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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
第四章 守られて救う世界

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12 大切な思い付きは泡のように消え、どうでもいい事では盛り上がる


「あー、盛り上がってるところすまんが、リジウム。最初の人、助かったぞ」


 リリーから送られてきた手紙をひらひらと振って、ジギは声をかけた。

 二人は既に向かい合ってはいない。クロストが水魔法を使って自分を水浸しにし、スティが飛び退いたので、両者の間には少し距離がある。


「え?」


 聞き返したのはスティだった。

 クロストは眼鏡を外して水が滴る程に濡れた服の袖で顔を拭っている。


「クロスト! 魔方陣はいくつ完成して、何人犠牲になって、何回死んだの?」


 矢継ぎ早にされた質問は無視してクロストは聞いた。


「もう一つ目を終えたんですか? リリーは大丈夫なんですか? 例えば魔力枯渇とか、そういった負担はないんですか?」


 ハッとしてスティもジギの顔を見る。


 聖女の力と言われても、実際のところ何をしているのかを二人は知らない。

 魔法であれば、これだけ行使していれば魔力も尽きるだろう。

 無尽蔵に力を使えるのならば、力の方向性を考えるに喜ばしいことではあるが、大々的に公表せずに人物像を曖昧にしている点から考えてもそれはないと思われた。


 ジギは軽く首をすくめただけでそれについては回答せず、先にクロストに向かって発されたスティの質問に回答する。

 どんな反応をするのか少しの興味と、次の指示までの時間稼ぎだ。


「魔方陣は三つ完成している。犠牲者は一人で助かったと連絡が入った。死亡回数は八回だ。いずれも報告に嘘がなければな」


 スティはパタパタと自分が濡れていないかを確認した後、ジギが広げていた紙やペンに近づいて掴み、ガリガリとメモを取る。

 クロストは濡れ過ぎた自分に戸惑っているようで、眼鏡をかけなおして何やら思案していた。


「一ヵ所目からざっくりで良いわ!」


 準備が整ったのかスティはそんな風に声をかけた。

 クロストは今度は淡々と回答する。ジギがまとめた箇条書きの報告書のような内容だ。

 喋りながら土魔法で鍋のような物を作り、入り込んで上から風魔法で水を落としつつ乾かしている。器用だ。

 ジギが聞いた内容と同じものが報告され、スティがペンを持ったまま書いた内容をもう一度反芻した頃には許容範囲まで服が乾いたのだろう、鍋のような物の底には水が溜まっていたので、今度は片足づつ出して靴を乾かし始めた。


「三ヵ所目は嘘ね。この内容なら一度も死なないのが正解だと思うわ。わざわざ死んだなんて報告したのなら何度か死んだんでしょう? 何度死んだの? 理由は?」


 ジギも気が付いていた事ではある。なんと答えるのだろうと思えばあっさりした回答だった。


「五回。回復薬の分配が不味くて運ばれてきてた怪我人が死ぬんでその調整で死んだ。報告する意味もないだろう」


 確かに内容としては報告をしてもしなくても問題はないだろう。

 けれど死ぬ予定だった人間を殺さなかったのは事実だ。称賛されても良い。

 自慢げに功績として報告をいれそうな内容だが、なぜ隠したのだろうかと、ジギは内心で首を傾げる。


「そう」


 スティは軽く答えて書きつけて、少しの思案の後、告げる。


「……三ヵ所目で関りがない人を助けるために五度死んだ事を、一ヵ所目の後悔に使うのは違うんじゃない? 良かったじゃない、助けられたのなら。上手く行かなくて結局諦めるなんて事にならなくて本当に良かったわ……ああ、でも、私がいたら私を何度も死なせたくないからって三回目くらいで終わらせたかもしれないわね。私はクロストに怒って、クロストはほっとしつつ罪悪感を持つんでしょうけれど。そうさせたのは私だって後から気が付くのよね。だから悪手ではあるかしら。やっぱりあなた一人でやった方が結果は良いのかもしれないわね」


 ジギは前半こそなるほどと納得しかけたが、後半で八つ当たりかと気の毒そうにクロストを見た。

 クロストは平然と乾かした靴を履いて、鍋のような物を取りあえず安全な場所まで移動して、戻って来る。


「決めた事の境界線が揺らぐのが気持ち悪いし悩むから混乱したんだ。スティがいれば優先順位はぶれないから、死んだりとか嫌な思いをさせなくて良かったって方に振り切れて、知らない人が死んでも何とも思わなかったかも。むしろスティが居た方が僕の精神衛生上は良かったかもしれない」


「今、まさに、嫌な思いを、したのだけれど? 罪悪感、罪悪感を少しは持って?」


「面倒な女だな。だから捨ててくれって言ってるのに。それでジギさん、四ヵ所目はどうするんですか?」


「捨てないわよ! 私も行くわよ!」


 要約するにクロストが恥ずかしげもなくスティだけが大切であると述べたので、正しく受け取ったスティは顔を真っ赤にして怒鳴ったのだが、端から見ているとスティが怒っている様にしか見えなかった。

 ジギはなんだか遠い目をしつつ返答する。


「お嬢が三ヵ所目から戻ってきたら再開と思ったんだが、物資不足らしい。一度戻ろう」


 いつの間にか二ヵ所目から戻って来たという手紙が届いていた。

 三ヵ所目から戻ったら回復薬を作ってからでないと無駄足になってしまうかもしれないとある。

 ジギは手早く机の上を片付け、転送陣が書かれた紙を丸め始めたので、スティは首を傾げた。


「転送陣で帰るのでは?」


 ジギは手を止める。


「先に帰ってるか?」


「帰って役に立ちそうなら先に帰りますけど、魔石使うんですよね?」


 クロストは確認した。


「魔石は一人に使うも二人に使うも一緒だな。ミュレーターさんはともかく、リジウムは魔力も結構使ってるだろう? 移動のついでに休憩した方が気が散らないんじゃないか?」


 死亡回数は八回の報告だったが、三ヵ所目は五回と言っていた。十二回、それぞれ十分近く周囲に気を配りながら全力で魔方陣を書いていたとすれば、二時間集中していたことになる。

 肉体的に問題なくとも精神的な疲労はあるだろうとジギは危惧していた。

 薬屋に戻っても雑用があれば働いてしまい休憩にはならないだろう。すぐに動けるように準備はしておいた方が良いと、クロストも思い、頷いた。


「三人で帰るのはダメなんですか?」


 ポカンとスティが首を傾げる。


「誰が持って帰るんだよ?」


「持ち帰らんとな?」


 二人そろって転送陣の紙に指をさして言った。


「確かに」


 スティはちょっと恥ずかしかったが平静を装って頷いた。



 クロストが作った鍋のような物も持って図書館を出て、植え込みに捨てる。その内魔法が解けて土と水になり、風でも吹けば均されるだろう。

 ジギがいつの間にか車を手配して、三人は薬屋へ戻る。

 車内では先程クロストが読んでいた絵本の話で盛り上がった。


「食糧難で可食部を減らしたくないから洗うだけで皮ごと食べて皆死んじゃった時の話なのよね」


「でた。本当にあった怖い話。大人の為の残酷絵本読解。でもじゃがいもなら腹が痛くなるぐらいだよな?」


「光があたって緑色に変色……皆で掘ってたか。それなら少なく見積もっても一人十個は食べないと死なんぞ? 食糧難だよな? 餓死か衰弱死じゃないか?」


「じゃがいもに毒があるから気を付けろという含蓄を含むのかもしれませんね。私が作者ならきのこにしたと思います」


「その含蓄を含むなら皮を剥くくだりがないと成り立たない」


「子供向け絵本に何を求めているんだ?」


 ジギだけは、他に話すべきことがあるのではと疑問に思ったが、これで休憩になるのならまぁ良いかと、なんとなく話を合わせるのだった。

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