04 習得した技術は原因を思い出せずともついてくる
「うおっ。ひでぇ顔色だな、おい」
リリーの薬屋は本日開店日で、店の扉を開けてクロストが挨拶した返しがこれである。
結局一睡もしないまま店に届いている新刊を読みつくし、図書館に寄贈したいと思っていた本を拾い出し、ついでに修復が必要な本も避け、日中に出かけるなら糊を乾かす時間にあてれば効率的ではないかと修復用の材料を用意して作業をこなし、途中で古本には良くあるのだが小さな虫を目視確認してしまったが為に徹底的な掃除をしてきた。
そういえば昨日も寝忘れていたと思い返して、父親に対しても、夕食は本が読みかけだからと断り、風呂に入りに降りて来て程々にしておけよと声をかけられて片手で返答し、いくら何でも朝食は食べて行けよと用意してくれているのを忘れて来てしまった。
昼食までに戻って朝食を片付けて外出して証拠隠滅を図らないと怒られるかもしれないし、アストロ経由でペルオに話が行くと厄介だと、別の意味でも顔を青くする。
「なんで朝から魔力が枯渇してんだ?」
「え?」
言われてからふらふらしている事に気が付いた。
作業を急ぐあまり無意識に魔法を使って加速していた上、修復する本が多すぎて糊を定着する時に押さえた状態で固定する工具が足りなくなったので、もう風魔法で乾燥させてしまおうと本末転倒な事をし、掃除にも全力で魔法を使っている。
無意識で使っている加速の魔法がいつからいつまで使っていたのか自分でもわからないので、いつの間にか限界を超えていたようだと、クロストは数歩進んで受付カウンターに寄りかかった。
「い……」
「い?」
こてりと首を傾げるリリーにクロストは小さな声で告げる。
「言われて気が付いた……」
「アホ」
とん、と後頭部に手刀を落としてからリリーはロイドを呼んだ。
ロイドは旅から帰宅してまた暫く薬屋で手伝いをするという。
店と自宅との扉を開けて顔を覗かせ、クロストを確認するなり盛大に舌を打った。
「てめぇには学習能力とか経験則とかねぇのかよ」
旅行中も散々迷惑をかけているのでリリーと冒険者仲間以外と接する時の丁寧な言葉遣いは消失している。
元々我流で適当に使っていた魔法も、旅行中他の仲間からかなり強制されはしたが、一般人と冒険者では魔力量にかなりの差があり、結局自分の魔力残量の感覚だけはつかめなかった。
そしてこの様である。
さすがに少々気まずいが、殺し屋のような風体のロイドは面倒見だけは果てしなく良い。
「いつ寝た? いつ食った? 最後に魔法使ったの何時?」
放り投げるように肩に担ぎ上げながら矢継ぎ早に聞く。
こういう時に口答えをすると五倍返しくらいで精神攻撃が来るのでクロストは慌てて返事をする。
「二日前の昼。昨日の昼。三十分は経ってないと思う」
脱水症状で発熱して横になる耳元で、剣を鞘に納める音を一時間鳴らされ続けた事は今も記憶に新しい。一時間後に降伏して水を飲んだが、あれなら無理矢理飲まされた方がましだった。
「クソ聖女、指示」
一段低く、ロイドが言い、
「飯食わせてコレ飲ませて寝かせといて。店の昼休憩に健康診断な」
リリーがカウンターに薬瓶を置いて、最後にクロストに予定を告げる。
「え、なら、ちょっと、一度家に帰りたいんだけど?」
「あ?」
朝食を隠蔽しないとと焦るクロストに二人は揃って言うのだ。
「「怒られとけ」」
***
「ではそんな感じで!」
スティはメモ帳をパタンと閉じて打ち合わせの終了を示した。
工房と呼んではいるが、道具の試作試験場であるこの場所に正式な名前はない。
アストロは紙に書くだけ書いて、束ねて木板に釘で打ち付けて保存している。
あれはあれでいいかもしれない、などと毎回思うが、そんなに都合のよい木板が一般家庭に転がっているとも思えないし、結構音も大きい。打ち合わせの後に担当者の名前を叫びながら釘を打っているところを目撃したこともあるので、私が帰った後に同じことをされていないといいな、と思いながら、出されたまま手つかずだったお茶を飲んだ。
あまりにも木板を見ていたせいか、終わった? と近づいてきたクロストの父親であるロイコクロが、ふむ、と目を細めている。
アストロが二人の視線に気が付いたのか金槌を持ったまま笑った。
「視線が熱い! 俺に触ると殴打されるぜ?」
とんでもない動機の猟奇的殺人犯がいるものである。
ロイコクロが苦笑いを浮かべ端材の箱を物色しながら言う。
「道具は人に向けて使ってはいけないよ?」
そういうこの人も一年前までは息子をボコボコに殴っていたのだから笑えない。
スティ自体それを目撃したことはないが、何度か酒瓶で殴っているとも聞いた。
ロイコクロは薄い木板とそれより一回り大きい厚い木板を取り出して、薄い木板に長めの釘を貫通させてそのまま止まるまで押し込む。
パチンとアストロが指を鳴らした。
「ああ! 打つんじゃなくて刺す?」
スティは何を不穏なと半眼でアストロを見るが、アストロは楽しそうに立ち上がって、
「下が重いほが安定すっしょ。鉄板のがよくね?」
と、手近にあった鉄板を魔法でぐにゃぐにゃと整形し始めた。
「それはどうやっているんですか?」
今一つ魔法の属性が分からずにスティが訪ねると、鉄板を千切って手渡してくる。
「思い込み? 鉄、土じゃん?」
受け取って、
「土魔法という事ですか? あまり使わないですよね……」
意識して土魔法を発動させれば鉄板はすぐにぐにゃりと形を変えた。
「ちょ、すごっ」
アストロはケラケラと笑いながら、魔力制御が上手いね、などという。
そういう事は言われた事がないけれどと、スティは手で鉄板を揉みながらどうして出来るのだろうかと首を傾げた。
魔道具師には必須技能らしく、土魔法を使いまくっていれば出来るようになるらしい。
趣味は園芸? と聞かれたが、心当たりもなく困惑していたので曖昧に頷いておいた。
アストロはロイコクロから釘の刺さった木板を受け取って、釘の頭を隠すように鉄板を貼り付けて机に置く。
「良さげ?」
楽し気に笑っているが、テーブルから釘が生えている様にしか見えず、とても危なそうに見える。
その釘にメモ帳を刺し始めてようやく意図が伝わった。
釘を刺すのではなく釘に刺すということかと、スティは感心する。
自分の察しの悪さは金槌が印象深かったせいだと心中で誰にともなく言い訳をし、それを使用する場面を想像するが、どうも上手く行かない。
「なにかを書いた紙を刺して保管していくって事よね? でもそれだと新しいものが上に来てしまって古い方が読みにくくないかしら?」
後で見る事を考えるとやはりメモ帳の方が便利である。
「俺の場合作業メモだから、下から引き抜いて作業してポイ」
「追加の作業とか資材待ちで作業が止まった場合はどうします?」
「加筆して刺すんじゃね?」
「順番は変えられないわよね?」
「そーれーは、メモ帳も一緒っしょ?」
「あと致命的に危ない」
「それなら」
ロイコクロが手にしたままだった厚めの木板をゴスッと釘に刺した。
「あー、蓋ねー」
「外したら絶対に紛失する自信があるのですけれど」
「紐でもつけるか……」
「こうパタパタできん?」
「支柱つけて蝶番?」
「ちょっと待って。利用目的は?」
「えー、俺は使うけどなぁ」
そんな馬鹿なと思う事もあるが、こうやってちょっとした時間に新商品が出来てしまうのでスティにとって工房は楽しい場所である。
最近は必要に迫られての制作が多かったので、二人にとっても良い息抜きの様だ。
「そういえば昨日からウチの子が暴走しているんだけど」
ふと、ロイコクロは遠い目をしながら言う。
「クロット? 暴走って?」
手遊びのように鉄板を色々な形状に加工しながらアストロが聞いた。
「そう。寝食を忘れて本を読んでいたね。声をかけても上の空で」
ロイコクロは少しだけ寂しそうである。
「……それがクロストの普通では?」
スティの知るクロストは大体そんな風だ。
「いやぁ、最近はとんとだったんだよ。なにか読んでいても声をかければ途中で止めるし、帰ってきてからは食事もしていたんだよ。寝る時間だけはまちまちだったけれど、冒険者の人って野営だと二時間置きに寝たり起きたりするって言うだろう? その癖でも付いたのかなぁと思っていたのだけれど」
「寝てはいたんだ?」
びっくりしてアストロが聞き返すので、認識は間違っていない様だと、スティもロイコクロを見る。
「寝てたしちゃんと起こせば起きるね、最近は。今日からは分からないけど」
「へー。つか逆にここ最近が暴走してて普通に戻ったんじゃね?」
小さい頃から知っているせいかアストロはそんな事を言い、ロイコクロも頷いた。
「まぁマイペースな子ではあるよね。周りを心配させるしご迷惑もかけるからそこは改めて欲しいんだけど、お前が言うなでしょう?」
息子が息子なら父親も父親なマイペースぶりである。
度々返答に困る事を言うが、アストロは気にしない。
「ロイは頭がぶっ飛んでたじゃん。限界の線引きはしてっし大丈夫でしょ、クロットなら。先にペルオ辺り世話焼くかもだけど」
「ペルオ君に何されても諾々と従うよね、あの子。ああいうのも甘え上手って言うのかねぇ」
「それな!」
パン屋のペルオにはスティもお世話になってはいるが、非常に人の状態を見るのが上手いのだ。
配達のパンの種類を前日の顔色で選んで来る。
あれ、私も諾々と従っている様な気がするな、とスティは文句もなく寧ろ嬉しく食べてきたパンを思い返し、甘え上手なのではなくてペルオがお母さん気質過ぎるのでは? と呟いたが、二人に拾われる事はなかった。
「逆だとしたらなんで暴走してたのかなぁ」
代わりに、仕事に戻りながらロイコクロが呟いた一言が耳に残った。




