れて二日後に目を覚ました」
と締めくくった。
「まじでヤバかったね。死ぬところだった。出血多量で。記憶にないけど」
カルシもしみじみと言う。
アスコルビンが聖女爆誕と言っていたのは、この件をきっかけに、聖女がいるという噂が流れ始めてしまったかららしい。
緘口令など一般人に守る義理もない。仕方のない事だろう。
「二日後……」
その人らしからぬ行動を取るという点では一致しているようだが、記憶が無い時間はカルシが一番長い。
それ程の怪我でなければすぐに気が付いたのだろうか、と疑問がわき上がってきたが、もしも自ら忘れようと思って忘れた事なら思い出さない方が良いのだろうと、クロストは思考を切り替えるために眼鏡をかけなおした。
「脳内麻薬っつうの? 戦闘中って痛みに鈍くなったりはするけど、そういうのの極端なやつだよな。命の危機に我に返れないって致命的だって、これも暫く酒の肴にされてたけど、まぁ、不可解」
「あんまり言わないで欲しいんだけどね」
カルシは苦笑いを浮かべている。
「ロイドはそれからリリーちゃんと一緒にいるようになったの?」
ふとスティがロイドに訪ねた。
「いいえ? 冒険者ですので、この後は別行動でした。キドニーには滞在する事も多いので、滞在時はご挨拶をさせて頂いています」
そう答えるロイドの左腕は問題なくそこにあり、先ほどから淀みなく動いている。
「ヤバいよね、聖女の力」
カルシも視線を追って左腕に辿り着いたのだろう、そんなふうに言った。
良くも悪くもヤバいという言葉だけで表現する男である。
難しい顔で考え込んでいるクロストに気がついたスティは、顔を覗き込むようにして尋ねる。
「何か気になった?」
「帰ったら話す」
クロストは短く答えてリリーを見た。
「これで終わり?」
リリーはロイドに目配せしてから言う。
「ブレイン国のゲンタ君、セフト、ウチの諜報員のジギと、父上、四人だな。他にもいるんだけど階級的にここに入れるにはちと難ぃ」
目配せされたロイドは既に移動を始めている。
スティは話が聞けることが嬉しいのか、特に不満もないようで、
「私はブレイン語は分からないのだけれど」
と心配そうに言う。
「勇者パーティーには父上が翻訳魔法とか言う魔法陣を渡してるから大丈夫」
父親自慢なのか誇らしげにリリーは言うが、最近旅をしていたクロストとしてはげんなりしてしまう。
「それ、普及してくれると冒険者は助かると思うんだけど」
答えたのはカルシだった。
「魔石も必要だし、共通にする言語毎に魔法陣が必要だから金銭的にヤバいんだよ。有事の時に司令官に何個も持たせたりしてるけど、長く喋る時位だよ、使ってるの。いちいち起動させてられっかって地面に叩きつける司令官が続出」
ちょっと楽しそうに言うので、現場を想像したクロストとスティは、うわぁ、と声を揃えた。
ふふふ、とカルシは楽しそうに笑うと、
「似たもの夫婦だねぇ。あ、ちょっとサイ、ソルティチーズケーキはワタシが取っておいたやつだよ!?」
と、席を離れた。




