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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
終章 読者と作家のリセットマラソン

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03 上書き修正


 図書館を出たスティは、そういえば茶葉が欲しかったのだと、家とは逆の方向にある道具街に進路を決める。

 宝くじ売り場の前を通り、クロストからどうせ当たらないと栞代わりに貰った宝くじが当たっていた事を思い出す。

 借りただけと主張して返そうとするスティと、譲ったもので自分も連番購入で後賞は取れたと受け取らないクロストでもめ、最終的にすべての当選金を半分づつにする事で決着した。

 思い出してみるとどうして受け取ったのか謎である。

 その時の自分を問いただしてみたいと思いながら、不動産屋の前を通り、そういえばここにもお世話になったなと思い出した。

 家の近くの不動産屋と違う物件があるだろうとついでに立ち寄ったのだ。

 店先に貼られた情報は、相変わらず周辺の物件だけではなく幅広い。

 たまたま気に入った物件がクロストの家に近かったのは幸いだった。

 一度クロストの店に遊びに行った時は、サイン会になってしまって、後からジェンスに嫌味を言われたな、と、スティは苦笑いを浮かべる。

 気の良いご近所さんが多く、紹介してもらった人も多い。

 今や副業の相棒とも言えるアストロにも出会えた。

 工房を立ち上げる際にクロストの父親を紹介された時は驚いたが、アストロに親子の関係性を聞いて、工房を住居にされては困るからと、クロストの家の改修工事を進めて同居させたのは我ながらどうかしている。

 思わず手が出たというのもあるが、当選金を少しでもクロストの為に還元したいという思いもあった。

 もっともクロストの父親の家具作りの腕も素晴らしく、工房に行けば居るので、スティも度々仕事を依頼する関係になっている。自分の為にも良かったと言えるだろう。

 おかげで魔獣騒動の時には保護対象として王宮に呼ばれると言う、大変有り難いが非常に困惑する事態に見舞われた。

 騒動が落ち着いてから自分が何故保護対象になったのかは理解出来たが、それでも恐れ多い出来事だ。

 キドニーは今後必要最小限の魔石を輸入するにとどめ、国民は魔石を利用しない新しい道具を活用するように、と発令されたのは半年前のこと。

 魔石の価格を上げ、量産工房を立ち上げて、殆ど配るような価格帯まで下げて、これから国民に普及する様である。

 スティにもアストロにもあまり知識がない為、王宮が用意したという有識者の介入はあったが、あまり生活は変わっていない。

 工房はどちらかというと試験場や研究所扱いのようで、相変わらずスティは無責任に思いついた道具を告げ、アストロが面白がって作り、有識者の方が回収、量産化可能になったものが試用扱いで戻ってくるといった具合だ。

 そういう生活に実は疲れていたのかもしれないし、お金に困らない状況になったせいかもしれない。なんとはなしに作家業は休業していた。

 細々となにかしていたような気もするが、あっという間に半年がたってしまったのだ。

 そろそろ本業に戻らないと、と、重い腰を持ち上げての今日である。


「眠気がよく飛ぶ茶葉と、飲んでも眠れる茶葉を下さい」


 到着したロジン茶房で意気揚々と告げ、


「味じゃなくて効能で注文するんだな……」


と店主に呆れられながら購入した。

 ふと気になって質問してみる。


「味とか産地以外の頼み方って他にありますか?」


 店主は首をひねってから、ぱっと思い出して言った。


「茶葉の加工方法で注文してくるヤツが居たな」


「世の中には変な人もいるものですね」


「お嬢ちゃんそれより分かってるなら味か産地で注文してくれよ」


 スティは笑ってごまかしてロジン茶房を後にする。

 斜め上の発言ばかりする主人公というのも面白いかもしれない。

 久しぶりに感じた書きたいと言う欲求に頬を緩ませ、足早に自宅を目指した。




***



 クロストは三冊ほど読み終えて戻しに行った際、あまりの読んでいない新刊の量に書棚の前で固まった。

 顔見知りの司書が心配げに声をかける。


「大丈夫ですか?」


「……ちょっと、あまりにも読んでいない本が多くて……」


「え? ここ新刊の棚ですよ?」


 司書にも新刊は読みつくしていると思われているクロストである。


「ですよね。ちょっと本の仕入で旅に出ていて……」


「まぁ! そうなんですか? なにかよい本と巡り合えました?」


 旅という単語に魅かれたのか、司書は顔を綻ばせた。


「はい。何冊か図書館に寄贈したいと思った本もありましたよ。状態が悪いので修復してからになると思いますが、一度詳細を届けますのでご確認頂けると嬉しいです」


 司書は嬉しそうに頷いて、お待ちしていますね、とクロストを見送った。


 旅先では一日中動き回る事が多かったので、ここしばらくの引き籠りで体が硬い感じがする。

 クロストは家まで歩くかと空を見上げた。すっかり癖になっている。雨の心配もなさそうだ。


 スティと出会ったのは二年前だったか、当初は名前だけを聞き、家名を告げられなかったので作家だとは思わなかった。

 それでも同じ名前の作家の事は知っていたし、冒険小説家にいたなぁなどと帰宅してすべて読み返した。改めて読めばやはり好きな文体で、圧倒的な主人公に鼻白む部分もありはしたが、あの子がこの作家なら分かる気がするな、と、楽しそうに自分の話を聞いてくれたスティを思い浮かべて好感を持った。

 今では改革の発明家などと言われている彼女は、今も、作家だと分かった時も、全く態度を変えることはない。

 そういえば宝くじが当たった時はちょっとした言い争いに発展したっけ、と、クロストは眼鏡を押し上げる。

 近所で顔を見るようになって、越してきたと聞いた時は驚いたが、あっという間に自分の周りの人間と仲良くなり、アストロの出資者になった時はそれよりも驚いた。

 もっともその後で、父親と強制的に同居させられた時の方が更に驚いたのだが、あの小説を書く人なのだからと納得もした。

 人を驚かせる女である。本人は嫌がりそうだが、小説の主人公は案外スティ自身がモデルなのかもしれない。

 ああ、当選金を少しでも返したいと言う思いもあったのかもしれないな、と思い返して、思い至った。

 父親もあれ以来すっかり落ち着いて、こんな事ならもっと早く一緒に住んでいればと思う程だ。

 魔獣騒動の時、魔力枯渇で倒れて医務室に運ばれ、度重なる不摂生でそのまま入院していたと聞いたが記憶がない。なにかの病気ではなかったようで、ただ眠り続けていただけらしいが、自分が一般人だからか国から見舞金も出た。

 いつだったか道具街でスリを捕まえた時も思ったが、不摂生で倒れると言うのもなんだか情けない。地に足がつかないような日も続き、思い切ってロイドに相談をして所属する冒険者パーティ―に同行を願い、旅を決めたのだ。


「お、クロスト、久しぶりだな!」


 向かい側から歩いてくる治安維持会の巡回員が手をあげて声をかけてくる。

 クロストも軽く手をあげて答えた。


「お疲れ様です。暫く旅に出てたので」


 立ち止まって道の端に寄り、少し話をする。

 父親との関係を心配しているのだろう、


「聞いてるよ。最近どうだ?」


という大雑把な投げかけに出来るだけ明るく返した。


「父なら落ち着いていますよ。修復の仕事より家具や道具作りの方が忙しいみたいで、殆ど工房にいますけど、おかげで誘惑もうっかりもないみたいで」


 言外に酒という言葉を含ませれば、巡回員はバリバリと頭をかいた。


「いや、お前の方だよ。ロイは定期的に面談してるから知ってる」


 言われてみればとクロストは苦笑した。


「僕はまあまあですかね。最近はそれなりに人間らしくしてますよ」


 長年の習性のようなものか、自宅に戻った途端に寝忘れてはいる。それでも食べたり飲んだりはするようになったので、傍目にはかなり元気そうに映るはずだ。


「そうか? それなら良いけどな。本屋はいつから開けるんだ?」


「来週位ですかね……」


 まだ届いていない本もあるのだ。新刊もいくつか読まないと不味い。


「夜勤の時にいつも開いてた店が閉まってると不安になるもんでな」


 ニカリと巡回員は笑い、


「また暇な時にでも顔をだしてくれ」


と背中を叩いて巡回に戻って行った。

 父親の行動の後ろめたさと、自分の眠れない時間の暇つぶしに行っていた奉仕活動は結構役に立っていたようである。

 ちゃんとするようになれば顔を出す時間もないような、と考えてハッとする。


「うわぁ……」


 店の再開に向けて各出版社に新刊のリストを送って貰ったのはいいが、スティが契約しているハモンド社からは作家向けの翻訳仕事も請けていたのだ。

 それこそ寝ない日の暇つぶしにはもってこいの仕事ではあったが、請けるなら睡眠時間は削らなくてはならないだろう。

 そういえばリリーから落ち着いたら健康診断に来いとも言われていた様な気がする。

 ロイドが迎えに来ないので、ロイド達から話を聞いて問題なしと判断されているのかもしれないが、店が始まってからではなにかと忙しそうだ。先に顔を出して済ませてしまった方が良いかもしれない。

 いや、そもそも薬師であって医者ではないのだから健康診断にこいと言うのはどういう事なんだろうか?

 眼鏡を外してかけなおし、改めて空を見ればもう良い時間である。


「今日は食材を買って帰って、新刊を読んで、父さんが帰ってきたら風呂に入ってもらって夕飯にして、ああ、図書館に寄贈したいと思った本を先に……」


 クロストはブツブツとやらなければならない事を呟きながら歩みを再開させた。

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