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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
第四章 守られて救う世界

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06 効率を重視して常識は投げ捨てました


「バシュッ」


 破裂音の後、目の前で魔獣の頭に穴が開くのは前回と一緒である。


(スティ! 平気?)


 クロストはバックステップで魔獣の死骸から距離を取り、比較的均されている辺りまで滑り込み、掌を地面にあててスティの返事を待つ。


(ええ! 大丈夫! 苦しくなかったわ!)


 スティはいつも通り暗転して交代したようにしか感じていない。

 安堵の息をついて、魔法を発動する為に叫ぶ。


「I call the saints! 聖女を呼びます!」


 ブレイン語の後に二人で決めた発動のきっかけを付け加える。

 ざわりと困惑で周囲にいた人々の空気が揺れたが、地面に線が引かれていくのを見て、先程魔獣に吹き飛ばされていた男が指示を出した。


「Keep him safe!」


 クロストは集中しているので耳に入らないが、丁度構築し終えた外円に背を向けて三人の兵士が立つ。


「Grateful」


 小さく呟いてクロストは右手に身体強化魔法をかけて文字を書き始める。

 ここからが長いのだ。

 焦りで間違えてもすぐに指摘が出来るように、スティも黙って共有した視覚に集中して確認する。

 土に書いた文字が崩れないように左手で更に土魔法を上書きしつつ外円の文字を書き終えると、小さな円を一つづつ完成させていく。

 運び込まれる負傷者や、飛び込んで来た魔獣もいたが、それらが立てる土埃も音も、すべて無視して手を動かし続ける。


「Above!」


「ちっ」


 叫ばれた言葉に反応して舌打ちをしながら、クロストは左手で発動していた土魔法を上空へ放つ。

 最終防衛ラインで屋根を作り出した時は魔力枯渇を感じたが、一般人よりも近衛兵の方が魔力量は多いだろうと、一瞬過った嫌な予感は振り捨てる。


「ゴンッ」


 重たい音を立てたがそちらへ視線をやる余裕はない。

 ぐしゃりとまた別の嫌な音も聞こえたが、取りあえず書いている円の一つを完成させてから一息つく。

 次の円に体をずらすついでに視線を向ければ、守るように外円に立っていた兵士の一人が、半身を血まみれに膝をついていた。

 ああ、薬が足りないのだったかと、クロストは右腕をひとふり、身体強化魔法をかけなおしながら叫ぶ。


「Don't worry about the analepticum inventory. They will come in 10 minutes. As long as you are alive until then, you will be fine」


(……カッコいい!!)


 突然割り込まれたスティの言葉に力が抜ける。


(後にして)


 クロストは短く答えて眼鏡をかけなおそうとして、この人物が眼鏡をかけていない事に気が付いて、一度目を瞑ってから作業を再開した。

 スティに聞き取れたのかはわからないが、完全に他力本願なセリフである。

 実際本当にリリーが何とか出来るのかどうかは分からない。

 回復薬の在庫を気にして出し渋って完全に死なれたならば後味が悪い。

 どちらかと言えば自分の心配なのだろうか? こんな状況で?

 酷くイライラしていた。

 失敗して死ぬにしても完璧に即死しなければスティをあの暗闇に置いていくことになる。

 それは後で教えればいい事で、体験させる必要はないだろう。

 練習の時よりも早く動かしている指先は爪が割れて血が滲んでしまっていた。

 これくらいなら回復薬で治るだろうと、まだ爪の割れていない指に替えて作業を続ける。

 最後にこの転送用の魔方陣に番号を付ければ完成という段になって気がつく。

 魔力枯渇で立てない程視界が揺れていた。


(魔力枯渇?)


(だと思う。でもこれで終わり)


 ガリっと音を立てて書き上げて、左手で土魔法を重ね掛けしたところで息を吸う。

 知らず息を止めていた。

 酷く歪んだ視界に体勢を保てなくなって膝をつき、倒れないように腕で支える。

 魔方陣は完成した。けれど。


(……ねぇ、完成しても時間いっぱいはこのままなのかも……)


 ドクドクと心拍に同期した指の痛みでなんとか意識は失わずに済んでいる。


(今までは世界の命運に関わる人物の死亡が回避されたら終了だったから、終わりが明確だったんだろ? ……寧ろ時間になったらちゃんと終わるのかも心配になってきた)


 いずれにしても魔方陣の記述で時間を使っているので、十分経つまでには後少しのはずだ。

 クロストは魔方陣の円から出るために立ち上がろうと支えていた腕に力を籠める。

 ぐるぐると景色が回ったままだが何とか立ち上がった。

 真っすぐ歩くつもりが進めない。

 ふらりとよろけたところで腕を掴まれた。


「You look pale」


 外円で守ってくれていた内の一人が顔を覗き込んでくるが、上手く判別がつかない。

 とにかく魔方陣から退こうとしている事は伝わったらしく、そのまま腕ごと持ち上げるように歩を進め、


「ドッ」


死に切れずに気を失っていた鳥型の魔獣が目を覚まし、そのくちばしが助けてくれた兵士の背中を突き刺した。


「あっ……」


 兵士は押されるように二歩進み、それから訳が分からないと言う様に背中に手を伸ばす。

 別の兵士が魔獣の頭を叩ききるのを不安定な視界で認識するが、少しも動けない。


(クロスト! 死んじゃいなさい!)


 スティの叱責する様な声が聞こえたが、ジギから教わった魔法を発動する余力もなく、そのまま前のめりに倒れる兵士に引きずられるように、共に倒れた。

 兵士は支えていた手を放しはしなかったのだ。


 そこで時間切れが来たのだろう。

 視界は暗転した。




***




 目の前でジギが本を開いているのを視界に入れて、スティは叫ぶ。


「ジギさん、その本閉じて!」


 ジギは、時間が停止状態ならこのまま二人から話を聞いてしまいたいと思ったのだが、クロストの瞳孔が開いているのを確認して黙って本を閉じた。




***




 リリーは表紙につき立てていたはずの中指から手ごたえを失って、何とも言えない声を上げる。


「っほぁ?」


 本がどこにあるのかを確かめる間もなくスティが声を上げた。


「リリー、今すぐに行って! 魔方陣の番号は……」


 声と顔色で、これはヤバいな、とリリーは判断する。

 立ち上がってジギに目配せしたが、その時、同時にスティも立ち上がった。


「クロスト! どうして死ななかったのよ!」


 胸倉を両手で掴んで引き寄せて、怒りのままに思った事を叫んだだけの、意味のない言葉だ。

 事情が分からないリリーとジギにとっては酷い内容である。

 クロストはされるがままに黙っていた。


(すぐに死んでくれれば私の番になって、誰も死ななかったかもしれないのに)


 思い浮かんだ言葉は音声化されずにスティの中で叫ばれる。

 だからお互いに黙って顔を合わせているだけだ。


 またなにか隠してるのだろうか、どうして黙っているのだろうか、言い訳のひとつもないのだろうか、疑問で思考が埋め尽くされ、憤りは長続きしない。

 力をこめて掴んでいた胸倉の手が少しだけ緩む。

 魔力枯渇で魔法が使えなかったんだとしたら、そう思いついて、クロストを追い詰めているだけという事実に、今度は罪悪感がこみあげて、もう一度胸元を握り込む。

 見上げているクロストの目に感情が伴わない。


(ああ、駄目だ)


 いつものクロストなら最初の一言に反論するはずなのだ。

 発言への文句と、おおよその理由と、あれば解決案や質問を、大真面目な顔で、言うのだ。


 顔を合わせる横で、ジギはリリーにフード付きのコートを着せ、ついでにスティの手を解いてクロストを担ぎあげた。


「ミュレーターさんはここで頭冷やしてな」


 ジギから少し棘のある声色で言われて、スティは無言で頷いた。

 クロストもさっきまでいた場所に連れて行くのだろう。不安はあるが異論はない。


「なるったけ早く、一度戻る。留守番よろしく」


 リリーはフードを目深にかぶりながら言い、三人はそのまま部屋を出て行った。

 ばたりと扉の閉まる音を聞きながら、スティはぼんやりと考える。

 リリーの家の転送魔法陣は、専用に一室用意していると言っていた。

 クロストを守った兵士は即死だったのだろうか。

 すぐに向かったとしてどれくらいの時間差がある物なのだろうか。

 私が一度目で成功させていれば。否、それは何度やっても叶わないのだと思う。

 あの時クロストが死亡できていればと、思ってしまう自分に嫌悪をだく。

 いつもの様に小説に使えるネタだと、頭が切り替わらない。

 何度もクロストにちゃんと考えてと言われたが、あんな風にワクワクと気分が高揚しない。

 まるで今の私がクロストの様だと、ふと眼鏡を当ててから外してみた。

 真似たところで気持ちの問題なのでなにも変わるはずもなく、何をしているんだろうと、情けなくなる。

 もう少し掘り下げて考えて、反省して、落ち込んで、それから立ち直ろう。

 紙とペンを用意してスティは改めて考え始めた。

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