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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
終章 読者と作家のリセットマラソン

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09 再構築


 クロストはここ最近、時間を決めて寝起きしている。

 それでもまだ寝つきは恐ろしく悪く、眠れないならば起きていればいいと言う元々の性格もそう簡単に治るわけもなく、リリーの薬はまだ手放せそうになかった。

 ロイドは非常に嫌な顔をしていたが、リリーにアタシの薬が体に悪いとでも? と睨まれてからは、薬の数量を管理してくれている。

 あまり眠っていなかった時の方が頭がすっきりしていたような気がするが、慣れの問題だろうかと考えながらリリーの薬屋に着いた。


「こんにちは」


 扉を開けて入ればリリーが客に薬を渡しており、店内には他に三人ほど客がいて、その内一人は冒険者なのだろう、薬棚をポカンと口を開けて見ている。


「よう。ちょっと待ってな? お大事に! ロイド、二番の紙袋で会計。あと風邪薬追加して。あ、傷見るんでこっちに」


 リリーがクロストに挨拶をしつつ、テキパキと指示を出し次の客と診療室へ向かい、ロイドが出てきて並んでいた客に薬を確認させる。

 クロストは邪魔にならないようにと壁際に寄って、相変わらず口を開けたまま薬棚を見ている冒険者を何の気なしに視界に入れた。

 金髪に青い目の男はまだ年若い。長身にがっしりとした体格で、強そうではあるが、空気感というのだろうか、力の抜けたような雰囲気がある。

 帯剣していないがあまり魔法は使わなそうだな、などと視線を逸らそうとしたが一拍遅かったようで、視線に気がついて振り向いた男と目が合った。

 軽く視線を下げてそのまま視線を逸らそうとするクロストに、男は満面の笑みで話しかけてくる。


「どもども」


「は?」


 抑揚のない文字列を聞かされたように意味が掴めずに思わず聞き返せば男は尚更笑う。


「ちがう? どもども? ダンウイ テンナ テッモウド?」


 ラング語かと、クロストは片手をあげる。


「ンオツハ ガ ウガチ ラカ リカワ タッカクニ ケダ デ ヨスマテッア。“どーも” ノ ウホ ガ ルジウツ モカ。グンラ ノ ャシンケンウボ? (発音が違うから分かりにくかっただけであってますよ。どーも、の方が通じるかも。ラングの冒険者?)」


 パァっと全開の笑顔で男はクロストの手を取った。


「どーもどーも! グンラ ノ ャシンケンウボ ソソ! レク デンヨ セフト」


 男が名乗ると同時に、薬屋の奥の扉からエステルが顔を出して男を呼んだので、クロストは固まった。

 情報量が多すぎる。

 リリーの自宅側から大賢者が出てくると言うことはつまりはそう言うことなのだろう。

 アマリリスの笑顔や態度はよく似ていた。

 セフトという名のラング国出身の冒険者には心当たりが一人いる。

 ロイコクロの今朝の発言がフラグにでもなっていたのか、だとすると聖女とは、と怒涛のように湧き上がる思考に、ギギっと診療室の扉が開いてリリーが顔を出した。


「ロイド、塗り薬の五番……父上どうされました?」


「セフトに翻訳魔法をかけるのを忘れていました」


 オレ? とセフトが自分の名前を呼ばれて振り返る。

 エステルはトン、と手にした杖を軽く床に当てて詠唱した。


「trans lung: kidney philtrum」


 クロストには聞いたこともない魔法詠唱である。

 ちょっと待てと言いたいがグッと堪えて眼鏡を外す。


「エステル、この人凄くラング語が話せるよ! 翻訳無くても平気そう!」


 ニコニコとキドニー語でセフトが言う。

 どうやら翻訳魔法というのが効いているらしい。


「セフト、こいつが薬棚の翻訳書いたクロスト」


 リリーが言って、ロイドに目配せしたので、ロイドは薬を取りに奥に下がる。

 セフトは振り返って薬棚を指差しながら言った。


「聖女の回復くすり? ええー! この人なの? すっげ! 何ヶ国語訳せるんだ?」

 

 留めの発言が来たな、と思いながらクロストは瞼を押さえる。


「クロスト君大丈夫かい?」


 心配そうに声をかけてきたエステルに、答えたのはリリーだった。


「ロイドが戻ったら奥に運ばせてください」


 僕は荷物か何かか、とも言いたかったが、取り敢えず黙っておいた。




***




 エステルはまず結果から話をした。

 それはクロストとスティが世界に関わる事。

 個人の力ではなく、神の干渉を受けている事。

 クロストは時折浅く頷く程度で無表情に話を聞いた。

 表情が抜け落ちただけともいうが、騒ぎもしないし倒れもしないのだから大したものである。


 少なくとも何度かキドニーの危機に、誰かに憑依する形で関わった痕跡がある事、魔獣騒動では同行していた痕跡がある事、転送魔法が使えた事、その記憶が関係者全員から消去されている事、エステルの説明は短かい。

 クロストが覚えている可能性を考えてのことかもしれないが、心当たりは無く、まるで小説のプロットでも聞かせられているような感覚だった。

 代わりにセフトが大騒ぎをして、紙とペンを渡してきて、回復済みとラング語で書けと言ってくる。

 面倒なので話を聞きながら書けば、もっと大きくとか、雑に書いてくれなどと要望をあげるものだから、沈み込みそうな感情がごちゃ混ぜになってどうでもよくなってきた。


「これだぁ! やっぱりオレを助けてくれたのはアンタだよ! クロストだっけ? マジオレ天才って思ってたけどオレならやっぱり死んでたかも!」


 ああ、そう? と気のない返事を返して、陽気な声色から意識を逸らして考え、浮かんだ疑問はすぐに口に出す。


「痕跡はまぁこういった事なんでしょうけれど、スティも?」


「彼女の方が痕跡は大きいね。予言の書というものがあって、その本はスティ・ミュレーターさんの筆跡で間違いがなく、その書物に隠蔽の魔法を私がかけているが、かけた記憶はない。魔法をかけた私は隠そうと思った訳だから君たちを信用していた、そう結論を出しています」


 だから安心して良い、とは口には出さなかった。

 多少の疑いは残しているのだろう。ましてやクロストを守った痕跡ではない。


「いつからですか?」


「五年前頃からだと認識しているよ。君の祖父が亡くなった頃、スティさんは小説を書き始めた頃ですね」


「……知り合いでもなかったんで、別口なんですかね」


 スティと知り合ったのは三年前の図書館だ。

 それより前というのならたまたま知り合ってしまっただけで、別々にキドニーの危機を救っていたのだろうと、クロストは他人事のように思考する。


「それから魔獣騒動に同行できるほど体力も戦闘力もありませんけど」


「それはうちの子も一緒ですよ。毎回同行して無事に戻っていますから、護衛がつけば容易です」


「あれだけ死者が出た魔獣騒動でも?」


 反射的にクロストは聞いた。


「命に変えても守る必要があれば」


 聞かなければ良かったと、これまでの無表情から一転して顔に出してため息をつくクロストに、エステルは微笑を浮かべる。


「強制的に記憶を消された割に痕跡が残り過ぎていると思っていたんです。少なくとも神様は記憶を消さなくとも良いという判断で、それは君が希望した対価かもしれませんね」


「対価?」


「自分が原因で起きてしまった不幸を背負いきれないのは正常ですよ。転送魔法も国家機密で、書く方はともかく、起動出来るのは私の仲間と娘だけです」


 重責に耐えかねて記憶を消したというのはなんだか、といたたまれない気持ちになる。


「情けないですね」


 ふっとため息に似た笑みを漏らせば、後ろからセフトが背中を叩いてきた。


「全然! クロストはすげぇから、全然!」


 流石勇者というべきか、力強さにクロストは咳き込むがお構いなしである。


「ご自分の中でひと段落と区切りをつけられたのだと思いますよ。予言の書もありますしね。ただ……多分また関わるんでしょうねぇ」


 エステルは気の毒そうに言うのだ。


「知りたかっただけで、どうこうするつもりもありませんが、神のご意志なら全てを消したでしょうから」


 緩慢な動作で頭を抱えて、クロストはまとめる。


「記憶は消しても記録は残したんですね」


「正しく。神の深淵に迫るお言葉ですね」


 ニコニコと嬉しそうにエステルは両手の指を合わせた。


「クロスト、時間平気?」


 そこにリリーが顔をのぞかせる。

 思いの外時間が経っていて、リリーの店はそろそろ閉めるのだという。

 慌てて頼んでいた薬を受け取って代金を払い、今日のところは情報過多なので数日考えますと伝えたクロストに、エステルは用事があるわけではないから困ったらリリー経由で連絡をと言った。

 セフトは抱きついてきて言う。


「クロスト、ありがとう。おかげで死なずに済んだ。困ったらいつでも助けに来る」


 単に字が似ているだけでどうしてそこまで信用しているのか、クロストとしては恐怖を感じる言葉である。それでも勇者という事を思い出して最低限の礼儀で感謝を返す。


「勇者がいないと世界は立ち行かないと言われている。こちらこそいつもありがとう」


 勇者だからね、とセフトはドンと自分の胸を叩いて笑った。

 ようやく帰れると扉に向かったクロストに、ロイドが扉を開けながら最後の追い打ちをかける。


「今頃スティさんは王宮で結婚するように王命を出されているけどな」


「なっ……」


 聞き返そうとするクロストの背をポンと押し出してロイドはそれじゃと扉を閉めた。

 それは囲い込みなのかと尋ねたかったが、扉を開けることはできなかった。

 自分より多く痕跡を残しているというスティは王宮に囲い込まれた方が安全なのかもしれないと、扉に背を向けて歩き出す。

 全体的に情けなくて少し泣きそうだった。

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