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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
第四章 守られて救う世界

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05 確定していると思い込む莫れ


 経由すると思っていた神様のところへは行かなかった。


「バシュッ」


 破裂音。目の前で魔獣の頭に穴が開いて脳のような物をまき散らしている。


(え……?)


(スティ! 始まってる!)


 恐らく入れ替わったこの人物がなにか魔法を放ったのだろう。

 戦闘に魔法を使う人間に入れ替われたのは都合が良い。

 クロストの声に、スティはぐるりと体を半回転させて周辺を視界に入れながらしゃがみこみ、地面に片方の手のひらを押し付けた。


「聖女を呼びます!」


 土魔法を使いながら関係のない言葉を発するのは本来は難しい。

 しかし、日頃生活魔法しか使っていない二人にはこの言葉をきっかけにする事が出来た。

 アマリリスが業火と叫んで火魔法を区別していたのと同じ理屈らしいが、何となく発動しているとしか言いようはない。

 ボコボコと地面を均して外側から円を構築する。

 スティが問題なくすべてを終えた場合の時間はクロストよりも短いが、少しでも引っかかりがあると途端に十分を超えてしまう。周囲に気を配る余裕はない。


 クロストは視界の端から出来る限りの情報を集めていた。

 揃いの装備に階級識別の布が腕に巻かれている。


(という事はブレイン国の近衛兵か)


 勇者パーティーの補助に入っていたはずだが、近衛兵だけがこの場にいるようだった。

 拠点というには粗末だが、数人の負傷者が横たえられている。

 この場にいると言う事は支援兵、もしくは衛生兵の一人かも知れないが、視界の端に映る入れ替わった人物の右腕に巻かれた階級識別の色は空色。

 クロストが小説で読んだ中に色が濃くなるほど上位というものがあった。それが正しい情報であれば指示を出すような階級ではないと言う事だろうと考える。


(……だと、まずいな……)


 クロストが呟くのと同時、スティは肩を掴まれた。


「What's up?」


「え?」


 後方に引かれて魔法が霧散する。


(スティ、ブレイン語!)


 体勢を崩して座り込んだスティの眼前には同じ装備の男が立っている。

 顔色は悪く、目の下のくまも酷い。

 階級識別の色は濃紺。この集団の中で一番偉いのかもしれない。


(急に言われても出てこないわよ! 翻訳されるんじゃなかったの?!)


 スティはパニックを起こしている。

 男は困惑しているだけのようで、怒っている訳ではない様だ。


(今から言うからそのまま言って)


 ガルプラダでお礼を告げた時の要領でいけるだろうとクロストが提案した時、目の前の男が左に吹き飛んだ。


「え?」


 吹き飛んだ方向へ思わず目をやりながら、スティは自身の右側の地面にぼたぼたと液体が落ちる音を聞いて、少しずつ首を動かす。


「Down!」


 視界の隅に魔獣の足を捉えたところで、後方から叫ばれたその声の主を見ようと振り返り、そのまま視線が横へ移動する。


「え?」


 痛みは感じなかったが、致命傷である事は分かった。

 どくどくと右の首から血が流れ出ているのが分かる。


(スティ!)


 クロストの声に、


「ふふ」


と、スティは声に出して笑った。


(入れ替わってから、え? ばっかり言ってるし、クロストもスティとばかり言うから、原稿だったら直されてる)


(何の話?)


(あれ? とか、なんですって? とか、きゃあ! とか、なんでもいいから同じにならない様に文章を調整するって話。実際は何度でも同じことを言うし、会話をしている分には気にならないけれど、文章にすると同じセリフが続くのは気になるでしょう?)


 うまく呼吸ができないが、不思議と苦しくはなかった。見えるものがぼんやりと輪郭を無くし始めたが、実際に声に出しているわけではないので言葉は途切れない。

 やがて視界になにも映らなくなると、先程までの驚きと焦りは何故か怒りに変換されて吐き出される。


(翻訳はどうしたのかしら? これって最初から言葉が通じてなかったって事よね? 神様って対価を支払わずに労働を強いるのかしら? 怠慢だと思わない?)


 耳鳴りと、人の足音と、バリンと何かが割れる音と、それから誰かがスティを運ぶ気配を感じて、言葉を止めた。

 視界は暗くなったままで、感触までは共有していないクロストは、スティが言葉を止めた意味を正確には理解できない。


(……そもそも神様から頼まれてこの場にいるわけじゃないからそのせいじゃないか?)


 仕方がない、次は成功させると、慰める様に言うクロストの言葉を半分だけ聞きながら、スティは移動させられて寝かされて、それから両手を腹の上に組まれるのを感じていた。


「I don't have enough medicine. Sorry」


 囁かれた言葉を、スティは聞き取れない。


(……薬が足りないみたいだな。謝ってる。やっぱりリリーには来てもらった方が良い状況なのかも)


 どうせやり直すのだから意味はないが、スティは気にしないでと一言だけでも告げたいと思う。

 目を開こうにも、ほんの少しだけ瞼が動くだけで開く事も出来ず、言葉を発しようにも息が漏れるばかりで言葉にはならず、頭までぼんやりと霞がかかったようだった。


(ああ、もうすぐ、死ぬと思うわ)


 これまではすぐに暗転してしまうような死ばかりであったが、今回は違う。

 それこそようやく眠れると布団に入った時のような、引きづり込まれるような感覚に抗えない。

 スティの意識はそこで途切れた。



 クロストは考える。

 神様からのお願いでここに居るわけではないのだ。

 神様を脅していつもとは違う本でここに来ている。

 翻訳の約束が有効でないなら精神崩壊も治して貰えない可能性が高い。

 現状を見るに、最初から崩壊しない様に調整していた節さえある。

 それでも、これを終わらせなければ話し合う事も出来ない。

 スティは気が付いているだろうか?

 スティ、と声をかけようとして先程のやり取りを思い出す。

 また笑われるだろうか? それも良い気がした。今は少しだけでも気持ちを軽くしたい。

 クロストは普通に自分らしく声をかける。


(スティ、聞こえてる?)


 スティからの返事はなかった。

 肉体の方が死んでいないのかもしれないなと、クロストは漠然と理解する。

 ここにリリーがいればまだ間に合うのだと、リリーの願いを改めて認識できた。

 夢を見るなと罵倒されそうであるが、やはり聖女は職業ではなく資質や使命なのだろう。

 知ってしまえばどんな手段であっても、救うために動かずにはいられないのだ。

 状況は変わらず、精神だけの状態で深呼吸も出来ないが、自分でどうにもならない場所にいても、頭の中でやれることがあるうちは大丈夫だ。

 本当に自分の番が来るのだろうか? 早く自分の番になって欲しいと、膨れ上がる焦燥感を飲み込んで、クロストは魔方陣の文字を反芻した。

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