17 前後の入れ替えはコピペミスではなくワザとです
「もう運べないくらいの重体なんだ! いくらでも治せるんだろう? このまま前線まで上がってくれ!」
魔獣に攻撃されたのだろう、胸を爪痕と自身の血で真っ赤に染めた兵士は、そう叫んでリリーの腕を掴んでいた。
深夜になり避難所として固められた魔方陣の周辺にも魔獣が飛び込んできている。
種別関係なくただまっすぐに進む魔獣の群れは軌道を変えてしまったのだろう。
既に避難所は安全な場所ではなくなっていた。
ジリジリと範囲を狭められ、魔方陣があるせいで、聖女が来てくれると信じて、兵士たちは守り切ったのだ。
現れたリリーはすぐさますべての怪我を癒したが、魔獣を一掃できるわけではない。
ここより前方、魔獣の進む方向を変えようと、大勢の兵士が戦っている。
重傷者を安全とは言い難いこの場所まで運ぶよりは、聖女に前線で癒し続けてもらい、魔獣の軌道を戻す方が効率的とでも考えたのかもしれない。あるいはただ仲間を死なせたくないと言う思いだけかもしれない。
腕を引かれるまま一歩足を踏み出して、それから掴んだ手を振り払う。
「っ悪ぃがそれは出来ねぇ!」
「っっ!!!!!」
瞬間的に激昂した兵士は振り払われた手を再びリリーに向けた。
「駄目!」
スティは叫んで目の前のリリーに手を伸ばす。
コートの首辺りを掴んで引けば、抵抗なく腕の中に収まった。
リリー側も回避するために後ろに飛んだのだろう、スティにとっては予想外に力が強かったのだが、今考える事ではないと、そのまま庇う様にリリーを後ろに回す。
けれど。
「……ロイド」
背中を叩かれてリリーに目を向ければそれが隙と判断される。
激昂したままの兵士は両手を組んで横殴りに腕を振り下ろし、顎を直撃して脳を揺らした。
聖女の力のせいで怪我だけは瞬時に治るが、衝撃がなくなるわけではない。
体の反射のようなものなのか、足だけがバランスを取るように勝手に動いて倒れることもなく、二発目、三発目をなすすべもなく受け止めた。
(スティ! リリーに素性を明かして!)
クロストが叫んでいるのが聞こえるが、どうしたらいいのか分からない。
先に反応したのはリリーだった。
ロイドが背中に隠し持っていた剣を引き抜いて肩に手を置き、風魔法と脚力を合わせ跳躍して飛び越えて兵士の頭に踵を落とす。
体重以上の圧力で兵士の顔面を地面にめり込ませたリリーはそのまま腕をねじり上げて背中に回し、腰の辺りに片膝をついて拘束した。
「ロイド!」
苛立つように声を上げるリリーに、スティは言葉を紡ぐ。
こんな時に全く動けない自分がとても不甲斐なく、スティは歪む視界でただ目の前で展開される事象を見ていただけだ。けれど伝えなくてはいけない。
「リリーちゃん、ごめんなさい、私、スティなの」
ロイドの低い声で発せられたその言葉に、リリーはこぼれそうなほど大きく目を見開いて、それから鼻で笑った。
「はっ。じゃあ、アタシは十分以内に死ぬんだな?」
リリーも自衛手段としていくつかの戦闘スキルは身に着けている。ロイドは護衛としてこの場に転送してきたが今は役には立たないと判断し、周囲への警戒を続けたまま確認する。
「違うわ。今回は十分間で死ぬわけではないの。ここが分岐点なのですって」
「分岐点?」
理解不能とリリーが顔を上げた時、リリーに下敷きにされた兵士が無理矢理体を起こした。
「コッ」
耳に届くのは軽い音ではあるが、脱臼か骨折をしたのだろう、リリーは転がるように兵士から手を放して距離を取る。
片腕をだらりとさせた兵士は立ち上がり様に後ろから突進してきた魔獣に吹き飛ばされ、地面に落下して何度か跳ねた。
スティはあまりの事に動けない。
そのまま突進してくる魔獣を受け止めたのはリリーだ。
「ガンッ」
ブレインの勇者が持っていた物よりは小さいが、魔力を通すと大きくなる盾で受け止める。
衝撃に後ろに引きづられ、足で地面に溝を掘った。
「アタシは他人しか治せねぇ! アタシが死んだら重傷者は全員死ぬと思えよ!?」
怒声を上げ、そのまま魔獣の力を盾の上方向に滑らせて足元をくぐり魔獣の背後から土魔法で串刺しにする。
怒声を聞いた一番近くにいた兵士が魔獣の首を叩ききった。
スティの目の前で動きを止めていた魔獣の首から血が噴き上がり、ビシャビシャと顔に飛んだ。
(スティ!)
出来る事ならばこのまま意識を飛ばしてしまいたいと願うのは間違っているのだろうか。
兵士に肩を掴まれて睨まれた。
「おい! 護衛じゃないのか!」
ああ、今回はちゃんと翻訳されているのね、とスティは全く別の感想を抱きながら、リリーを視線で探した。すぐそこでフードを外して魔力回復薬を飲んでいる。
「付き人で護衛じゃねぇよ。……ちっと前線行ってくっから、十分間まぁ何となく生きててくれよ」
こちらは見ずに吐き捨てるように告げると、
「誰か案内!」
と叫んで、前線と思われる方向へ走り出した。
慌てて後を追った数人の兵士を相変わらず見ているだけだった。
ぎゅっと右手を握って、スティは魔方陣に戻る。
起動方法は教わっていない。
現状が成功なのか失敗なのか、十分間ここで生き延びなければ結果は分からない。
せめて無駄に死なないようにと、運んで来た回復薬を配りながら神様に願った。
***
「結局のところ、たら、れば、なんだけどねぇ」
本を開いて再び神様の場所へ招かれた時、いつもより少しだけ落ち着いた声色で神様は言った。
「魔方陣を書いて聖女を送り込んでも、送り込まなくても、死者数は変わらないんだよね」
スティもクロストも、なにも言えなかった。
「聖女が来れるなら期待するじゃない? 道になる魔方陣を懸命に守るでしょ? だから結局人死には出るんだよね。ある程度のところで見切りをつける優秀な指揮官ってのはいるけれど、なかなか信じている事を捨てられる人は少ない。まして衛生職だと尚更かな。彼らは助けることが仕事なわけだしね。クロスト君はともかくスティ君なんて、助けて神様、とか思っちゃうクチでしょ? 今は関係もあるしそれが命に係わる事なら助けるけど、それ以外だと助けないのは分かるよね? 人間だって助けられない事の方が圧倒的に多いでしょ?」
クロストは嫌な顔をして、スティは思い当たるのか肩をすくめる。
「リリー君はさ、例えば一人を救って自分が死ぬなら助けないけど、何十人単位なら自分が死んでも助けるつもりがあるんだよねぇ。国としては自国のことだけで働いて欲しい訳だから、そこを最優先にさせるためにジギ君を付けてるんだけれどさ、それだと必ず彼女は死んでしまうんで、なんとかジギ君を同行させないように調整するところまでは頑張ったんだよ。ホント。クロスト君は巻き込まれた形でさすがに申し訳なかったんだけど。体調は大丈夫そう?」
僕? とクロストは顔を上げた。目の下にはくっきりと隈が浮き、確かに万全ではない。
「まぁ、なんとか」
ここに居れば疲れず、眠くならず、空腹にもならない。元に戻された時は大変かもしれないが、聖女が死ねばいずれ世界が滅亡するようなことになるのだろう。駄目だとも言い難かった。
「神様、一度目の勇者が落下してそのまま亡くなった先はどんな世界でしたか?」
スティも同じように考えていてふと気になった。
「ブレイン国と提携して勇者パーティ―を飼っている国々で起こる魔獣被害で沢山人が死んだかな。今回の突然変異も起こるし、新しい勇者ももちろん現れるけど、彼よりは弱い」
「二度目のジギさんは?」
「突然変異の情報が国に上がらずに、キドニー側の勇者パーティ―が出遅れて、ブレイン側がキドニーに魔獣を追い込んで都市部が壊滅。君たち二人も早い段階で死んだなぁ」
「三度目のエステル様は?」
「バオ国を滅亡させてからご本人様死亡で、奥様が大変お怒りになってブレイン国を襲撃するんだけれど、ブレイン国側の勇者パーティ―がキドニーについちゃうんで、世界をキドニーが納める感じになってね。しばらくして重責に耐えかねて国王が自殺するんだよね。意味が分からない。そのままイイ感じに統治すれば良かったんだけど、なんでか死んじゃうんだよなぁ、キドニーの王様。あ、両方ね」
神様の返答は見て来たことをまとめたような言い方で、本当のところ何度先を見たのだろうと、スティはなんだか途方に暮れた。
「些細な事で未来って変わるんだよねぇ。繰り返し繰り返し何度も何度も人類が滅亡するのを見ていると嫌になってくる。なんで嫌かと言えば全人類すべて愛しているからに他ならないんだけどさぁ。ほら、なんせ神様だしね。出来れば平等に愛しんで見守りたいところだけれど、そうも言っていられないよね。なんだろう、嫉妬とか、独占欲とか、私利私欲とか? 物凄く身勝手な事をする人間ているし、天罰を与えないといけないし、後片付けもしなくちゃならない。今回の魔獣の突然変異だって多少事故成分は入ってるけど人為的なものはものだしね? やっぱり滅亡した方がいいのかな、人類だけでも」
耳が痛いような話である。
「見捨てられないんだけどねぇ。結局のところ」
独り言のように付け加えられた言葉に、神様だもんな、などと二人は納得する。
「それで、今回はリリーと入れ替わりですか?」
はっきりと知っている人間への入れ替わりだ。かすれた声でクロストが聞いた。
「ううん。ジギ君の代わりに護衛についてるロイド君に入れ替わってもらうかな」
どうやら魔方陣巡りの同行者はロイドの様だ。
「ジギさんだとダメと言う事は、国を優先しない方向に動くという事ですよね? そうしないとリリーちゃんが死んじゃう……?」
スティはこれからなにが起こるのか想像がつかずに首を傾げた。
「今回は少し違うかな。丁度分岐点とか転換期とか、そう言う感じ。別にリリー君はすぐには死なないよ。ただ行動選択次第でこの先悪い方向に転がっていくんだけど、そうなったらちょっと回避が難しい。君たちの書いた魔方陣てやっぱり奇跡だしあり得ない事だった。手間ばっかりかかって良くも悪くもならない。本音を言うとね、やらなきゃ良かったと思うよ。それでもね。彼女が聖女として生きるところを見たかったんだよね」
神の恩寵を受けて奇跡を成し遂げるのが聖女なら、正しく他の人間よりも区別されて愛されているのだろう。
「でも、リリーって神様信じてませんよ?」
意地悪くクロストは言う。これくらいはやり返させて欲しい。
「うん、恩恵を与えたら後は見守るだけだから、それでいいと思うよ。神を頼らずなんて、流石選ばれた子供だよねぇ」
スティはそれを聞いて口元を綻ばせた。
やはり最後まで神様に願っても良いのだろう。
気付かぬうちに軌道修正され、守られているのかもしれないのだ。
「それでも私たちを使って助けようとなさるんですよね?」
それに対して神様からの返答はない。
ただいつもの様に笑って言うのだ。
「あはははは! 本当に君たちって良いよね! さぁ! 準備は良い? 死にもしなければ正解も分からない十分間の繰り返しだ!」




