20 神様の使者がもたらしたもの
それから二人、別々の場所で、知っている未来のフラグを折り続けた。
「エステル様、あの魔獣は殺さず見過ごしてください!」
何かを失敗してもやり直すことが出来ない現実は、痛い。
「ロイド、後三ヵ所でリリーの血液量の限界!」
繰り返しで経験した事は無駄ではなく、一般人にしてはよくやったと思う。
「嬢ちゃん伏せろ!」
言いながら抱きかかえて守ってくれている冒険者は、腕に縫う程の傷を負っても笑って褒めてくれた。
「よっしゃ、よく動けたな!」
一年後にその冒険者が死ぬ姿を見た記憶がある。
「土壁!」
少しでも役に立とうと、出来る事はすべてやった。
「助かった! 魔力残量は?」
自身の状態を正確に把握できないだろうと、気をやって確認してくれた兵士は、二年後に国に裏切られて同僚を殺して、殺される。
「七分頂戴! 魔方陣を書くわ!」
その場から移動する為だけの使い捨ての魔方陣をいくつも書いた。
「西北に誘導して一時退避!」
被害の少ない地域を見捨てた。
「あ。ベロウズの密偵だ。ちょっと殺してくる」
情報を持ち出させないために手を汚す覚悟もあった。
「お前がやると国際問題になる。何とかしとくからなんで殺さなきゃならんのか説明しろ」
専門家が替わってくれた。
「右、右、左、後、左、前、右、後、後、上」
魔獣が出てくる順番を知っている場面にも遭遇した。
「火矢、火矢、火矢、火矢、火矢、火矢、火矢、火矢、火矢、火矢! 出てくる場所が分かってりゃ楽勝だな」
すべて殲滅してくれた。
「あの死体は燃やした方が良いです」
遺族に恨まれても仕方がない選択もした。
「識別証は回収しても問題ないか?」
まだまだ知らなかった事もあった。
「ごめんなさい、足が震えてしまって……」
慣れぬ現場に疲労し歩けなくなった。
「これとこれとこれも飲んで。そうしたら運ぶから少し寝てていいぞ」
貴重な数種の回復薬を分けてくれて安全な場所まで運んでくれた。
「……ちょっと、駄目かも」
身体中に細かい怪我を負い、万全でない体調が視界を歪ませることもあった。
「悪りぃな」
聖女は指先をナイフで突き少しだけ出た血液を指ごと口に捩じ込んで癒してくれた。
その後の惨状は言うまでもないが、ケラケラと笑い声が響くほどには状況は良くなっていた。
そうしながら知っている未来のことをすべて話し終えて、少なくともキドニー側が平時の人員配置で問題がなくなったのは二日後の事。
「父上たちもブレイン側に出張るらしいんで、後はヨユーだと思うぜ?」
寝室ではなく、店舗の処置室で横になったリリーが言う。
「聖女っつっても、出血多量じゃなんの役にもたたねぇってんだから参るよなぁ。まぁ、今回の事で、あんま当てにすんなってのは喧伝できんだろ。王族が瀕死とかはねぇんだよな? 流石に今そんなんで呼び出されたら死ぬ」
スティが頷いて、既に伝えているリリーが死ぬ原因を改めて口に出した。
「ありがとう。気をつける」
目を伏せて神妙に礼を告げたリリーは、悪いようにはしないから後はジギに従ってくれと言い、ジギを呼んで、二人は促されるまま処置室を出た。
リリーの側で手を握り座っていたロイドは監視役ということだがそれ以外の関係でもあるのだろう。
握った手を祈るように見つめて微動だにせず、最後まで何も言わなかった。
もしも祈っているとしたら、何に祈っているのだろうとスティはふと思う。
幾度もロイドが死ぬ場面を二人は見た。全てリリーが関わることであったが、死にたくなければ離れた方がいいと言う言葉を口に出すことはない。
***
ジギの案内で連れ込まれた先は王宮の端。
監視、隔離された棟だった。
勇者パーティーもこちらを半住居にしており、不自由はないと思うがと、手早く世話係を紹介された。
「今日のところは診察を受けて休んでくれ。明日の昼に状況報告を入れに来る」
それなりに忙しいのだろう、言うなり姿を消した。
相変わらず目に見えない素早さである。
世話係が最初に案内したのは風呂場だった。
一般家庭のものより少し大きい程度で、勇者パーティーの希望で昔からこうなのだと解説をする。
その代わり脱衣所と風呂場を一部屋として六部屋ほど並んでいた。
お互いから一番離れた部屋に案内された二人は心底安堵して薦められるがまま風呂に入った。
着替えも庶民的で清潔なものが用意され、それぞれあてがわれた部屋で王宮医による健康診断を受ける。
怪我や体調の確認と、質疑応答による精神状態の確認も行われ、それから食事をしてゆっくり休むように言い去っていった。診断結果は特になかった。
食事も部屋に持ち込まれたため、二人はバラバラだったのだが、スティがクロストは私の顔を見ないと食事が出来ないと思うと主張して、クロストの部屋へ合流した。
案の定というか、クロストは食事を片っ端から燃やしている最中で、世話係を困惑させている。
スティはすぐにちょっと止めてと告げ、自分の分を用意してもらってから世話係を下がらせて二人きりにしてもらった。
向かい合わせに席に着いているがテーブルが大きく少し遠い。
「食べるべき?」
「クロストはね」
二人にはこの状況の記憶もある。
食事に薬が混ぜられているのだ。
今晩は栄養剤と睡眠導入剤、明日の朝食には自白剤が入っている。
喋って困ることもない生粋の一般人ではあるが、誤算が一つ。
クロストは寝たら起きないのだ。昼にジギが来て、まだ眠っているクロストを見て王宮で一騒ぎまでがセットである。
「気付薬が残ってるから、朝起こすわよ」
そう言ってスティは小瓶を振って見せる。
「それ涙が出るし咽せるんだよな」
クロストは嫌な顔をした。
「お水も用意するわね」
「自白剤は?」
「今後の身の安全を考えたら飲んで洗いざらい喋った方がいいのでしょうけれど……世間話程度に一応伝えてはあるのよ、自白剤を飲まされる話は」
「……だと朝からエステル様が乗り込んできて僕たちは回収されるんじゃないか?」
勇者パーティーは別に忠誠心で動いているわけではない。
簡単に言えば良い人の集まりなのだ。
全てを国に報告しているわけではなく、例えば魔法陣の起動方法はいまだに知られていない。
洗いざらい話すことで迷惑をかけることもあるのだ。
「証拠が欲しいなら自白剤を飲まされるところまでは待つような気もするのだけれど……」
「紙とペンを貰おうか。スティが執筆しないと落ち着かないとかでちょっと多めに貰って、エステル様に連絡を取ってみよう」
魔法陣を書くのも起動させるのも慣れたものである。
「ねぇ、ついでに予言の書を書いても良い?」
ふとスティは思いつく。
様々な分岐を選び、それでも変わらない未来というのは存在する。自然災害だ。
クロストは頷いた。
「交渉材料にもなるだろうし、朝までに書けるところまで書けばいいんじゃないか? 手伝うし、一番に読んでいいんだろう?」
スティは破顔する。
***
神様の使者として認識されて動きやすくなるという神の御告げは正しく効力を発揮したようで、本当になんの抵抗もなく物事は進んだ。
エステルは朝食前に現れて、神様の使者から恩恵が受けられなくなるので、人間の裁量で思い通りに動かそうとしてはいけないと、直接王様に進言したと言う。脅したの間違いだ。
仕方がなくスティが相応の雰囲気を醸し出しつつ、それらしい言葉選びで、それらしく書いた予言の書を国に進呈した。
クロストはただ斜め後方に佇んで見守っていただけだが、大変意味深に見えたらしい。
ジギに笑いを堪えるのが大変だったと恨み言を言われたが、仕方がない。
避難所から人々が戻り始めても、二人はしばらく王宮に足止めされていた。
心配した親兄弟、近所の人へは、リリーに頼んで手紙を渡してもらう。王宮の使者が上手く説明をしたらしいが誰一人として信じなかったと言うのだ。手紙のおかげで王宮に乗り込まれずに済んで良かったと、リリーが真剣に言うので、どこかで誰かを言いくるめてくれたのだろうと感謝を告げた。
エステルとは、起こった現象と再現についてを話した。
妻のアマリリスも交えて四人で話をすることが多かったが、他の人へ聞かせられないような内容ばかりで、最後にはアマリリスが二人を励ましてくれたので、本当にいてくれて助かった。
転送魔法というのは全く難しい魔法ではないそうで、水魔法は近くにある水を手元に転送させているだけであると説明されて、そう言われてみれば、と納得してしまったのがいけなかったのだろう、嬉々として説明される内容は正直今回の件とあまり関係がないようにも思えたが、スティにとっては面白いものだったようだ。
次回同じように繰り返しが起きた場合、転送陣でエステルに連絡を入れれば、強制的にそれを解除して対応にあたることも可能と言うことだった。
今のところ本と同じ機能の魔法陣は書けないが、いつか成功させるつもりではいるようだ。
人類で一番神様に近いのかも、というスティの感心した言葉に、
「神様は作るだけ作って見守っているだけでしょう? 超えられるものなんだと思いますよ。理論上はね」
と、普通に答えていた。
この人ならそのうち神様になりそうだと二人は思う。
それからやはり普通の生活にはすんなりと戻れなかった。
国からよくわからない内容で現金を貰えたので、生活には困らなかったが、周囲の人々との感覚のズレのようなものを修正できなかったのだ。
スティは半年間の休止を告げて完全に執筆活動を止め、クロストは仕入れのため国外を放浪中として店を閉めた。
アストロとクロストの父親が借りている作業場は完全にスティの名義に書き換えた。
クロストの父親の方が住んでいたりと使用する比重は多かったのだが、入れ替える形にし、クロストが留守の間に本屋に住んでもらうことにしたのだ。
本格的に街を出る日、護衛はリドの冒険者パーティーで、見送り側にはリリーもいた。
「渡したリストの薬草及び種はマジで即確保な?」
横でロイドは頼み事をされていた。
しんみりすることもない。
たかだか三、四ヶ月のちょっとした旅行である。
クロストはスティに聞いた。
「そっちは?」
「予言書の続きでも書こうと思っているわ」
「帰ったら読めるやつ?」
「読みたければ早い帰宅をお待ちしております」
ぎゅっと握られた手は暖かで、クロストは笑って返す。
「まぁ、寂しければすぐ帰れるけど」
「気軽に使うと怒られるわよ」
「魔石もないしね」
「クロスト、順番呼ばれてるぞ!」
リドが大声で呼んでいる。
出国手続きの順番が来たようだ。
もう一度お互いの意中の人を抱きしめて告げた。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
***
第四章 完




