13 ツッコミも休憩中
魔方陣から現れたローブ姿のなにかは、ぼんやりと白く霞む人型で、二本の足で立っている。
同じく魔方陣から現れたのは見て分かる通りの人間の男で、そのなにかの足元に片膝をついて俯いていた。
「……」
片手が掲げられ、傍らの男が言葉を発する。
「癒しの力を発動します」
その場にいた全員が、憑りつかれたように魔方陣を書き、一時間持ちこたえてくれと告げた男を見る。
男は書き終えて暫くしてから元に戻り、自分が書いていた魔方陣に驚愕の目を向けていた。
本人に記憶などない。
けれどその場にいた全員が聞いたのだ。
聖女を呼びます、という宣言を。
キラキラと光の雨が降る。
思わず空を見上げた。
どこか神秘的な美しさだった。
ふわりと暖かな風が優しく通り抜ける。
痛みだとか絶望だとか、その全てを洗い流すように。
一瞬のできごとだった。
夢でも見ているのだろうかと視線を戻せば、傍らの男が立ちあがり、この場の責任者へ声をかけている。
何度か言葉を交わして、やがて責任者は魔方陣を書いた男を指でさした。
男は先程まで虫の息だった仲間の回復に涙している。
起き上がり胡坐をかいて困っているのは、魔方陣を書く男を守り瀕死の重傷を負った男だ。
聖女らしきなにかは走り寄って二人の前に座り、その手を取って、ぶんぶんと振った。
「ほわぁ! 間に合って良かったぜ! あんたらが頑張ってくれたんだって? わかんねーことに巻き込んで悪ぃな! まー、後一日二日? 続きそうだけど? アタシもちょいちょい顔出すしさ! お互いもうちょい頑張ろうぜ!」
「クソ聖女、戻るぞ」
背後から長身痩躯の男に舌打ち交じりに呼ばれて聖女と呼ばれたなにかが立ち上がる。
正面から見ていた二人にはしっかりとその顔が見えた。
ふんわりとした金髪に人形のように整った顔だち。
濃紺の瞳を細めて笑った顔は聖女に相応しい可憐さである。
「へいへい、分かりましたよっと。そんじゃ、あんちゃんたち、マジであんがとな!」
やはり先程の口の悪さは聞き間違いではなかった。
***
「あ、おかえり、なさい?」
スティとクロストがリリーの薬屋へ戻ってくると、玄関で大皿を持ったテトラが迎えてくれた。
「いま、食事中、なの。食べながら、報告会、ね?」
おっとりと先導して歩くテトラが持っている大皿の中身は肉である。
肉塊が大きすぎて台所では歯が立たず、庭で火魔法を使って焼いたという。
どこから取ってきたのか、あるいは購入したのか、切って台所で処理ではダメだったのか、冒険者的発想なのか、スティとクロストにはちょっと理解が及ばない。
「おう、おかえり。あれ? ジギは?」
優雅にオムレツを食べていたリリーだが、二人を視界に入れると手に持ったスプーンを振って挨拶した。横からロイドがスパンと良い音を立ててその頭を叩く。
「痛っ! ってめぇ、叩く前に口で言えよ!」
「失礼いたしました」
リリーにではなくスティとクロストに謝ってくるあたり、お行儀の問題なのだろうか。
他の面々も既に食事中だったのだが、二人分の席を開けるためにガタガタと席を詰めてくれた。もちろん食べながらである。
「ジギさんはなにか車の人と話をしてた。僕は食事をしないので大丈夫です。広く使ってください」
クロストは椅子を引っ張って邪魔にならないように壁際へ移動する。
スティはせっかく空けてくれたのだからと席についた。
「追加の三ヵ所はもう回って特に問題ねぇかな。回復薬だけは数がねぇからどうにもならねぇんで、ちょっと追加で作ってからもう何個か転送魔法陣書きに行って欲しいんだけど」
非常にざっくりとリリーが言う。
「薬はどれくらいで作れるの? あ、ありがとうございます」
スティが皿を受け取りながら聞く。
大皿料理から食べる分だけ取るスタイルの様だ。
「三時間くれぇ? 材料を親父の家から盗んで来てもらいてぇんだけど、ジギには居てもらいてぇんだよなぁ。キシロ行ける?」
「ああ、大丈夫だ。エステル様から入室許可証はもらえるんだろう?」
「うん。飯食ったら報告がてら行ってくる」
「その間に近場で採集でもするか? テトラ、肉くれ」
「あ、アタシも二枚。採集はついでで良いんだけど、国境付近を回ってくれると助かるかな。変異種特有の情報とか上がってたら転送先に伝えられるから。お、ありがと」
「なら俺とサイトで行って来るか。これ塩薄くないか? テトラとロイドはこっちで雑用頼めるか?」
「薬草のすり潰し、とか? 掃除と、軽食、も、用意しておく、わね? それ、下味だけ。ソース、こっち」
「そうですね。それで良いと思います。あ、お疲れ様です。食べたらエステル様のところに付き添いで行ってきますので、その間休憩してください」
「お疲れさん。車は二台待機させてあるぞ。休憩はいらんが、お嬢、一回王宮に顔出してきて良いか? そろそろ俺の首がヤバいんだが」
「あはは! 結構勝手にやってるからな! 雇用してやるから首切られたら啖呵切ってきていいぜ?」
「……それじゃ物理的に首が飛ばないか?」
「だと一緒に行かねぇと死ぬな! 走って逃げろ。転送分の魔石残して預けちゃって良いから、適当に機嫌とってくれよ。親父たちも必要分は確保してんだろ?」
「アマリリス様が業火で燃やし尽くした事にしておけと五袋は確保していました」
「あれ、ウチはいくつ確保した?」
「遠慮して一袋」
「アストロ様が叩き斬っちゃったかもしれない分だって」
クロストは壁際で観察しながら感心していた。
ケラケラと笑いながらも色々な話を同時に片付けている。
一般人が聞いてはいけない内容も含まれているのだが今更だろう。
スティも話半分くらいで理解は深めないようにしているが、普通に溶け込んでいた。
「私とクロストは出来ることがなさそうね。これは何?」
「レバーパテ。パンに塗るかチーズと食べるかお好きにどうぞ。次の魔法陣はお二人で?」
「ありがとう。ええ、私の気が向いた時は付き纏うことになったので、一緒にやります。三時間もあるし注意事項をまとめさせて?」
スティは振り返ってクロストを見た。
テトラがつられるように視線を移して微笑む。
「気が向いた、のね? そういえば、リジウム君は、変な、本屋、なのでしょう?」
浅く頷いてクロストも答える。
「注意点は少しだし僕は掃除ができる方なので手伝いますよ。新刊は冒険小説のみで、店内で読む貸本もしてます。そっちは種別問わず」
「だと買取もしてる? 冒険者って調べごとが多くて本は買うけど置き場がないんだよな。そういや飯は食わなくて良いのか?」
「冒険者組合でも買い取ってくれるぞ? 少し前に栄養剤突っ込まれてたからそっとしておいてやってくれ」
「十冊以上からで買取可一覧に掲載の本だけなんすよ。なんだ? 吐いちゃう系? 繊細そうだもんな」
「他国の本とか薬草図鑑とかそーゆーやつだけだよね。食ってる時にゲロの話しすんなよ」
「違いますけど、なんかすみません……ウチは一冊からでも買取ますけど、専門書は組合の方が買取額高いですよ」
「やっぱりそういうもんか。冒険者にも結構多いよ、行動中は食わん人。終わったら打ち上げやろうぜ」
「そっちの方が全然無理なんで、勘弁してください」
それなりに楽しい場ではあった。
その後はそれぞれが話し合ったように動く。
スティとクロストは庭で仲良く座って魔法陣を書くときの注意事項をまとめた。
手を痛めないために、土魔法で棒を作って文字を書くのはスティの方が早かった。
長さも書く力加減も良いのだろう、書くことよりも時間潰しに苦労するかもしれない。
もう不要かもしれないが、いくつかのブレイン語と、バオ語も確認した。
通りかかったロイドに聞いたら普通に喋れたので、いくつかの単語を発音してもらう。
クロストは読み書きは出来るが会話はできず、ロイドは会話しかできず、スティは何もできないが覚えが早い。ただし執筆業務を行うと忘れるそうで、後でもう一度教えてねと笑った。
掃除をしたり、いつでも食べられるように軽食を一食分ずつまとめたり、薬作りを手伝ったりと、やることはたくさんあったが慌てずにゆっくりと過ごせる雰囲気はどこか気怠い。
嵐の前の静けさみたいだと、スティは少しだけ湧き起こる嫌な予感を、閑話みたいねと付け加えて誤魔化す。
幕間じゃなくて? とクロストはうんざりと呟いた。




