12 五年前の今日、何をしていたか聞かれて思い出せる人は少数
王宮の一室。
丸テーブルには軽食と華やかなお菓子とお茶。
好きなものを好きなだけ取って、好きな席にとロイドが説明する横で、リリーが皿にケーキとサンドイッチを取っている。
連れてこられたクロストとスティは恐縮していた。
室内には何故か勇者パーティ―が、しかも二組。
人類が滅亡する様な敵が現れても瞬殺しそうな最強集団と言って良いだろう。
とにかく良く食べるそうで、先にしっかりとした昼食会が開かれた後の、今は休憩時間のようなものだと言う。
入室してすぐにエステルが気が付き、同席者に挨拶をしてから立ち上がって二人の前にやって来た。
「こんにちは。今日はお呼び立てして申し訳ありません。半分お忍びのような状況ですので、どうぞ気楽にお過ごしください。それから、ご結婚おめでとうございます。お二人の行く末が幸福なものでありますように」
にこにこと朗らかに笑うエステルの後ろからアマリリスも顔を覗かせる。
「よ! いやー、急すぎてマジビビりだったわ。でもおめでとう! 良かったな、変な貴族と結婚させられなくて」
二人は軽く会釈をしてから礼を告げた。
「取りあえず座れば―?」
食べたいものを選び終えたリリーが声をかけながら端と言えば端にあるテーブルに向かいながら声をかけて来たので、二人で顔を見合わせてからテーブルに向かう。
テーブルにつけばロイドがお茶と、簡単に食べられそうな菓子を数種テーブルに運んくる。
ロイドも席に着くのかと思ったが、リリーの後ろに控えてしまった。
「ありがとう。ロイドは座らないのか?」
クロストが聞けばロイドは普通の顔で言う。
「それどころじゃなくなる」
ほら、とでも言うように目を向けた方向にはこちらに向かってくるキドニーの勇者、アスコルビン・アシッドがいた。
「「?」」
どういった用向きで本日呼ばれたのか、正式な事は分かっていない。
アスコルビンから話があるという事なのだろうかと首を傾げたが、それどころではないと気が付いた。目上の、しかも勇者である。二人が慌てて立ち上がると、アスコルビンはニコニコと片手を振った。
「ああ、構わないでくれ、そのままで。アスコルビン・アシッドだ。リジウム夫妻でいいんだよな?」
片手を差し出されたのでまずはクロストから、続いてスティが自己紹介をして、席に着く。
いつのまにかロイドがアスコルビンの分の茶を用意しており、さっとテーブルに置いた。
「ありがとう。今日は適当でいいぞ? 誰の目があるわけでもなし」
「ご冗談を」
ロイドは無表情に答え、再びリリーの後ろに立つ。
リリーはケーキを刺したフォークを振りながら言った。
「好きでやってんだから気にすんな。父上から聞いてんだろ?」
アスコルビンは目を細めて頷く。勇者の資質なのか、安心させるような穏やかな雰囲気でクロストとスティを見た。
「なに、ちょっとした思い出話をさせてもらおうと思ってな」
はぁ、と、二人はどうしてよいか分からず曖昧に頷く事しかできない。
「もう五年前になるかな。覚えていないか? エルインテスティンとの国境付近に飛竜が出たんだが」
その事件は二人の記憶にもある。
幸い二人が住んでいた地域には避難勧告は出なかったが、国境沿いの村が二つ、それぞれ半壊したと言われていた。
すべてが終わってから聞いた情報で、知識として知っているだけで体験したわけではない。
他国へ魔獣討伐に出ていた勇者パーティ―から、アスコルビンとエステルだけ現場に戻り、飛竜の討伐に加わった。
エステルの魔法で暫くは空中戦となっていたが、片翼を切り落とされた竜は山に落ちたという。
「風圧が凄くてなぁ。咄嗟の事でエステルも手だしが出来なかったらしい。オレも落下して頭を打ったんだか、そこから先の記憶がない」
戦闘中には良くあることだそうで、頭を打つ前の事も忘れる場合があると、スティに聞かれるがまま、アスコルビンは説明する。
「でもまぁ、そういう場合は脳震盪で立ち上がれなかったり、気絶していたりで、普通はなにも出来ないものなんだが、その時のオレはそのまま戦闘を続行させたらしい」
「意識がない状態で、ですか?」
余程の使命感がおありなんですね、などとスティはすっかり話に夢中のようだ。メモを取り始めている。
クロストは取材気分かなとスティを見つつも別の事を考えていた。
五年前から痕跡があったとエステルから聞いている。
一つ目の痕跡なのだろうか。それにしては痕跡というには弱い。
「オレらしくはなかったらしいけどね」
剣は離さないようにか布で縛り付けられていたが、ただただ握り込まれている状態で普段当たらない場所に当たってたのか、手の皮が剥けていた。
「対処として冷静な割に持ち方は適当というのも変だろう?」
滅多刺し、という表現がしっくりくるような竜の傷口だったが、これは意識がない状態であればやりそうではある。刺しまくっていたらたまたま急所で倒せた、という事であれば幸いだったと言えた。
「エステルが駆けつけた時には茫然と竜を見下ろしていたらしいんだが、出血多量で死ぬことろだった。回復薬をこう頭からかけられて意識を取り戻したんだが、目が覚めるような感じではなくて、目隠しをとった感覚が近いかな。さっきまで意識があったような感覚だった。エステルが言うにはかなり困った感じで喋ったらしい」
助かりました、どうしようかと思っていたんです、と。
「エステルに敬語なんざ使ったことはないし、回復薬もちゃんと持ってた。それからすぐに治りきらなかった傷が痛かったんで、遅ぇよ、って文句を言って、そこは覚えてる」
だからエステルも記憶が混濁したのかもしれないと、この話は今まで笑いの種になっていたという。
「私に敬語を使ったのはあの時一度きり、大変可愛らしかった、とかってなぁ」
リリーがからからと笑った。
「お前はそう言うとこ本当にリリスと一緒な」
アスコルビンはリリーの頬っぺたを摘まんで苦々しい顔をする。
スティは微笑まし気にそんな二人を見て言った。
「仲が宜しいんですね」
リリーがアスコルビンの手を叩き落としながら言う。
「親戚のおっさんみたいなもんだな。仲は良くないよ、なんか厳しいし」
勇者と親戚のおじさん? とスティは首を傾げる。
どうやらこの期に及んでピンと来ていないらしい。
クロストはため息を付いて言った。
「アマリリス様の言動とリリーの言動を文字列にして」
なによ、と言いながらスティは開いていたメモ帳に書きつけて途中で動きを止めた。
なにか酸っぱいものでも口に入れたような顔である。
「あ? スティさんは気が付いてなかったの?」
リリーが目を丸くしてスティの顔を覗き込む。
アスコルビンが仕返しとばかりにからからと笑って回答を口にした。
「エステルとリリスの娘で聖女なんだよ。現場にちょいちょい連れて行ってたんで自衛手段は教えててな、いきなり実践状態であまり順序だてて教えてやれなかったからなぁ」
悪かったよ、厳しくして、とアスコルビンは苦笑いを浮かべてリリーを見るが、ムっとした顔でリリーは補足する。
「治癒魔法が得意で特異体質ってだけで聖女じゃねぇっつってんだけど、種別的にそういうことらしい」
追い打ちと言うやつである。
すっかり固まったスティを一瞥したクロストは、まだ手を付けていない茶をスティの方に押しやって言った。
「今更態度とか色々改めるの面倒なんだけど」
「おう、気にすんな。しがない町の薬屋だからな」
リリーはニカっと笑ってさらりとこれからの関係性に触れる。
スティは顔を上げてリリーを見て、薄く笑んだ。
「お互い、その方が良いのでしょうね」
「だな」
それでその話は終わりとばかりにアスコルビンが席を立つ。
「そんな聖女爆誕の話はカルから聞くと言い」
アスコルビンの視線を追えばキドニーで剣聖と呼ばれている剣士のカルシ・フェロールがいた。
ロイドが足早に近づいて席を手で示している。
こちらのテーブルに来るのだろうと、クロストとスティはゴクリと唾をのんだ。
これはいつまで続くのだろうか、という心中を言葉にする事ははばかられる。
「ああ、そうだった。新婚さんなんだってな。結婚おめでとう。楽しくやれよ」
最後にアスコルビンはそんな事を言って別のテーブルに移動した。
現在進行形で全然楽しくないと思いながら二人そろってお茶を飲む。
「菓子も食え。旨いぞ王宮料理人」
リリーが気の毒そうに皿をすすめてくれたが、手は出せそうにもなかった。




