07 知りたくとも聞けず告げられず
スティは一通り起きた事を書き上げ、部分的に丸で囲って矢印を引き、その時に考えた事などを書きだした。
客観的に見るために、それこそ小説を読む様に文章を目で追う。
初回の自分の失敗はとても酷いものに思える。
言葉が通じない事態に混乱し、立て直す事が出来ないまま致命傷を負い、何もできなかった自分に反省する事もなく神様に当たった挙句に、これは駄目だと諦めて、しかも苦痛がなかったのでそのまま過ごしてしまっていたのだ。
そして、前提条件の違いや、クロストの慰めを聞きながら穏やかに死ぬ。
登場人物として、なにをしに出て来たのか分からないレベルだ。
だからクロストに入れ替わってからは素晴らしかったと言うべきだった。
こちらの心配をしてくれながらも、自分の知識でブレイン語で意思の疎通を図り、一度目で魔獣が襲って来ることも念頭に入れて動いていたのだろう、防御も忘れず、何を言っていたのかは分からないが、守ってくれている兵士に言葉までかける余裕ぶりには思わず声が出た。
冷ややかに後にしろと返されたが、呟かずにはいられない格好良さだった。
スティは思わずその部分をぐりぐりと何重にも丸で囲う。
それからあまり視線は向けなかったが、少しだけ目をやった爪の割れた指は印象的だった。
練習時は特に指に痛みは感じなかったし、一度目は文字を書くところまでも行っていない。
眠くならず、空腹も感じずだったのだ、考えてみれば痛みを感じない状態だったというのは分かりそうな物ではあるが、その覚悟は無かった。自分であれば、途中で嫌になっていたかもしれない。
クロストは気が付いていたのだろうか?
どこまで考えていたのだろう?
魔力枯渇を感じた後、書き上げて、魔方陣から出ようと立ち上がった時、視界はかなり動いていた。気が遠のくような感覚は分からないので、眼球自体が小刻みに動いていたのだろう。腕を取ってくれた兵士の顔もきちんと見る事が出来ないほどだった。
よく気絶せずに、と思って罪悪感がぶわりと沸いた。
そんな状態でも書き上げて終わりではなく、時間が来て終わるか否かを心配しながら、リリーが来る時に邪魔にならない様に魔方陣から出ようとした?
なんとか状況を把握している状態で、自分でも分かる、かなり高圧的な語気で、死んじゃいなさい、と言われ、引きずられるように倒れた。
あれで時間切れだったと思う。
つまり今回の入れ替わりは十分間持ちこたえなければならないと言う事は確定だ。
スティはため息を付きながら、確定事項は確定事項として別の紙にまとめる。
まとめ終えてからもう一度ため息を付いて、なかなか反省だけ出来ないものだな、と落ち込んだ。
いつも正反対だと思うのに、こういう効率を求めてしまうところはクロストも一緒かもしれないと、嫌そうに眉間に皺を寄せる顔を思い出して、とても謝りたくなる。
ジギが動いている空間に戻った時は急いでいけば間に合うかもしれないと、すぐに本を閉じるようにお願いした。
考えてみればあの状態であれば時間が止まっているのだ。落ち着いてクロストの状態を確認すれば良かったかもしれない。
ジギはスティの言葉で動いたというよりも、クロストの顔を見て本を閉じたように思う。
スティはクロストの顔すら見なかった。
「酷い友達……」
呟きは静まり返った室内に吸収されて、後悔をより重くする。
リリーに魔方陣の番号を伝えて、そのままクロストの胸倉を掴んで、どうして死ななかったのよ、等と言ったのだ。
自分だって一度目はなにも出来なかったくせに、思ったまま口に出していた。
あの時のクロストの目を思い出す。
なにも見ていないようなただこちらを見ているだけの瞳で、感情もなにも感じなかった。
今しがた感じた室内の静けさによく似ている。こちらの怒りを吸収するように無感情に、ただそこに居るだけだった。
あの時にごめんなさいと言えれば良かったが、その前にジギに頭を冷やせと言われて機会を逃した。いや、それもいい訳だ。動けない時はあるのだ。あの時のクロストの様に。
両手で顔を覆って、クロストはどんな気持ちだったのだろうと思い浮かべる。
普通に思い浮かべてはだめだ。
小説を書くように、主人公になり切って、考える。
怒っているから黙っていた、というのはあると思うが、思考は止めないはずだ。
黙って担がれて行ったので、もう一度現場に行くことは望んだことなのだろう。
どうなったかを実際に見る為?
それは少し考えにくい。
クロストは終わった事に思考は割かない。
落ち込みも反省もするが、場合によっては自分のせいで人を死亡させた事実をしっかりと受け止めそうなのだ。
スティがいない場所で話をする為?
「ああ、この子を巻き込んじゃいけない」
スティは想像上のクロストのセリフを声に出して書きつける。
二人で交互に入れ替わっていても、誰かを死なせた責任はクロストにだけあって、スティの責任はないと考えている。
馬鹿にしないでいただきたい、とスティはペンを握る手に力が入った。
確かに少々浅慮な部分はあるし、考えても見なかったと混乱したりはするが、これは二人の責任だ。だから私だって取り乱したのだ。
次にジギが本を開く時はスティの番から始まるはずだが、クロストはこれを何とか阻止しようと考えていそうだと思う。
先程の追い詰めるような言動を考えれば二人も同意するかもしれない。
大失態だと、本当の意味で落ち込んだ。
過去二回の入れ替わりでこんなことはなかったのにと爪を噛み、割れた爪の痛みを想像して、そこから連想して精神的負荷の軽減にも思い至る。
当たり前の様に受け取っていた神様の加護が少しずつ無いのだ。
能天気に取材気分を呆れられた事もあったが、それなら今、クロストはどんな状態なのだろう。
遅れて心配がやってきたが、ああいう性格なのだ、負荷が軽減されないだけで思考は変わらない気がした。
そういえばあの時もどちらかと言えば態度で怒られたかもしれない。
そんな事を考えていると、三人は戻って来た。
クロストも顔色こそ悪いが、自分の足で歩いていた。
ホっとしたのだが、開いた扉から姿を見せただけで、通り過ぎて店舗の方に歩いて行く。
先に話が付いていたのだろう、二人はそれについては何も言わずに、リリーの方がスティに声をかけた。
「ただいま。悪かったな、一人にして」
コートを脱いで空いている椅子に乗せてからコップに水を汲む。
ジギはテーブルに置いたままだったカップや本を回収して片付けた。
「ざっくり回復させてきたけど物資不足なんでもう一回行ってくる」
リリーがごくごくと音を立てて水を飲みながら、片付いたテーブルに薬を入れる用の木箱をポンポンと置き始める。
スティも場所を空けようと、散らばった紙を片付けながら訪ねた。
「クロストを庇った兵士さんは?」
スティは聞いてから後悔する。
謝るのが先だった。
リリーは気にした風でもなく軽い調子で言う。
「間に合わなかったな。入れ替わった方の兵士さんがクロストに激ギレしてたけど、まぁ仕方ねぇ」
それはそうだろうと、スティは思ってしまった。
クロストの考えている事を考えていたせいか、言葉通りにしか受け止める余裕がない。
スティ自身の思考が追い付かないのなら体を動かすしかないだろうと、テーブルから退けた紙束を鞄に避難させてから、吐き出せるだけ息を吐いた。
自動的に入り込んでくる空気を吸って、背筋を伸ばす。
「クロストは大丈夫なの?」
話をする順番が間違っているのは重々承知しているが、これだけは先に聞きたかった。
リリーは、あー、と一度天井を見上げてから答える。
「思ったよか大丈夫かな。ぶん殴られた後に気が済むなら何発でもどうぞって言った時はさすがに殺されっかと思ったけど。それで向こうも八つ当たりだって気がついたみたいだし。まぁお互いさまなんじゃね?」
お互いさま? と反芻するスティに、リリーは続けて言う。
「責められたかったんだろ? 一時間で立て直すから一人にしてくれってさ。色々急いでんのに迷惑なヤツだよな」
仕方ないな、と笑うリリーはとても穏やかで、スティは今度こそ謝罪を口に出した。
さっきは取り乱してしまってごめんなさい、と。
リリーもジギもお気になさらずと、謝罪を軽く受け止めた。




