11 神様に誓うのは
クロストの父親は少々形容しがたい顔をした後に、おめでとう、と目を泳がせた。
スティの両親は当初、きっと結婚もできずに一生独り身なんだろうな、と思っていたスティの結婚を喜んだが、結婚の理由を聞かされて全力で止めた。
当たり前である。
する予定になかった親同士の顔合わせは工房で、土下座せんばかりの勢いでやって来たスティの両親に、ウチの息子も大概なので、とお互い頭を下げあっての身辺報告会は、クロストは不在だったため、替わりにアストロが立ち会った。
「んあー、多分クロットなら、構いません、かな、眠そうな顔で」
何故か返事も代行したが、ロイコクロにもスティにも、それ以外の返答が思い浮かばないくらいには的確だった。
クロストの父親は戸籍上は赤の他人になる。そうなった経緯も話した。
母親の方も離縁して北キドニーで家庭を持っているし、祖父の店を引き継ぐ時には売り払って現金化して慰謝料として全額寄こすべき、というような手紙が届いているので、スティとの結婚は知らせるべきではないと告げた。
スティの両親はロイコクロの告白に警戒の色を覗かせはしたが黙って聞いていた。
経緯を説明するだけで、そこには自責や後悔も、相手に対する非難や中傷もない。話を聞いただけではどちらが悪かったのかは分からず、その時に親しい方に肩入れしてしまうような話し方だった。
「……定期的にお母さまには会いに行かれてませんでしたっけ?」
いつか聞いたような気がしてスティが訪ねれば、アストロはクロストの真似をして半眼になって言う。
「隙あらば訳が分からない事を言うから、言う前に蔵書を持って行って売らせてる。ウチの本屋にはいらない本でもそれなりに高額なやつをニ、三冊混ぜておけば大人しくしてるし、ついでに向こうの最新本も手に入るし、別にいい。っつってたかなぁー。あ、父さんには言うな言ってたけど、他人なんしょ?」
それからロイコクロが泣いてしまって話にはならなかったが、結婚は了承された。
勿論、当たり前の様に面白がったアストロがご近所にも吹聴して回ったので、その日の夜にはリジウム冒険本書店にご近所さんが代わる代わるやって来た。
そうなるだろうと店で待機していたスティは、
「私のせいなので私が対応するわ。上でロイコクロさんと話をしたほうがいいと思うの。主にお母さまの件で」
とクロストとロイコクロを二階に追いやって対応した。
「これで俺も安心して……面倒見なくちゃならないやつが一ヵ所に固まって良かったよ、いや、本当に」
とはパン屋のペルオ談。
もう色々と面倒なので早く入籍してしまいましょうと、スティが先に全てを投げ出したので、翌日には夫婦になった。
そのままの勢いで王宮にも、結婚しましたのでご安心ください、と伝達を頼む。
何故かリリーが駆けつけてきて、
「展開が早くてついて行けねぇ!!!」
と叫び、後から追いかけて来たロイドがクロストの肩に手を置いて、
「……」
無言で睨みつけた。
二人にとってはいい迷惑な話だと思うが、エステルが一席設けたいと言っている、と言う。
服とかマナーとか、と何とか断ろうと試みたが無駄だった。
「なにも結婚式をやれって話じゃねーし、いーだろ別に?」
と三日後に迎えに来る旨を言い捨てて帰って行った。
スティはどうしてリリーちゃんが? とか、また王宮にお呼び出し? とか暫くぶつぶつ言っていたが、なるようになるわよね、と早々に考えるのを放棄した。
目まぐるしい、などと言っている場合ではない。
スティの予想通りロイコクロが家を出ないとと言い出したので慌てて押しとどめ、必要最小限の引っ越し荷物をまとめてクロストはスティの家に移動した。
スティはスティで、名義変更が必要な書類に忙殺されている。
契約している出版社の交渉人だけでは手に余る量で、王宮から一時的に交渉人を紹介してもらい、担当者のジェンスもかり出して、最短で終わらせる構えだ。
自分には関係がないと思っていたクロストも他人事ではなく、寝ます、と顔を出したスティの職場で捕獲された。
こちらにも、こちらにも、とサインを求められている内にふと、
「住所変更届……忘れてた」
と、自分も変更手続きが発生している事に思い至りもしたので、良かったと言えば良かったのだろう。
そしてスティとクロストで大きく違う部分と言えば生活の部分である。
「ああ! もうだめ! ちょっと寝ます!」
スティは疲れると少しづつ眠るがクロストにはそれが出来ない。
「お風呂? 入らなくても死なないから大丈夫よ!」
ついでに割と睡眠欲を優先しがちである。クロストとしては頭を抱えるしかない。
「あ、お昼じゃない! ご飯にしましょう!」
スティは時間になるとどんな状態でも食事を摂れるが、クロストは環境を整えてからでないと食事が出来ない。厳密に言えば床に紙が散乱している状態での食事は困難である。
「体が固まっちゃう! 三十分だけ散歩に出るわね!」
スティは自分の仕事のキリが良ければ気分転換に出かけられるが、クロストは自分以外の人間に先に予定を告げられてしまうと動けない。
「……じゃあ留守番してる。戻ったら店いかないと」
きょとんと、ぐったりしているクロストを見てスティは言う。
「時間なら出かけちゃっていいわよ? 急ぎの用事が出来たらお店に顔を出したら済むんだし……それとも少し眠る? 私が散歩がてらお店に行って開店しててもいいけれど?」
びっくりしてクロストはスティを見上げた。
「スティが開店?」
今まで誰かに頼んだことはある。
店の前にいた客に鍵を放り投げて、ちょっと開けてて、と頼んだり、寝ている間に誰かが代わりに店を開けてくれた事もあった。
「なにをするか分からないけれど、お店を開けて、お客さんが来たら決められた料金を貰ってメモを取っておけば後で何とでもなるでしょう?」
「なるけど……」
自分がなにに驚いたのかが分からずに、クロストは立ち上がる。
「ええと、それなら一緒に出ようか。ここで寝るより店で寝てた方がなにかあっても対応が出来るし」
「良いわよ。それならやりかけの書類も持って……夕食ってロイコクロさんと食べられるのかしら?」
スティが書類をかき集めながら昼に行方不明になっていたペンを発掘して食事について思い出したのだろう、聞いた。
「言えば多分。流石にその時間までは寝ないと思うけど」
「私が寝ている間に書類を進めて掃除もしてくれたでしょう? 全然寝ていないんじゃないの?」
考えてみたら丸二日ほど寝た記憶が無い。
「……まぁ、書類が終われば寝られるから」
「エステル様に呼ばれているのもあるじゃない。少しは寝ておかないと」
急に夫婦になったとはいえ、夫婦にはならないだろうと考えていたが、二人で一家族という単位になったのだなと、ぼんやりと思う。
寝なさいよ、と見送り、良いから書きなよと見送り、不干渉だった部分に踏み込んで、提案して、歩み寄る。
「それなら着替えも持って。店の風呂を貸すから。僕もスティの家の風呂はなんか怖くてまだ入ってないんだけど、あっちは掃除が済んでるし」
「家事代行さんがお掃除してくれたから大丈夫だと思うわよ? もう一度掃除を頼んでおくわね。お店のお風呂を借りるの、効率的だけれど、ロイコクロさんに悪くないかしら?」
「地下に僕用のがある」
「知らなかった!」
スティが自宅に着替えを取りに出た隙に床の書類を集めて積み上げる。
そろそろ燃やしに行った方がいいかもしれない。
二人とも別に恋焦がれもしていなかったと思う。
ちょっとはお互い気にはしていたろうか?
気の合う、話が出来る、異性の友達の範囲で留めつつ、別々の道をたまたま並んで歩いていた、だけだ。
クロストのそんな考えは知らず、戻って来て、はい、とスティは当たり前の様に書類を詰めた鞄を差し出してくる。
クロストも当たり前に受け取って、
「重い方を持たされている気がする」
と嫌な顔をすれば、スティは笑った。
「そういう物だと両親の背中を見て育ちましたので」
兄のフォー曰く、過保護な両親に育てられたスティは、いつかクロストが理解出来ない事を要求してくるかもしれないと、クロストは思う。
「持とうか? とか言えないから、渡してくれると助かる」
両親揃っての穏やかな日常を知らないクロストに、いつか自分の普通を押し付けてしまうかもしれないと、スティは思った。
「それだと押し付けてるみたいよね? 当たり前だとダメなのかも。お願いできる? とかだと感じがいいかしら?」
「スティは悪役令嬢顔だから押し付ける方でいいんじゃないか?」
「高笑いで? 持たせてあげるから光栄に思いなさぁい?」
二人で噴き出した。
並んで歩きながら、クロストは改めて聞く。
「もう後戻り出来ないくらい書類を提出しているけど、本当に僕で良かったのか? 心配になって来た」
「クロストが良かったのよ。でも心配になって来たのは分かるわ。入籍しただけなのに結構夫婦って強要されるわよね?」
「書類のせいもあるんだろうけど、ご夫婦なんですから、ってこの短い期間に何回聞いただろう」
「臨時の交渉人さんでしょう? そういえばクロストの分の書類もお願いしていたけれど料金てどうなるのかしら?」
「あれだけご夫婦なんですからって言うんだし一人分のつもりなんじゃないか? ついでにしては申し訳ないから後でロイド辺りに相場確認しておく」
「お願いするわね。エステル様も何かしらね? あまり接点がないのだけれど」
スティが首を傾げるのを見上げて立ち止まる。
なにも聞いてないのか、と尋ねようとして止めた。
「? クロスト?」
「いや、僕の方が接点がないと思ってたから。結婚式ではないって話だったけど、なんだろうな」
なるようになると言っていたのはスティである。なるようになるだろう。
「結婚式って何を誓うんだっけ?」
「元気でも病気でも、裕福でも貧乏でも、泣いても笑っても、お互いを思いやって生きます、って神様だか参列者に誓うんだろ?」
「ああそうですか以外の感想が思い浮かばない」
「だろうな」
クロストは半眼で頷いた。
駄目だとは思うが同意しかない。
「クロストがもしも神様に誓うとしたら?」
作家が小説のネタを探す目で聞いてきた。
クロストは考える。
「神様ってなんか役にたったっけ?」
「うーん、お願いする人は多いけれど、叶わない人も叶う人もいるわよね」
妻が無事ですように。息子が試験に合格しますように。道中無事でありますように。スティが指折り神様に願いそうな事を呟いて、手を止める。
「お願いじゃないわよ、クロスト。誓いよ誓い」
「ああ。神様にかけて?」
そうね、とスティが頷いて肯定する。
「なら、一緒に居られるその時までは一緒にいます、くらいが妥当じゃないか?」
意味の幅が広いかもしれない。スティはそうね、と小さく答える。
クロストはそれが、どちらかが死ぬ時までとは思っていないだろう。
死んだら離れ離れなのかしら、とも思う。
「スティは?」
言いながら空を見上げたクロストの横顔を盗み見て、スティはこっそりと神様に誓うのだ。
「妥当だと思うわ。お互い一緒に居るのに飽きるまでは一緒にいます。でどう?」
「そんなところだと思うけど現実的すぎないか?」
「取り繕うとちゃんと結婚の誓約の文言になるんじゃない?」
一緒にいられますように、というのは誓いではなく願いだ。
神様に願うまでもなく、希望は叶えるものである。
クシャリとスティはクロストの頭を空いた手で混ぜた。
「面白いで選んで正解だと思ってるわ」
クロストはその手を嫌そうに振り払う。
「スティ、君、最後に手を洗ったのいつ?」
スティは噴き出して笑った。




