08 ぬか喜ばない二人
「え? 終わったの?」
スティは何度か瞬きを繰り返しながらキョロキョロと辺りを見渡した。
変わらず神様が出していったテーブルセット以外はなにもない空間である。
「終わってないフラグをたてるんじゃない。終わってないんだろ、多分」
クロストは向かいの席で眼鏡を外して眉間を揉んでいた。
さらりと顔を隠すように流れた髪はそこそこ長い。
「その長さならちゃんと乾かすべきと思うのだけれど」
スティの言葉に、クロストは眉間から手を離して顔を上げ、呆れたように言う。
「え? 今その話必要?」
裸眼のクロストは目の下の隈も濃く人生を諦めていそうな顔をしていて、スティはちょっとだけ引いた。
この短時間で荒んでしまったのだろうか。全体像が可愛らしいだけに残念な目つきである。
スティは普通の顔をしていても怒っていると言われたり、笑えばなにか企んでいると邪推されるような目つきなので勿体なく思う。
「顔が悪いけど大丈夫?」
「悪いのは君の言動だろ?」
「あら、ごめんなさい。顔色よ顔色。隈も酷いわ」
スティがテーブル越しに頬に伸ばそうとした手を、クロストは避ける様に椅子に背を預けて、再び眼鏡をかけた。
眼鏡のフレームが隈を少し隠すようで、人生を諦めていそうな顔から人間不信のような顔になる。
本を読んでいる時や本の話をしている時は開眼しているのに今は半眼と言ったところだろうか。
眩しくて半眼になる時は目を細めてと書くけれど、訝しむ時は半眼の方が真意を探る雰囲気が出るのではないかと思うのだけれど、と、スティはぼんやり考える。
「この後ど……」
どうしたらいいんだろう? クロストがそう喋り始めた時、テーブルに先程の岩壁を背に壁に刺さった大剣を両手で逆手に持った青年が映し出された。
驚いたスティは椅子から立ち上がり、クロストはそのままテーブルを凝視した。
ようやく第三者として目にした勇者はとても体格が良く若い。
比較対象がないので細かい事は分からないが、身長もかなり高そうだ。
短くした金髪はくせ毛なのだろうか、くしゃくしゃに丸めた毛糸を頭にのせている様な有様だ。
「あれ、僕が焦がしちゃったわけじゃないよね?」
クロストは自分の行動を思い返しながら頭をトントンと叩く。
「汗でくるくるする髪質なんじゃないかしら。勇者って完璧超人というイメージだったのだけれど、そうよね、あの後だものね……」
スティは思い返しながら、椅子に座り直す。
二人とも勇者視点で動いていたし、それどころではなかったのだが、高所から落ちながら回転して壁に張り付いてずり落ち、気温が高かったのだ。
見た目が多少崩れてしまってもそれは仕方がないと言える。
勇者はぱちりと目を開けて数度瞬き、上を見てから足元を見て、首を大きく傾げた。
「金髪碧眼。言葉だけなら物語に出てくる勇者そのものなのに……」
クロストはちょっと遠い目をして言う。
「記述がなくてもどうしてだか見目麗しい雰囲気を想像してしまうのよね……」
スティもがっしりとした体躯にオーバーなリアクションを取る勇者に少しだけ遠い目になった。
つまりとても残念な雰囲気なのである。
首を傾げていた勇者は、なにか合点がいったのか、パァっと明るく顔をほころばせて叫んだ。
『イサンテ ジマ レオ ガ イナテ エボオ』
ゴツっとクロストがテーブルに頭をぶつける。
スティは困惑した。
「え? なんて言ったの?」
「自分は天才だって」
「え?」
クロストは顔を上げてズレた眼鏡を更にズラして眉間を揉みついでにブツブツといつもの独り言をはく。
「ああ、嫌な予感しかしない。神様補正で翻訳されろよ言語。なんでラング語なんだよ。勇者ってラング国の人? あの国なら金髪碧眼標準装備だし発言に勇者的要素がカケラも含まれてないし、勇者って名前で勇者じゃないってオチじゃないだろうな」
スティは思わずテーブルから目を離してクロストを見た。
「そういうあなたはどうしてラング語が分かるの?」
クロストはテーブルから目を離さずに眼鏡を直しつつ言う。
「キドニーだと使用者が少ないからムカついた時にラング語で悪態をついても怒られにくい」
勇者は壁から剣を引き抜くのに必死である。
「あなたもどうかと思うけれど、この勇者もどうなのかしら……」
すいっとテーブルに目を戻しながらスティは思う。
剣に魔力を通すのを止めれば剣が小さくなってすぐ外れるのに、と。
クロストも同じことを思っているようで、トントンとテーブルを指で叩く。
「どうせ剣が外れた拍子に再落下だろ? それより次はどうする?」
「やりそうよね。その前に一度足場が崩れて宙ぶら……足場が崩れるのを懸念して大剣のまま引き抜こうとしてるとか……はないわね。これ本能のままよね」
足場を増やすなりすれば良いのだが、勇者は小さな足場のまま剣を水平に引き抜こうとしているので、そういう喜劇でも見せられているようだった。
スティはため息を付いてから、置いてあった角砂糖をひとつつまんで口に放りこむ。
「これだけ体格がいいならある程度力業でいけそうよね。私は土魔法も割と得意だから補助的に使ってとにかく登ってみるわよ」
ガリっと角砂糖を噛み砕くと、丁度勇者が剣を引き抜いてそのまま落下を始めたところだった。
勇者は、あれ? と驚いた顔をした後、壁に向かって剣を振ったが、結構な勢いで剣を引き抜いていたし、壁も真っすぐではないので距離が足らず、せり出した部分に剣が当たって弾かれ、更に壁から遠のき、挙動を見るに何度か風魔法を使っているのだろう、時折速度を落としながらも落ちていく。
「もう少し休憩したかったな……」
クロストがそう呟いた時には、勇者はマグマに全身を打ち付けて絶命していた。