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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
終章 読者と作家のリセットマラソン

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05 一時保存削除後復元


 世界各国の情報が記載されたそれは、予言の書として厳重に保管されている。

 王宮の、冒険者パーティ―が半住居としている棟の最下層、地下四階。

 大賢者エステルと、大魔導士アマリリスは床に座り込んでその本が入った透明な箱を眺めていた。


「フツーにお前の魔力だよな、コレ」


 予言の書にはある種の隠ぺい魔法がかけられている。

 アマリリスは魔力を見る事が得意だ。

 ましてや自分の伴侶の魔力ともなれば、見間違うことなどありえない。


「残念ながら」


 エステルも自分の魔力の残滓が分からない程無能でもない。

 保管されているものは原本。他国に渡っている本は翻訳して写本されたものだ。

 眉唾かもしれないが出土品で魔力もまとっているからと、各国に配られた予言の書には、魔獣騒動以降の未来が書かれている。

 ハーツ国の大雨被害を的中させた後、人為的な事象の予言には心当たりのある国もあったのだろう、今では正式に予言の書として各国が厳重に保管、利用している。

 大雨被害時、地震による津波の影響が色濃く残る地域もあり、財政に余裕がないハーツ国がどう動くのかは注目の的であったが、結局なにも対策がされずに、予言の通り犠牲を出した。

 日時に場所、被害状況、おおよその死亡者数も的中。

 世界中が注目していたこともあり、各国からの支援で復興自体は早かったが、少なくとも避難させておくべきだったという意見ももちろん上がった。当初予言の書を信じていたのは南北のキドニー国くらいであり、事前に動いた場合の損失を考えれば動けなかった事を責めるのは酷と思える。

 ではこの本は誰が何の目的で書き、出土された日以降の予言であるのか。

 まるで分かっていたように出土された本に呪いや精霊が憑りついて意志があるのかもしれない、キドニーが発見したのなら自国に都合のよいように扇動するために書かれたのではないか、様々な憶測も飛び交ったが、南キドニーの国王は現在調査中と回答し、北キドニーの国王はこちらだって困惑しているのだから各国で調査すべきだろうと主張した。

 なにせ自国の人間しか知り得ないような事まで書かれているのだ。密告者や背教者がいるとも限らない。

 文句を言う前に国民の安心安全を願って働けばいいというのは、国際会議で護衛に呼ばれた二組の勇者パーティーの総意である。


「なんも覚えてねぇの?」


「辻褄は合わせられますが、記憶はありません」


「……辻褄は合う?」


「人間、都合の良いように記憶を改ざんするものですよ。注意深く思い返して曖昧な部分を情報収集していくとその歪みが見えてきます。間違いなく私が魔法をかけていますが、リリスに相談した記憶がリリス側にもないとなると、単独、あるいは独断で行った事になる」


「ねぇな」


 二人の間で情報が共有されない事などないとばかりに、アマリリスは堂々と頷いた。


「記憶を消した、あるいは消されたわけですが……」


 エステルはごそごそと魔石を取り出して、透明な箱から自分の手元へ本を転移させる。

 パキンと高質な音を立てて魔石が割れた。


「自分で構築したシステムですが、勿体ないですね」


 透明な箱は物理破壊は不可能と呼ばれている素材である。

 転移魔法はいくつかの国には見られてしまっているので、解析が進んでいるとは思われるが、魔方陣を使わずに転移させられるのは現在はエステルだけだろう。

 そうしなければ本は取り出せないのだから、非常に安全な保管方法とも言える。

 ただし大量の魔力が必要で、出来る限り大きな魔石でそれを補い、足りない分の魔力はエステルからごっそりと持って行かれた。

 ずいっとアマリリスが押し付けた魔力回復薬は愛娘の手作りだ。エステルは一気に飲み干して、本にかかっている隠ぺいの魔法を解く。

 出土品として汚れ、古ぼけていた本は、真新しい姿に変わり、文字は急いで書かれたのか、先程までの整然さはない。


「あ? 装丁だけかと思ってたけど、文字も違う?」


「ええ。この筆跡はスティ・ミュレータ―さんですね」


 魔石を利用しない道具開発の先駆者であり小説家。エステルはスティの直筆の書類を見ているし、王宮で顔を合わせた際に購入した本にサインを入れて貰った事もあった。


「なら守ろうとして隠ぺいしたんだよな? マジでなんも覚えてねぇの?」


「ああ、リリス、それですよ。守ろうとして隠ぺいしたんだよな? と言われて、私がそうだろうな、と思い込むことによって記憶が歪むんです。何故隠ぺいしたのかは覚えていませんし、本当です」


 眉根を寄せて困った様に言うエステルに、リリスは立ち上がって後ろから抱き着く。


「ゴメン、ゴメン。ええっと、そうは言っても推測はたつよな?」


 エステルが首をずらすので、アマリリスは鎖骨の辺りに顎をのせて考える。


「そうですね。魔力の残滓も見て取れるわけですし、原因を隠ぺい前の本、結果を隠ぺい後の本とすると、工程はエステルが魔法を使った、ですよね?」


「だな」


「第三者としてはそれで良いのでしょうけれど、当事者としては理由が知りたいが記憶はない」


「良くはねぇだろ?」


「そうですか? 例えばいま着用している服ですが、気温や羞恥が原因で服が結果だとして、工程は服飾関係の皆様で、でもどうしてこう仕上がったのかは、少なくとも私はわざわざ調べません」


「気になるやつはいるだろう?」


 アマリリスはムッとして全体重で寄りかかるが、エステルはびくともしない。


「服飾関係にご興味がおありお方はそうでしょう。けれど大多数は気にせず受け入れます」


「もう少し分かりやすくなんねぇの?」


「分かりやすく……」


 ふむ、とエステルは腕組をして、思いつく。今までの会話の流れとは違うが、意味合いは伝わりやすいかもしれない。


「薬を作る時に必要な薬草を紙に書きだしたとします。必要な薬の数を計算するために別の紙に計算をしてその答えを書きだした紙に書き、計算した紙を捨ててしまう……」


 ああ、あるある、そういうことか、とアマリリスが呟いた声を半分聞きながら、エステルはこめかみを押さえた。

 アマリリスは邪魔をしてはいけないとエステルから離れて顔を覗き込む。


「魔方陣の制作時に試行錯誤した痕跡を削除、魔方陣は完成して残る。削除対象は本人に限らず関わった全域……削除された時期によっては戻せるのか?」


 エステルは耳を塞ぐように両手を持ち上げて詠唱した。


「extundelete --restore-EsterDimethyl」


 本来なら魔方陣を使用しなければならない魔法なのだろう、魔力補助の為に服の内側に入れている魔石が音を立てて砕ける。

 眼球が小刻みに揺れ、暫くして頭をひと振りして手を降ろす。


「だめか……本が配られてからもうすぐ一年、削除された記憶の復元が不可能なら削除分も一年未満の記憶か、あるいは情報量自体が少ないか……リリス」


 エステルの呼びかけにアマリリスは正面に膝立ちになって頷く。


「良いぜ?」


「ありがとう」


 エステルはアマリリスの耳を軽く塞ぎ、もう一度詠唱する。


「extundelete --restore-Amaryllis belladonna」


 再度魔石が音を立てて砕けたが、アマリリスの脳内はそれどころではなかった。

 死を覚悟した瞬間に去来すると言われている、過去の洪水だ。

 産まれてから現在までが高速で頭の中を駆け巡り、一度戻って再び走り出す。

 それは、元々覚えていた娘とのお茶会の、雑談の一部分。

 強引にねじ込まれて、それこそ思い出すと言うよりは思い込まされるように記憶に馴染んだ。


『そういやあっちはクロストが帰ってきたら結婚でもするんじゃねぇかな』


 焦点が戻ったアマリリスの耳元から手を滑らせて頬を包み、エステルは訪ねる。


「なにか思い出しましたか?」


 こくりと頷いて、アマリリスは思い出した娘の一言を告げ、付け加えた。


「相手はスティ・ミュレータ―。でも結婚なんてしてない」


 スティは今や国の保護対象として本人にも気が付かれないように護衛が付けられている身だ。

 隠れての婚姻はあり得ない。

 クロストに関しては二人とも回復薬の記述間違いの件で名前だけは憶えていた。

 ジギが自分の時と字が違いますと宣言した為に深堀はせず、笑い話で終わっている。


「リリーからも話を聞いてみましょうか。そういう案件ならジギ君も呼んで……ところでどうして結婚の話になったんですか? まさかロイド君とリリーの話の流れからではありませんよね?」


 深刻な顔で親ばかを発動させたエステルを引っ叩きながら、もう一度本に隠ぺい魔法を施して箱に戻させる。

 リリーの発言の前にはアマリリスの可愛い孫が見たいというエステルの逆鱗に触れそうな発言があるが、それは言葉にしない方が良いだろう。アマリリスはひたすら急かして誤魔化し、それから二人でリリーの家に転移した。

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