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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
終章 読者と作家のリセットマラソン

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02 リセット


 図書館前のベンチ、どちらかが先に座って待つのだろうと思っていたが、図書館の敷地内に入った所で二人は顔を合わせた。


「クロスト!」


「スティ?」


 丁度反対側の道から歩いて来たので気が付かなかった。

 そのまま並んで歩いて図書館の中に入る。


「そういえば予言の書! クロストにも読んでもらいたかったのだけれど、急ぎで配らなくてはならなくて、手元にないの。ごめんなさい」


 移動中の話はスティからの謝罪から始まった。

 クロストは嫌な顔をしてスティを見る。


「内容は知ってても文章として読むのと知ってるのは……まぁ良いや。急ぎって?」


 食い下がらないクロストに寂しさを感じながら答えた。


「ハーツ国の大雨があるでしょう? 続けての災害になるし出来るだけ早く知らせたくてエステル様に相談したのね?」


「大賢者様に気安すぎない?」


「話すにあたって端折っているだけでそれなりに面倒だったわ。クロストだって繋ぎの四つや五つ思い当たるでしょう?」


「まぁそうだけど。それで?」


「適当に置いても発見されるか分からないし、出土品として配ろうという話になったのね? ほら、私たちも国の庇護下に置かれてる状態でしょう? 写本させて恩も売った方が良いという話になって、最終的に各国ごとに分散させて書いたものを国際会議の議題に持ち込んで頂いたのよ」


「先月あったらしいね」


「そうなのよ。だから私も大急ぎだったわ」


「戦争系はどう処理したんだ?」


「わかる限りで避けられそうならそのまま書いたわよ。婚姻結ぶべからず、とか、騒乱の火種となりし槍は闇に収めよ、とか。もっともらしく嘘も盛り込んで」


「ええ。やっぱり読みたいんだけど」


 絶望的な顔をするクロストに、スティはふふんと誇らしげに笑む。


「エステル様が写本を管理されているわよ」


「敷居が高い」


 クロストは苦笑いで答えた。


「そのうち読みやすく現代語訳されて図書館に並ぶわよ。さて、」


 館内は空いている時間帯で、皆が穏やかに本を選んでいる。

 ぐるりと周囲の様子を見渡してスティは首を傾げる。


「どうしましょうか?」


「初めて飛ばされた時の席でいいんじゃないか? お互い適当に本を選んで読んでれば話しかけてくるだろ」


「そうね……私、お料理の本を読みたいからあっちへ行ってくるわね」


「は?」


「安心して。仕事用よ。そっちは何を読むの?」


「適当に新刊でも見てくるよ」


「はい?」


「入荷用に確認はしたけど未読」


 お互いを驚かせながら分かれ、各々が本を手に閲覧室で落ち合って、席を一つ空けて並んで座る。

 軽く視線を絡ませたが言葉は発さなかった。

 頷きあって本に手をかけた時、空けた席にスッと一冊の本が差し出されて開かれる。

 振り返る間も、何かを言う間もない早業だった。




***




 テーブルにはお茶とお菓子が置かれている。

 悪趣味な人形は置かれずに椅子も二つだけだった。

 向かい合わせに座ったクロストとスティは、いつもの様に頷きあって、スティが声を出す。


「お久しぶりです、で良いのでしょうか?」


 返答はすぐにあった。


「そうだねぇ。いらっしゃい、二人とも。待ってもいなかったけど」


 変わらない口調にクロストはため息を付く。


「待たれても困りますよ」


「呼びつけてびっくりさせる方が好きだからねぇ。そっちから来られるとちょっとドキドキしちゃう」


 クスクスとスティは笑う。


「訪ねた理由はお判りでしょうに、ご冗談を」


 変わらない悪役のような笑顔である。

 クロストはなんだか居た堪れない気持ちで視線を逸らした。


「まぁ神様だしねぇ。それは分かるけど。ちゃんと君たちの口から聞きたいかな。前回の報酬が決まったって事で良いんだよね?」


「はい」


「二人で一つだからね」


「承知しております」


 スティが相槌を入れ、それからクロストが会話を引き継いだ。


「僕とスティの記憶を消して欲しい」


「それはいつからいつまで?」


「一度目の入れ替わりから今日まで」


「君たち二人が部分的に記憶を喪失するって話?」


 神様から抑揚なく矢継ぎ早に質問されてクロストは戸惑う。

 対応を間違えると大変な目に合うのだ。

 不安に気持ちが揺れてスティを伺えば、軽く頷いている。

 少なくとも二人の間では問題は無いようだ。

 細かく話をしていないが、十年も二人で一人の人間だった経験がある。半年離れてもなお、お互いを分かっているような感覚は抜けなかった。

 だからこその願いでもある。


「逆ってこと? 神様の使者がいたという扱いで、それが誰かは分からないみたいな状態?」


 黙っている二人に神様が聞き、クロストはかぶりを振る。


「僕らか、周りか、どちらかの記憶しか消せないというなら僕らの記憶を消して欲しい」


 スティはクロストに向けて頷いた。


「そうね、なにかと察しの良い人たちだし、大丈夫だと思うわ」


 神様は対して興味もなさそうに聞く。


「決意も固く? まぁ両方消せるけどさぁ。別にそう変わらない結末だと思うよ? 運命なんてそう出来ているわけだし?」


「変わらない結末といいますと?」


 スティが首を傾げて質問すれば、神様はこともなげに言うのだ。


「命は尽きるよ」


 二人はそろって大きくため息を付いた。

 人間など生きて死ぬ生物である。寿命で死ぬか運命に死ぬかは人間の感覚なのだろう。その寿命もまた運命と言われれば確かにそうである。


「神の使者でも普通に死ねるんだな」


 嫌味交じりの殆ど独り言に、神様は笑いながら言う。


「ははは! 生贄にして糾弾させて民衆を扇動するってのもあるけどねぇ!」


「なんにしろ、色々分かってるのに質問してくる意味は?」


 口調がきつくなってしまう。これはあと少しで消える記憶への焦燥だ。


「君たちの口から聞きたいって言ったじゃないか。それだけだよ。最後に言いたい事があれば言っておいたらどう? どうせ君たちは忘れるけどね、あはははは!」


 殊更楽しそうに告げる。人間なら、言外に寂しいという気持ちが隠されているのかもしれないが、神様のそれになにが隠されているのかは分かりようもない。


「色々と、加護があったんだろうなっていうのは分かったけど、それにしたって扱いは酷かったと思う」


「他にもっと優秀な人がいらっしゃるでしょうにとは度々思っておりました」


 最後に言いたい事が神様に対する愚痴なのかと、神様は暫く笑った。

 二人は黙して語らず、ただ視線を絡ませてその時を待つ。


「ああ! 非常に残念だよ! 自分だけが知る歴史なんて妄言みたいなものだろう?」


 笑い終えた神様に、二人は揃って感謝を告げる。

 これが最後のきっかけだ。


「「ありがとうございました」」


 ふん、と神様はすねたように鼻を鳴らしてから言うのだ。


「どういたしまして」


 はらはらと光が降り、その願いは実行される。


 一度目の入れ替わりから今日までのクロストとスティの記憶が消失した。




***




 パタリと本が閉じられる。

 すっとその本を持ち上げて司書は立ち去った。

 お互いから見て本の向こう側にいる相手と目があう。

 パチパチと瞬きをして、先に声をかけたのはスティだった。


「あら、クロストじゃない。気が付かなかったわ!」


 クロストは嫌そうな顔をしながら眼鏡を押し上げる。


「僕も今気が付いた。それより今の本なんだった?」


 スティは司書の後ろ姿を目で追いながら首を傾げた。


「何だったかしらね? 視界の端に動くものがあったのでつい見てしまっただけなのだけれど」


 クロストもなんとなく司書が歩いて行った方に目を向けながら言う。


「僕も。装丁が古い感じだったけど……」


「気になるなら聞いて来ましょうか?」


 スティの提案に、クロストは視線をスティへ向けて答えた。


「ああ、いいよ。覚えてたら後で自分で聞くから。ありがとう。そっち仕事だろう?」


 料理はしないと聞いていたスティが料理本を読んでいる。

 クロストは仕事で知識を入れていると判断して口に出した。


「ええ。そっちは……何事なの?」


 クロストが手にしているのは新刊である。

 基本的に仕入前に献本で読みつくしているので図書館で新刊を読むことはないはずだと、スティはもともと傾いていた首を更に傾けさせた。


「入荷用に確認はしたんだけど、読んでもないのに冊数を決めたんで今ちょっと焦ってる」


 スティはくすくすと笑う。


「じゃあそっちも仕事なんじゃない。気を逸らせたみたいでごめんなさいね」


「いや、別に」


「あ、ちなみに、料理本でおすすめってある? 基礎知識だけ入れておきたいのだけれど」


 それなら、と、クロストはいくつかの本を紹介し、スティは借りられそうだからと席を立った。

 軽い別れの挨拶を交わして、それぞれが思う。

 図書館で知り合ってもうすぐ二年、お互いに何かと縁がある。

 大きいところでは、スティが大家になっている工房は、アストロの紹介でクロストの父親にも貸し出しているし、クロストは仕入先の出版社で契約作家向け資料の翻訳を行っているが、そこはスティが契約している出版社でもある。

 おそらく図書館で知り合わなくても別口で知り合っていたと思われた。

 気も合い、言いたい事を言い合える関係ではあるが、その域は出ない。

 一時期スティから詰め寄ってはみたが、するりと交わされている。

 実はクロスト側からも距離を詰めようとした時期はあるのだが、忙しい時期だったので諦めた。

 たまに話をするくらいの今の距離感が一番楽しいのだろうと各々で結論付け、次に会った時に話す本に思いをはせるのだった。

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