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あっさりと飛ばされた一カ所目は要領が掴めなかった。
自分の番でなければ極力邪魔にならないようにし、会話自体も少なかったので、一人でもそれ程変わらないと考えていたがそうでもない。
疑われて拘束されて仕方なく死ぬ。
説得して大急ぎで魔方陣を書き始めたが魔獣に襲われて瞬殺された。
説得して魔獣の来るタイミングを告げて、守られて大怪我を負わせて諦めて死ぬ。
説得して魔獣の来るタイミングで避ければまた疑われて拘束されたので死んだ。
説得して魔獣の攻撃を致命傷にならないギリギリで避けたつもりだったのだが、このままでは死ぬと思われる怪我だったので死ぬ。
あれが疑われる要因だったのかしら?
そろそろ魔獣が襲って来る頃よね?
死んじゃいなさい!
大丈夫?
スティであればそんな風に言うのだろうか?
結局入れ替わった人の生存を最優先と決めて、守られて大怪我を負わせても魔方陣を書き続けた。
書き終えた頃にはもう虫の息という状態で、今更慌てたところで間に合わないだろう。
一人目の時に割り切ると決めたのだ。
クロストが決めて、動き、出した結果である。
「魔方陣は完成しましたが、このまま続行させてください」
時間を置くとそもそもスティと二人体制になっても、自分は出来なくなりそうだとクロストは主張した。
ジギにも戦場でそういった経験がある。
失敗だと感じた状態で一度下がってしまうと戻ることが難しいのだ。
成功と認識させてから終わらせるべきだと了承したジギは、リリーへの報告はせず、ではこのまま二つ目をと告げる。
それがきっかけになったのだろう、クロストは二カ所目に飛んだ。
必要最小限の言葉だけを投げかけて、疑われるきっかけは潜んでいないか、魔獣が襲って来る気配はないか、魔方陣を書く事よりもそちらに注視して動き、そろそろ時間であろうタイミングまで様子を見てから死ぬ。
やはり他へ注意を向けていると魔方陣は書き上がらない。
それでも疑われる要因や魔獣は一度目に確認したのだ。
なんだか気が散って書き間違えてしまい、やり直すと時間切れになると思いながら、怪我人の様子を確認してから死ぬ。
リリーが来るまで持ちこたえて貰わなければならないのだが、難易度は想定通りに回を重ねるごとに下がっているようで、多少の重傷者はいたがすぐにどうこうという状況でもなさそうだった。
三度目で問題なく完成させる事ができた。
だからクロストは三度目もすぐにとジギに願った。
もう細かい事は考えたくないという気分だった。
ジギは切り上げさせるべきかと、感情が揺れているであろうクロストを見て内心でため息をつく。
思ったよりも表に出さないので詠み難いのだ。
「次で一度報告を入れるぞ?」
そう確認して送りだした。
三つ目の魔方陣を書き上げて、クロストはさすがに疲労を感じていた。
正確には四つ目かと、図書館の大きなテーブルの上、着いてすぐに紙に書いた魔方陣を視界にいれる。
顔色も態度もあまり変化はないが、入れ替わり中になにかがあったのだろうかと、ジギは小さな違和感を感じながら、連絡用の紙を取ってペンを持つ。
事前に取り決めておいた魔方陣の番号を書いて、質問をする。前二回も同じやり取りをしていた。
「設置できたのか?」
「出来ました。怪我人は多かったけど、魔獣が飛び込んでくるような現場じゃなかった。一時間持たせろと伝えてます」
「お前さんは?」
「魔獣の状況確認で時間ギリギリで。一度死にました」
嘘である。
魔法陣とは全く関係ない人々の中に、どうしても死亡してしまう怪我人がいた。なんとか一時間死なずに持ちこたえるように回復薬の調整をしたのだが、取り押さえられたり、時間切れをしたりで、結局五回ほど死んだ。
それ自体はどうという事もないのだが、クロストの中で矛盾が生じてしまっている。
助けるべき命と、割り切るべき命、線引きがひどく曖昧で、なにが正しいのかよく分からない。
「言語は?」
聞かれて答えられなかった。
嘘を付くつもりもなく、自分が何語で話していたのかが思い出せない。思い出せないのだからキドニー語だったようにも思うが、怪我人はバオ語で叫んでいたような気もする。クロストはバオ語はいくつかの単語しかわからないので、魔方陣を書く時に周りにいたのはキドニーか、ブレインか、訝し気に天井を睨むクロストに、ジギはため息を付いた。
「先に報告をしよう」
体感した時間が長ければ長い程混乱するはずだ。言われずとも何度か死んだ事は想像が付いた。
どちらにしろそろそろ潮時だろうと、本を閉じかけたジギをクロストは片手を上げて止める。
ジギと二人だけであれば時間停止した状態で休憩ができるのだ。
少しでいいので先に思考を切り離したいと告げて大きく伸びをしながら立ち上がる。
いつもの場所であれば本棚と本棚の間であるが、今は緊急時に対応出来るようにと内鍵がかけられる閲覧室だ。
ドア側の壁に背の低い書棚が設置していあるだけで、以前人気のあった娯楽要素の強い本や、ひとつ前の雑誌、司書の好みで組まれた特集本が置かれている。
特集は子供に読ませたい本かとクロストは少しだけ顔を緩ませる。
子供時代に誰しも読んだであろう絵本をそっと取り出して、
「一冊だけ」
とジギに告げて、書棚の天板に置き開いて読み始めた。
ジギにも覚えのある絵本で、読むのにもさほど時間はかからないと分かる。ジギはその間に報告書を書いてしまおうと片手を上げて了承した。
絵本は、育ちすぎたじゃがいもを皆で力を合わせて収穫するという簡単なお話ではあるが、生活に必要な魔法も一通り覚えられる。
引っ張っても抜けないところから始まって、母親が風魔法で表面の土を払い、父親が土魔法で土を掘り、隣のおじさんが水魔法でじゃがいもを洗い、隣のおばさんがまだ根が続いている事に気が付いて、という具合にどんどん人数が増えていき、最後は皆で焼いたじゃがいもを食べるのだ。
微笑ましく、含蓄もあり、生活魔法の利用方法や種類も覚えられる大変優秀な本であるが、大人になると色々と気になるのもまた事実。
「育ち過ぎってことは放置していた畑って事だから自宅用の野菜って事か? だから近所に全部振舞っても問題はないって事? この人数がお腹いっぱいになるってことは地面が物凄く下がりそ……いや、そもそも盛り上がり始めた段階で気が付くよな? なんで放置したんだ? おかしいと思わないのか? それに土の栄養が枯れるよな? 収益化する用の畑に影響が出ても不思議じゃないんだけど……だと裏庭か? え? お向かいさんなんで気が付いて手伝いに来てんだ? 来た人全員が足止めされてるんだから噂話とかじゃないよな? なにか農作業でやらかすタイプのご家庭でお向かいさんから監視されてるって話? 品種改良の為に夜な夜なよく分からない薬品でも撒いてたら、食べて不具合がないかの人体実験の可能性もあるよな? なんだこれ、全然子供向けじゃない……」
本を前にいつもの調子で呟けば、後ろでジギが笑いをかみ殺していた。
案外話の分かる人なのだろうかと、クロストは考える。
そういえば図書館に着いてからは報告だけでジギとは殆ど会話を交わしていない。
自分で思っていたよりも思いつめていたかもしれないな、とクロストは本を閉じた。
さっきまで座っていた椅子に腰かけて、クロストは改めてジギに声をかける。
「言語、ちょっと思い出せなくて」
「ああ」
混乱しているのだろうと考えていたジギは、思い出せないという言葉にやはりと頷いた。
思い出すそぶりも見せていなかったが、話す気になっただけ良いだろうと、次の言葉を待つ。
「……ブレイン国の近衛兵の服装ではなかったからキドニーの人かもと思ったけど、あんまり冒険者っぽくはなかった。あと、バオ語の怪我人がいた。僕はバオ語は単語しか知らないし、魔方陣の書き始め、土魔法はブレイン語の後にキドニー語で発動してるから、どちらかの言葉は分かるはず」
思い出しながら独り言のように呟くクロストに、恐らくバオ国の有志だろうとジギは言う。
流石にバオ国で起きた事に自国民を出さない訳にはいかないだろう。言われてみれば当たり前の事だった。
どちらかの言葉は分かるはずなので、仲間内でバオ語に通訳して情報は共有したはずだと言われて安堵する。それなら希望を持って一時間は持ちこたえてくれるはずだ。
「次辺りキドニーか」
ジギの呟きに少しだけ気持ちが揺れた。
「……もう少し僕だけでやるのは?」
「そろそろ限界だろう?」
限界を超えて周りに迷惑をかけてはいけない事は承知しているが、どうにも自分が限界とも思えない。
「どうですかね。……スティがいればこんな事をいうかな、とかは、思うんですけど、それ位で」
現状に似合わしくない話なのでそれ以上は言わないが、声が聞けたらとは考えてしまう。
もっともなにか言われて余分に疲れることも少なくはないので、これでいいのだろうとクロストは苦笑いを浮かべた。
「予定通り一度お嬢に三カ所は成功している旨は伝えさせてくれ。向こうの状況も知りたい」
クロストが了承するのを聞いて、ジギが本を閉じた。
ふっと時間が戻ってくる感覚の後、図書館の大きなテーブルの上、魔方陣の書かれた紙の真ん中にスティが現れた。
足を肩幅に開いてやや反り返るような姿勢で腕を組み、目線だけは転送前に見ていた人の位置なのだろう、微妙な位置を向けている。
「うぉっ」
ジギだけが普通に驚いた。
「何でテーブルの上に置くのよ!」
スティは怒っている。
「……バレたのか……」
クロストは感心した。
ダンっとテーブルから飛び降りれば格好がつきそうだが、生憎そんな運動神経は持ち合わせてはいない。
スティはしゃがんでからテーブルの端まで這って、テーブルに座る体勢を取って、テーブルから降りた。
「クロスト!」
クロストの目の前、ぎゅっと握られた右手を視界に入れて、これは殴られるな、とクロストはスティの目を見上げる。
すいっと首を傾げるように顔をずらして、スティはそのままキスをした。




