15 便利な物を便利に使った後は
リジウム冒険本書店までは歩いて移動した。
人々は避難中で無人、ましてや深夜である。
シンと静まり返った街を歩きながら、ふとジギが立ち止まった。
「……」
前を歩いていたスティとクロストもすぐに気が付いて足を止めて振り返る。
静かすぎて自分の声が反響して落ち着かないという理由から無言で歩いていた。
小さめの音量でクロストが訪ねる。
「どうかしました?」
ジギは耳を澄ませていたようで、何でもないと言うように片手を上げてから再び足を進めた。
「静かすぎると思ってな。少し急ごう」
そう言って軽くクロストの背を押す。
特に抵抗なく歩みを再開させたクロストにつられるようにスティも歩きだした。
音がしないと言うのは当たり前ではないかとも思うが、気配、という意味であれば分かるような気がするとスティは考える。
夜行性の小動物や虫の類の音や気配なら、一般人には分からずとも密偵職の人には分かるのではないかと好奇心が沸いたのだ。冒険者ですら驚かされることがあるのだ、王宮になにかの報告に行くような身分であれば理解の範囲を超えるような、それが先天的なものか訓練による後天的な物かは分からないが、なにか特別な力があるように感じている。
クロストの家に着いたら少しだけ世間話として聞いてみようかと足は速くなった。
クロストは嫌な予感としてとらえていた。
先程までも静かではあったのだ。ここに来てなぜ急に立ち止まる程気にかかったのだろうか。スティではないが、なにかのフラグが立っているなら叩き折りたいところである。
もっとも、スティと出会ってから何度かあれはフラグだったと思う出来事はあったが、ことごとく折り損ねているのもスティだ。
いっそなにかのフラグが立っている様な気がしないかと尋ねてみようか? なにか突拍子もない事を言うかもしれないと、一歩分前を歩いているスティを見上げる。
「?」
スティは視線に気が付いてクロストを見たが、少しだけ口角を上げただけですぐに視線を戻した。
暫くしてリジウム冒険本書店が見えてきてから、そうだったとクロストは慌てて服の裏ポケットから財布を取り、その小銭入れから鍵を取り出した。避難時に身に着けていないと困りそうだと財布に入れていたのだ。
当然歩みは遅れてしまい、鍵を手にしてから小走りに追い越して、扉を開けようとして、それから崩れるようにしゃがみ込む。
ジギが距離を詰めて扉に押し付けられた右腕を掴んだ。反射的な行動で深い意味など無かったが、足元を見て息を飲んだ。
スティも慌てて走り寄ったが、その前に気が付いた。
扉の下、扉に密着するように置かれた本を三人は知っている。
そっと左手で本を撫でてクロストは言った。
「地面に直置きとか万死に値する」
そこか、と二人は心中で呟いた。
***
「嫌な予感はしてたしな」
本はクロストが持って店内に入った。
落ち着かないからと二階の住居部分に移動して、全員が椅子に座ったところである。
「元々静かではあったけど、ジギさんが気になったところが本の効果範囲内に入った所だったんだろうな。今って静かなんじゃなくて、止まってる状態だと思いますよ」
その言葉を受けてジギが転送用の魔方陣を広げてリリーに手紙を送ろうと試みたが、魔方陣は発動する事もなかった。
転送陣の紙が大きかったため、テーブルを移動しての大仕事になってしまったが、それどころではない。テーブルも魔方陣もそのままに、再び椅子に座って言葉を交わす。
「クロスト、図書館の時と同じ本なの?」
「同じだな。……ジギさんが今こうしているってことは、司書からジギさんに担当替えじゃないか?」
他に人はいないのだ。役割としてはジギが本を所有して開けると考える方が自然である。
クロストとしてはスティとジギを入れ替えたいところだが望みは薄いだろうと言葉にはしなかった。
「魔方陣の時と一緒で、本を開くだけで何かが出来るわけではないんだよな?」
「そうだと思います。私たちは一度神様から神託のようなものを賜りますけれど」
「からかわれて入れ替わり人物とやって欲しい事を一方的に言われるの間違いだ」
スティの神妙に濁した言葉をクロストが否定する。
頭の痛い話だとばかりにジギがこめかみを指で押さえた。
「まぁ、取りあえず終わらせないとどうにもならないし、勇者パーティーのどなたかが死にかけているかもしれないので、開きましょうか」
開かないだろうと思ってスティが本に手をかければ、あっさりと本は開いた。
ああ、そういえば一度目は僕が本を開いたんだっけ。いつの間にか担当者しか開けないと思い込んでいたな、とクロストはぼんやりと思う。
***
なにもない空間に丸いテーブルと等間隔に並べられた四脚の椅子。
テーブルの上には菓子や軽食、茶器が置かれ、先程までと同じ体勢で座っているが場所は移動している。テーブルを動かした関係で椅子の置場がなく、クロストとスティの椅子は密着させて横並びだったのだ。
スティがクロストに寄りかかっていたので、カクリと梯子を外されたような感覚で上体を揺らす。
クロストも傾かないようにスティ側に体の軸を傾けていたので少々揺れた。
「なんだ?」
呟かれた声の主に二人は同時に目を向けて言った。
「「ジギさん?」」
この場には居ないと思っていたジギの姿がある。
困惑に口を開こうとした時、いつのも様にその声は聞こえた。
「呼んじゃったぁ! あ、どうも、ジギ君初めまして! 神です!」
「……」
ジギは非常に嫌な顔をして左側に座っていたクロストを見る。
「……残念ながら」
クロストもうんざりとした顔をしていた。
「神様。司書さんはどうされたのですか?」
スティは気を取り直したのかそんな事を聞きながらお茶の準備を始めた。
こういう時に非常に強い人間である。
「このまま任せちゃっても良かったんだけど、そうするとお偉いさん方が全力で探しに来ちゃうでしょう? 非効率だしさぁ? 丁度居たからじゃあジギ君で良いかなぁ? って? お偉いさん方にも顔効くんでしょ? ジギ君は?」
ジギは返事をせずに周囲を警戒していた。
「あ! そうだった! なんか視線が彷徨っちゃう感じなんだよね、人間て! 別にどこ見てても良いんだけど、落ち着くかな? って考えていたんだった!」
シュっと空いていた椅子に人型のつるりとした白い物体が現れた。
顔の部分には目らしき二つの点がついている。
クロストはそれを見ながら呟いた。
「気持ち悪い」
素直な感想である。
「酷いなぁ! 見た目に引っ張られがちじゃない、人間て。これならそういう感想も湧かないかなと思って気を遣ったのに!」
言われてみれば音自体がその白い物体から聞こえてくるような気がするのだから不思議なものだ。
ジギは諦めて白い物体を見ながら話しかけた。
「ご拝謁を賜る事になるとは夢にも思わず大変恐縮しております」
「あ、そういうのいらないんで! あ、今、ムッとしたでしょう? あははははははは!」
相変わらずの煽りスキルである。
押し黙ったジギに気の毒そうな視線を送ってからスティがお茶を配りながら言った。
「それでどういったご用件でしょう?」
「んー? 神様を便利に使った君たちに代表して罰をと思って!」
そして相変わらず楽しそうだった。
「僕らはむしろ巻き込まれてないか?」
クロストが心底嫌そうにため息を付く。
「まぁ軽い罰だし、そう嫌な顔をしなくていいよ。ちょっと停止していた時間を返してもらうだけだから。ね?」
かちりと何かが嵌ったような感覚の後、三人を襲ったのは猛烈な疲労だった。




