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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
終章 読者と作家のリセットマラソン

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08 世話焼き夫婦に権力を持たせてはならないという一例


 言われて顔を見合わせて、お互いがお互いに、結婚するだけならそれはそれでかまわないのだけれど、などと思いはしても口には出さない。

 アマリリス以外は何とも言えない微妙な雰囲気である。

 合った視線にそちらが逸らせと睨みあいに発展した頃、新しい客が入って来たので、何となくそのまま流れで落ち着くところへ落ち着いた。

 落ち着いて良かったのかと、恐らく店内にいた全員が心のどこかで思っていただろうが、落ち着いてしまったのだから仕方がない。


「あ、それでは辞書も出しましょうか」


 スティはクロストに翻訳を頼むのは諦めて、アマリリスと二人で辞書を片手に図鑑を読み始めた。


「パンクリアス語は一つの単語にたくさんの意味があるので分り難ければ聞いてください」


 隣で魔導書を読んでいるエステルも翻訳は可能なようで、時折質問されて回答している。

 他の客も最初こそチラチラと視線を彷徨わせていたが、次第に読書に戻っていった。

 クロストも新規の客が購入と取り寄せだった為に早々に思考が切り替わっている。

 結局その後、暫くしてスティが帰り、エステルが貸本を一冊買い取って、二人で仲良く帰っていった。

 何だったんだろう、とクロストは一人困惑しながら朝まで営業を続けたが、考えてみても理由は分からない。

 クロストにとっての夕食でロイコクロにとっての朝食時、昨夜大賢者と大魔導士がお忍びでやってきたと世間話をすれば、驚いて色々と質問してきた。

 父息子でこれ程話した食事も久しぶりである。


「じゃあ次は聖女と勇者だな」


 食事の締めにロイコクロはそんな事を言って仕事へ出かけて行った。




***




「じゃあ二人とも魔方陣を書いた本人てこと? 現場にいた?」


 こちらの親子は食事の度に騒々しい。

 王宮に準備されたエステル夫婦の住居の食卓には、朝から迎えに来たジギと、リリーとロイドも座っている。

 ロイドは毎度遠慮を申し出るのだが、二人がかりで一緒に来いと説得され、四人がかりで一緒に食べろと詰められた為、しぶしぶの着席だ。

 昨夜クロストの本屋で魔力が確認できたとエステルが報告し、結婚するような関係は欠片もなさそうだったとアマリリスがケラケラと付け足して、そのまま読んだ本や、購入した本の話になりそうになったので、リリーが慌てて聞いたところだ。


「ええ。そして関係者全員がそのことを忘れて、私が全力で隠蔽しているのだから神様のご意思という話でしょうね」


「予言の書的に、だろーな」


 二人はあっさりと肯定して、更に本の話になりそうなところを、今度はジギが止めた。


「お二方、なんの目的で調べに行かれたんです?」


 エステルとアマリリスは顔を見合わせてジギを見て、二人そろってこてりと首を傾げた。


「気になったから?」


「思い浮かんだ疑問の回答を得に」


 ロイドは無表情でパンを咀嚼している。

 リリーはケラケラと笑った。アマリリスに良く似た笑い声である。


「じゃあもうすっきりしたって事でいいんだな?」


 笑い終えてリリーがそんな風に確認するので、この話を終わらそうとする意味が分からないとジギがこめかみを抑えていると、エステルはフォークを置いて何やら考え始めた。


「なにかあんの?」


 アマリリスが尋ねればエステルは二度頷いて、一本指を立てる。


「もう一人スッキリしたがっている人物を思い出しました。リリー、クロスト・リジウムさんは今日お店にいらっしゃるんですよね?」


「はい。夕刻近く、ご自身のお店の開店前にいらっしゃるかと」


 ジギがリリーの敬語に吹き出したので、リリーは使い終えたナイフを投げたが、ロイドがフォークで絡め受けてリリーに投げ返して、リリーが仕方なく受け取った。

 エステルは気にせずに続ける。


「ではその頃に私も伺います。ロイド君、お客様を連れて行きますので準備をお願いできますか?」


「かしこまりました」


 頷いてもう一本指を立てた。


「少なくともリリーが予測するほど結婚が近かったお二人が、神様のご意思であれ友人程度に距離を広げられているのは心苦しいと思うのです」


 ああ、とアマリリスが短く声を上げる。


「代償の可能性もあるだろうが、罰の可能性だってなくはないぜ?」


 エステルはゆるく首を振って微笑んだ。


「罰が必要であるならば私は本に隠蔽などしなかったでしょうね」


「言えてんな! 元々そんな関係になる素質があるなら王命で結婚させちゃったら後から気持ちが追い付かねぇかな?」


「名案です。仲は良さそうでしたし話が早そうです」


 ロイドとジギが同時に二人を見たが、二人は昼にでも執務室に行きましょうなどと言い始めている。

 仕方がないのでリリーを見ると、リリーは面倒そうに片手をあげた。


「あー、失われた恋愛時間も汲んでやってくれ」


『他に言い方があるだろう』


 ロイドとジギで口をパクパクと音にせずに怒鳴るが時すでに遅し、エステルは瞬きを繰り返して二度頷いている。


「恋愛時間ですか……一つの目標を二人で達成する、などでしょうか?」


「魔獣でもけしかけるか?」


「お二人がギリギリ倒せる程度の魔獣ですと、冒険者が来て瞬殺されますし、怪我をされてもいけません。肉体的よりも精神的に……王宮に出入りしていますし、伴侶が必要だと見合い話で圧力をかけましょうか」


「安全第一だな! 信用がどうとか言いようはあるし良いんじゃねぇ? スティちゃんはそれでいいとして、本屋はどうする?」


「少々結婚と言うものに嫌悪感を持っていそうな印象でした。ですので、私としてはそちらには手を出さずに、スティさんの方から籍だけでもいいので入れて欲しいと懇願させる方向で追い詰めることを提案します」


「追い詰めて弱ってるところに相談させて寄りかからせて? いいタイミングで出来るだけ自然に遭遇させなくちゃなんねーよな。ジギ、お前のところの若いの何人か借りられる?」


「リリーとロイド君にも少し協力をしてもらった方がいいかもしれませんね」


「父上、かぁちゃんも、ちっと落ち着いて?」


 リリーがわたわたと両手を持ち上げたところでロイドがバンとテーブルを叩いて立ち上がる。

 全員の視線が向いたところでコホンと一咳。


「見合い話が大量に届き執務に影響を及ぼしている。希望する相手がいれば王命を出すので早急に結婚するようにとミュレーター様に通達しましょう。リジウム様にはそういう話が出ていると私からお伝えしますので、それだけでよろしいかと」


 普段無表情な男の笑顔程不気味なものはない。

 取り合えず全員頷いて食事を再開するのだった。



「そういやエステル、昨日買った本は?」


「読みました。創作物を魔術書として販売しているバオ国にはもう少々反省して頂いた方がよいように思いました。執筆した学者は断罪すべきです」


「今日は忙しいから明日問い詰めに行くか」


「そうしましょう」

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