18 人に起こることは人に再現できる、例え神の介入があったとしても
何度目だろう。
「もう運べないくらいの重体なんだ! いくらでも治せるんだろう? このまま前線まで上がってくれ!」
リリーの腕を掴んだ兵士の手首を掴んで間に入る。
「ごめん、入れ替わってる。クロストだ」
短く告げて兵士へ目を向ける。
「聖女は怪我をしても自分で自分を治せない。前線に出て意識がなくなるようなことが起きれば死者は増えるが、君はその責任を負えるのか?」
これがリリーを前線へ行かせない手順だ。
動きを変え、言葉を変え、タイミングを変え、順番を変え、何度もやり直してきた。
前線に出たリリーが死ぬという訳ではない。
戦力不足の為、勇者パーティ―が合流する半日後まで、リリーはその場に留まるのだ。
力の使い過ぎで動けなくなったリリーに感謝を告げ、保護してブレイン国の兵士に預けるが、その後ブレイン国側は聖女などいなかったと主張する。
ブレイン国の勇者パーティ―は当然キドニー側についた。
戦場で拘束されて檻に入れられたリリーは、薬物で敵味方の区別もつかない状態だったのだろう、指定された目印の人間、つまりブレイン国側の兵士を癒し続ける道具の様だった。
そんなリリーを殺したのは母親である大魔導士アマリリスだ。
スティとクロストは、そういったいくつかの未来を一度は体験している。
失敗の確認。
それは今までも体験しているが、圧倒的に時間の長いものだった。
死亡回避ではなく、分岐選択が今回の依頼だからだろう。
得るものがなかったわけではない。
例えば聖女の力は血液だった。
キラキラと降る光の雨は目くらましの演出で、自身の血を空気中に含ませて風魔法で対象者に送るのだ。広範囲に精密な制御で行われる魔法は聖女の力ではなくリリーの努力で成立しており、急ごしらえで準備した回復薬は、血を混ぜたリラックス効果のあるただのハーブティーだと笑って教えてくれたのは何度目だったろうか。
クロストはニ十回失敗する頃にはもう数えてもいない。
前線にいくのも駄目、魔方陣で他の場所へ移動するのも駄目、精神的に参って木の上でひたすら時間を潰したこともあった。
クロストはリリーを抱き上げて魔方陣に乗る。
「!」
毎回驚かれるのにも慣れて来た。
リリーの記憶の中では、魔方陣の起動については秘匿されて二人には知らされていないのだ。
ここ数回は薬屋に戻って全員に状況を説明し、少しでも新しいきっかけを仕入れるために話をしている。
ジギと二人に関しては眠ったまま起きることもなく、動かすこともできない。
これは真っ先に告げて、起きている全員に集まってもらう。
時間もあまりなく、一通り説明をするだけでも一苦労であり、また、折角出してくれた意見も既に聞いたり実践したものばかりで、自身の苛立ちはもちろん、相手の話を遮ったり否定せざるを得ず、心苦しかった。
「このまま普通に魔法陣巡回……」
「時間切れになる。前線に連れていかれそうになった話をエステル様や国、向こうの勇者に言ってもダメだった」
「いっそ行かないとか?」
「ダメだった。書いた魔法陣周りで大量に人が死んで物凄く怨まれる」
「前線行っちゃったら?」
「戦争になった挙句、リリーは大魔導士に殺されたよ」
母親、とは言わないが、事実を口に出す。
暫くの沈黙が生まれて、クロストは軽く息を吐いた。
「どの道今回はもう無理だから、出来るだけあり得ない意見を述べてくれると助かる」
「ありえないっつーと、逆に抵抗する人間はミナゴロ……」
「試したけどダメ。黙らせる方法は一通り解明してるから抵抗する人は気にしなくていい」
「は? クロストが殺したの? スティ?」
「僕もスティも殺してるよ。ごめん、時間ないから進めてくれる?」
この後に及んでとも思うが、なるべく考えたくはないことだった。
傷心ではなく、もう仕方がなかったと割り切れるほどには殺しも見捨てもしていた。
「なぁ……」
不意にリリーが泣き出した。
こんなことは初めてだった。
(分岐!?)
スティの声が聞こえる。
もう随分とお互いを見ていない。
「お前らどれくらい繰り返してるんだ?」
クロストはゆるく首を振るだけで明確には答えない。
もう本人にも分からないことだ。
(……七千九百七十一回死んだから、ええっと今はクロストの番だから二倍にしてかける十分と、失敗の確認って何年分だったかしらね)
スティの声にクロストは目を見開いた。
「クロスト?」
(スティは、数えてたの?)
(流石に記憶があやふやで箇条書きでも書くのは無理だけれど、実に何回、十分間を繰り返す地獄のような試練だったとか書いてみたいじゃない?)
クロストは実際に笑った。
ロイドの顔で笑っているので、全員驚いた顔をしている。
そういえばロイドの顔だって久しく見ていない。
彼は失敗確認時も早い段階で死ぬのだ。
「七千九百七十一回を二人分それぞれ十分。それから失敗の確認に多分十年くらいだと思う。もう少しかな? もう僕はあやふやなんだけど、スティどう?」
久しぶりに声に出してスティに尋ねた。
(そんなものかもしれないわね)
クロストは改めて息を吐く。
「そんなもんらしい」
はらはらと涙をこぼしながらきつく口元を引き結んだリリーに言う。
「僕らを解放するために世界を終わらせたいと思う?」
リリーは首を振った。
「でもさ、アタシが聖女ぶって本を求めたせいなんだろ?」
やってもやらなくても死者数は変わらないと、確かに神様は言った。
「待ってくれ。現場を知って手段があれば俺らだって望んだはずだ。リリーだけのせいじゃねぇだろ?」
リドが言う。
「そうよ。絶望的な、時、に? リリーちゃんが、来てくれた、だけで? 安心、するもの」
テトラが同意の声を上げる。
「誰だって無責任に助けろとか言う中で助けようとするだけで立派なもんだ」
サイトが頷いた。
「仮にそれが責になるなら俺らも一緒に負いますけど」
キシロは茶化すように笑った。
クロストには言葉がない。
単純に恨んだこともあるし、もう世界とかどうでもいいと思ったこともある。
なんだか遠い昔のことのようだが、実際に十年だと口に出し、そんなもの、と時間に対する気持ちを固定させた今、喉元過ぎれば熱さも忘れると言った心境だ。
リリーは震える手を握って叫ぶ。
「ああもう! 神様なんてクソ喰らえだ! アタシばっかり守られて救われた世界も真っ平!」
グイッと目元を拭ったリリーは立ち上がる。
「どの状況からでもなんとかしてやらぁ! 戻ったら、クロストとスティとして力を貸してくれ! お前ら複数の未来を知ってるってことだろう?」
多分それが引き金の言葉だった。
残されたわずかな時間でリリーはエステルとの合流を希望する。
キシロと、ロイドとしてクロストも同行した。
転送してすぐにキシロはリリーを担いで走る。
それを追う技術をクロストも扱えるようになっていた。
「父上!」
エステルを視界に入れたリリーが叫び、担いでいたキシロがリリーを放り投げる。
あの時は驚いたが平常通りの移動方法らしい。
もっとも魔力暴走しているわけではないので顔面に蹴りを入れるようなことはない。
エステルは両手を広げてリリーを受け止める。
「どうされました?」
にこにことエステルはリリーの頭を撫でた。
「超緊急事態! 物理的に時間が足りねぇ!」
「そうですか。では、速度超過、防壁、隠蔽」
エステルは軽く唱えて魔法を発動させる。
ようやく追いついたロイドとキシロの後ろに塀があらわれて上下左右をすっぽりと囲った。
「失礼。灯り」
暗闇は直ぐに明るい室内のように照らされる。
「何倍?」
矢継ぎ早にリリーが聞けば、
「十倍です。舌を噛まないように気をつけて。ああ、動くのも。骨折、脱臼につながりますので」
と穏やかに言う。
魔法の効果範囲外から見ると十倍速で動いているのだ。勢い余ってと言う事があるのかもしれない。魔獣が襲ってこないことを願いつつ、クロストはキシロと顔を見合わせてからゆっくりと二人に近づいた。
「選択肢を間違えると世界が終わるらしいんだけど、駄目選択肢が今はあいつの頭の中に大量に入ってるんだ」
「今は?」
「後一分あるかないか? 過ぎたら全部忘れて二人に分散されっけど、二人は確保済み」
(確保って)
あまりの言いようにスティが笑っている。
クロストとしては不安しかない。
「それだと脳に刻まれていない可能性が高いですね。世界の終わりというと?」
エステルはクロストに視線を向けて尋ねた。
「人類の滅亡です。理由は様々ですが……」
エステルが国を滅ぼすところは何度か見ている。
緊張に声が震えた。
「ああ、中身がロイド君ではないんですね。転送魔法に失敗した時に入れ替わることも……いえ、お二人なんですよね?」
「……ロイド以外の二人で、一人ずつ入れ替わっています」
「時間が来ると忘れて本人に戻る、か。……本体はどちらに?」
暫く考えた後、エステルはリリーに向けて聞く。
「アタシん家の玄関」
「戻る時間はありませんね。時間、作れませんか?」
今度はクロストに聞いてきた。
「会ってすぐに今と同じ思考になるなら可能だと思います」
にこりとエステルは笑っていった。
「では次に出会った私に伝えてください。肉体と魂の数が合わない状態で大量の未来の情報を持っていると」
被せるようにリリーが言った。
「一万回繰り返して十年は経ってるって早めに伝えてくれ! ぜってぇ立て直すから!」
よく似た親子だった。




