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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
第四章 守られて救う世界

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79/102

19 どうであれ流されているうちに終わって始まる


「記述なんですが、……これと……これと……これも……試してダメでした」


 さらさらと魔方陣の一部を紙に書きつけて、スティは隣のエステルに見せながら言う。

 入れ替わり生活は見聞きしたことを記録する術がない。なるべく一度で覚えるようにした。忘れてしまっても繰り返してしまえたり、どちらかが覚えていれば教えてもらえるので、いくらか甘えてしまった部分もあったが、気付けばできるようになっていた。

 必要に迫られると能力は正しく向上する。スティが家事を苦手とするのは必要に迫られていなかっただけなのかも、とはクロストの言だ。

 意外と得手不得手というのは本人の資質よりも環境の方が影響を及ぼすのかもしれない。

 魔方陣を学んだわけではないので意味までは理解できないが、エステルが書き上げたものはすべて覚えている。

 五回目の挑戦。

 新しい分岐に、クロストもスティも夢中で分かれ道を拾っていた。


「成功したら是非どのように失敗したのか教えて頂きたい。では次はこれで試しましょう……」


 リリーの自宅用玄関。

 ジギは椅子に座ったまま眠り、クロストとスティは直接床に座って、クロストの膝の上で開かれた本を眺めるように眠っている。

 全員、動かすことも、起こすこともでないが、呼吸は確認できた。

 本は白紙の頁が開かれており、思い返してみれば光るばかりで本に書かれていた内容の記憶がない。

 エステルが足元に広げた紙に、所々修正を重ねながら魔方陣を書ききった。

 転送の魔方陣に似てはいるが、手順が多いのだろう、より細かいものだ。故に一度に試せるのは一種類のみ。

 それでも速度超過の魔法を駆使し、これまで書いてきた経験から時間に余裕は作ってくれている。

 最後の文字を書きり、軽く魔石を押し当てて、魔方陣内の文字や線がすべて薄っすらと光るのを確認して一つ頷いた。


「お待たせしました。魔方陣にお入りください」


 エステルは魔方陣から出て、入れ替わりにスティが魔方陣の中心に立つ。

 気が散るからと、他の面々は台所からこちらを伺っている。

 ここで毎回リリーと目が合うのだ。

 最短でここまで進めているため、あまりリリーとは話をしていないが、恐らく毎回同じ気持ちなのだろう。どこか挑戦的で、それでいて今にも泣きそうな顔で、両手を握って立っている。

 体はロイドのものだ。二人がどういう関係なのかはよく分からないが、仲は良さそうなので、スティは毎回励ますつもりで微笑んだ。クロストはすぐに目を逸らすのだが、それはそれで二人らしいとも思う。

 たったこれだけのことでも未来は変わるのだ。

 どちら”が”正しいか、どちら”も”正しいか、それは終わってみなければ分からない。

 ここで諦めてしまったらどうしたって未来は少し先までしかないのだ。


(失敗しても大丈夫。今回の変更点も覚えたよ)


 クロストの声が聞こえた。


(ありがとう)


 スティは声には出さずに答えて、リリーから視線を移してエステルを見る。

 目が合って軽く頷きあうと、エステルは魔方陣に手を置いて唱えた。


「sudo apt install」


 低く告げられた後、魔方陣の光はスティを包み込んだ。




***



「お疲れ様」


 最近では茶化すことも少なくなっていた神様の声がそう告げる。

 成功ですか? 失敗ですか? という質問はいつの頃からかできなくなっていた。

 スティは視界の端にクロストを確認してから久しぶりに訪ねてみる。


「神様、成功ですか? 失敗ですか?」


 暫くの沈黙の後、嫌そうに神様は言う。


「答えたくないなぁ」


 それで充分だった。


「クロスト!」


 スティは立ち上がってクロストに飛びついた。


「スティ!」


 クロストも立ち上がってスティを抱きとめた。


 実際の時間でいえば一ヶ月も開いていない。最後はちらりとお互いの顔を伺う程度で、その前は失敗確認で三年ほど、同じ空間にはいたが入れ替わり時と変わらないような状態だった。

 だから随分と久しぶりに感じた。

 こうして触れるのはどれ程前のことなのか、二人には思い出せもしない。


「君たちが失敗した記憶分は随分と役に立つはずだよ。それを基に問題を回避するのは君たち以外の誰かだろうね」


「それならもう呼び出されませんか?」


 スティが勢いよく訪ねた。


「どうだろうねぇ。予定だとまだ顔を合わすことになると思うんだけど」


 なんだか微妙な返しである。


「神様、音声だけで顔なんてないじゃないですか」


 渋々とツッコミを入れれば、


「そうだった! 合わせる顔がなかった! あはははは」


とようやく最初の頃のような小馬鹿にしたような声で笑った。


「まぁ、真面目な話、今回の報酬も払わないといけないしね。罰は与えてもご褒美がないなんて駄目だと思うんだけど、どぉ? いらない?」


 クロストはいらないと思って口に出しかけたところでスティを見る。

 そういえば抱き留めたままだったと、名残惜しく手だけ繋いで少し距離を取った。


「いらないと言うのは簡単だけれど、要はバランスの話なのよね。表と裏、片方に偏り過ぎちゃいけないって言う……」


 スティも特に欲しいものはなかったのか、そう言って首を傾げる。


「まぁそんな感じだよね。まだ暫くは君たちも忙しいだろうし、欲しいものが決まったら二人で図書館へおいでよ。一年以内なら叶えてあげる」


「「っう……」」


 正直に言えば、これからどうなるのかが既にうろ覚えなのだ。

 どうしてこうなったのかは覚えていても、状況までは詳細に思い出せない。

 また、感情的な部分も過ぎ去ってしまって戻れない。

 泣く程笑った事を思い出しても、あれは面白かったくらいで、泣く程は面白くないのと一緒である。

 そしてスティは何事もなく執筆活動に戻れるかしらと思っているし、クロストも本屋の営業がまともにできるのか不安に思っていた。それが伝わったのか、神様は言う。


「ああ、時が経ち過ぎ問題もあったか。精神的負荷の軽減の他に、日常生活の感覚は戻しておいてあげるよ! まぁ、暫くその日常生活に戻れるのかも怪しいんだけれどね!」


 どういう意味だと口を開きかけたところで、ぼんやりと光に包まれてしまい、最後にもう一度神様の声が聞こえた。


「それじゃあ、またね」


 少しだけ寂しそうな声だった。




***




 軽い衝撃を感じて目を開けると、リリーの家の玄関だ。

 ジギは違和感なく、スティはなんで寝ていたのだったかしらとぼんやりと、クロストは想定外の眠気と怠さに起きるんじゃなかったと、それぞれの思いで目を覚ました。

 ロイドに至っては魔方陣で転移したところで入れ替わっているはずである。

 バランスを崩して一瞬頭を揺らした後、納得がいかないという風に周囲を見渡した。


 深夜、外はまだ暗いはずだが家の中は眠りについた時よりも明るい。

 エステルの魔法のせいだろう。

 ジギは乱れた服装に困惑してからクロストが本を持っていることに気が付いて、すべてを理解する。


「俺は寝ていたという感覚だけなんだが……」


「それで良かったと思いますよ? 十年位かかったんで」


 あっさりと告げたクロストへジギとロイドが目を見張って、黙った。

 驚きすぎて言葉が出なかったらしい。

 クロストは膝に置いた本を手に取り、


「ああ、やっぱり白紙だ。エステル様も白紙という認識だったんですよね?」


と本をなでた。


「魔方陣が発動して光っているから見えないのかと思っていたわ。白紙だったのか、白紙になってしまったのかは分からないけれど、もうこの本は使えないのよね?」


 隣に座っていたスティも本を覗き込んで言う。

 崩れこそしなかったが、ただ白紙の頁が開いているだけである。


「元々魔方陣は書かれていたと思いますが……書いた後もないですねぇ」


 エステルまでしゃがみ込んで、本に視線を合わせるように屈んだ。


「スティがなにか書き込めば本になるんじゃない?」


「それ、良いわね。最初から本として装丁されている真っ白い本に日記を書くの。書き終わる頃には自伝の出来上がり」


「最初だけ気合が入ってるんだろう?」


 クロストは一ヶ月位で書くのを忘れそうだと思う。


「本人しか読めないのではないか?」


 エステルはどうやらあまり字は上手くないのかもしれない。

 少々穏やかな空気が流れそうになったので、慌ててリリーが声を張り上げながら近づいてきた。


「それはともかくとして、この後どうすりゃいいんだ? 魔方陣巡りはしちゃダメなのか?」


 ああ、そうだったと、クロストはエステルに確認する。


「取りあえず分かる未来全部話した方が良いですか? 今回の件だけの話なら三通り位オススメがありますけど」


 エステルはにこりと良い笑顔で言った。


「なにを言っているんだい? 君たちがどうしてもできなかった方法があるだろう? 片方は私に、片方はリリーに付き合ってくれたまえ。話は道すがら聞きましょう」


 すぐ死にますよ、とクロストは呟いた。

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