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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
第四章 守られて救う世界

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04 一夜漬けでは心許ない


 そうだな、と、クロストはいつも本に文句をつけているようにブツブツと喋る。


「中身が入れ替わるだけだから書いたものは持ち込めない。現場に平らな場所と紙とペンがあるとは限らない。時間がなさすぎるから同行者に説明する時間がないって事は、入れ替わった途端に辺りを見回して書ける地面を探して書き始めるんだろ? 同行者が気がふれたと思って止めないか? 万が一止めなかったとして、何で書くんだ? 杖? 剣? 地面を掘って? 岩場だと無理だろ?」


 スティは少しだけ上方に目を向けながら回答した。


「書いたものは持ち込めないけれど、これまでのパターンだと、私とクロストの両方が覚えていれば万が一どちらかが忘れても指示出しは出来るし、時間短縮は難しいけれど、内容に関しては何とかならないかしら? 場所は土魔法ならよっぽどでない限り使えるはずだから、作っちゃえばいいんじゃない? これって円で囲うのよね? 最初から円のサイズで土の足場を作って、そうね、文字以外の線の部分は足場を作るついでに魔法でいけると思う」


 二本線で描かれた大きな円の中、内側の線に沿うように均等に配置された二本線の円が六つ。中央に同じく二本線の円が一つ。六つの円は直線で繋がれて、それぞれの円からも中央の円の中心に向かって直線で繋がれている。ここまでは土魔法による土塊で作り、文字を書き込む部分は普通の土にして、最悪は指でも書けるようにすれば良いと、具体的な方法はジギが提案してくれた。

 同行者への説明に関してはリリーが、


「聖女召喚するから十分くれでいんじゃね? それどころじゃねぇだろうし」


と発言して、一応の納得をする。

 同行者の性格に依存する部分だろう、今からあれこれ考えても意味はない。


「そういえば、エステル様が速度の上げ下げって出来たよな?」


 時間の問題は解決しないのよね、と眉根を寄せるスティに、クロストが思い出して言えば、


「速度を上げるだけなら身体強化でいけるから、冒険者職なら大抵使えるぞ」


と、エステルの魔法は使える人物が限られている為、異なる方法をジギが回答。

 脳の処理さえ追い付けば理論上は早く書くことが出来るはずだと、後程検証する事とした。

 記述する文字は殆ど丸覚えになりそうだが、数字に関しては覚えやすい。四角の中に四角を書いて対角線上に二本線を引いてこれで十まで。書き順は術者によって異なるそうで、決まりはなく、クロストとスティで合わせれば混乱は少ないだろうと、こちらはリリーが提案してくれた。

 こういうの覚えるのは好きだからと、クロストが覚えやすいようにまとめる横で話を再開する。

 時間はあまりないのだ。


「そういえば、キドニーが脅されているっていうのはどんな内容なの? 私が聞いても頑張れそうな内容?」


 流されるまま対応しているが、スティにはどうしてもやらなくてはという気持ちはない。

 だからそんな風に聞いた。

 リリーの方を向いて聞いたのだが、答えたのはジギだった。


「バオは単純にキドニーとブレイン国の両方に救援を出した。ブレイン国は魔石を報酬に飛びついたが、キドニーは魔石を使わない生活を模索し始めているだろう? 救援を出し渋ったんだ。それならキドニー方向への逃げた魔獣は不幸な事故として処理するし、状況報告は行わない、と」


「つまり、積極的にキドニーに魔獣を誘導するし、それがいつ頃になるかも判断がつかなくなるようにするという事ですね? これって、ブレインに怒るべきなのか、バオに怒るべきなのか、こう、怒りが分散しますね」


 はぁ、と疲れる話を聞いたとばかりにスティはため息を付く。

 魔石を使わない生活用の道具の殆どに自分が関わっている分、少しだけ責任も感じてしまう。


「キドニーも、出す代わりに情報は貰うが、東のブレイン側はそちらで対応しろと交渉したし、魔石に関しては倒した分はこちら側の益にすると宣言しているからな、今後を考えれば、バオを共通の敵と認識して、どちらかの国の管理下に置きたいと言ったところだろう」


 ジギは簡単にいうのだが、スティとしては噂話にとどめておいて欲しい内容である。

 想像して対岸から騒ぐ位が一般人には丁度いいのだ。

 そういった話に、実際に手を上げて踏み込むのは大変な労力が必要だろう。


「あっさり教えるんですね」


「お嬢を見ていると警戒するのも馬鹿々々しい。問題があれば殺すから心配するな」


「冗談に聞こえませんけど」


「冗談ではないからな」


 明日すれ違っても気が付かないかもしれない、特に特徴のない雰囲気のジギが普通にそう言うので、流石にスティは怖さを感じた。


「寝ている時にお願いします」


 強がってそう返せば、善処すると言いながら、少しだけ笑う。それもなんだか不気味だった。


「僕は死にたくないので出来る限りやり返しますけど」


 ボソッと魔方陣の設計図から目を離さず、手も動かしたままクロストが言うので、ジギは意外そうに眉を上げた。


「ミュレーターさんの方がやり返しそうだと思ってたんだが?」


「死ぬ時は死ぬのではないでしょうか?」


「今は気になる新刊が七冊あるから嫌だ」


「ジギ、話進まねぇから気にすんな」


 リリーが不毛な会話を止めて、話は再開する。

 スティもクロストも、巻き込まれたら巻き込まれるまま対応するのは分かり切っていた。

 後はどうやって神様の力に参加するか、である。


「主軸になる人物の死の危険が引き金になって発動してるんだよな?」


 スティの書いた小冊子を改めて眺めながらリリーは言う。


「主軸と言うか、その人物が死ぬと世界が終わるらしいから、歯車がかけるとか、そういう感じなんじゃないかって理解しているのだけれど」


「ふーん。でっけぇ話」


 リリーは半眼になって小冊子を閉じ、ジギが持ち帰った本に手を乗せる。


「なら簡単じゃねぇ?」


 まるで誰かの頭でも掴んているかのように、指先に力を籠めた。

 表紙が傷むからやめろとクロストが声をかけようとしたところに、ジギの声が割り込む。


「お嬢!」


 リリーはギギッと中指を表紙につき立てて言った。


「神様が言う通りに動かねぇならアタシが死ねばいんだろ?」


 言い終わるや否や、時間が止まる。

 動けたのは、クロストとスティ、そして、ジギ。

 始まったとばかりにげんなり顔の二人に、ジギは舌打ちする。


「どうすればいいんだ?」


 今までであれば、本を開いて一度神様と対面してからどこかで入れ変えられるはずだ。

 かと言って、今、本を聞かれたところで、魔方陣はまだ覚えていない。

 ジギの緊迫した空気を打ち壊すようにスティは言った。


「ねぇ、クロスト。リリーちゃんの顔に悪戯書きしたら残ると思う? 消えると思う?」


「スティ、前にも言ったけど……」


 言って、クロストは思い出す。

 あの時は導かれるように本への道が示されたが、今は本が目の前にあって、道が示されている様子もない。

 入れ替えさせられるのが二人なら、恐らくジギは司書の役割なのだろう。

 そして、時間は止まっている。


「……ジギさん。多分、リリーは本気だったんだと思う。だから、世界の危機として受理されて、ジギさんが本を開けば始まるんだと思う。それで、終わるまで時間はこのまま止まってるんだとしたら、」


 ジギは時間が止まっているリリーを見てから頷いた。


「もうお嬢とは相談出来ないが、魔方陣を覚える時間は出来たんだな?」


「ああ。相談……は、聖女を派遣したい場所の順番とかだよね? 多分それば問題ないんじゃないかな。神様の慈悲とか加護らしいし、死傷者を増やさない方向で入れ替わると思うよ」


「え、リリーちゃんただの脅しじゃなくて本気? それなら悪戯書きなんて出来ないわね!」


 馬鹿な事を言ってないで早く覚えよう、と、クロストが再び魔方陣に視線を戻せば、スティもガタガタと椅子を寄せて魔方陣を覚え始めた。


 スティは殆ど初めて認識する文字列に苦戦する。

 クロストにとっても全てを完璧に覚えるのは難しいが、お互いがお互いの助けになるように、双方が覚えておくべきだろう。

 ジギがクロストが担当して覚えなくて良いのではと問えば、恐らく次はスティから始まるからと、クロストは難しい顔をした。

 それなら誰でも簡単に死ぬ方法を教えてくださいと、スティはジギに聞く。

 無駄に時間をかける必要はない。

 無理だと思ったら死んで入れ替わればいい。

 クロストには許容しがたい発言であったが、ジギは何とも思わなかったようで、いくつかの魔法を教えてくれた。そういったものを教えるのも駄目だと二人は思うが、やはり大々的に喧伝するようなことがあれば、ジギは二人を殺すのだろうとも思えた。

 住んでいる世界が違いすぎる。


 ジギは、魔方陣にはそれほど詳しくはなかったが、魔法文字や魔方陣の意味を読み解く事は早かった。

 魔法陣上にのった人物の人体構造を確認して、その情報を空へ打ち上げ、月や太陽や地形から現在地を確認し、世界に点在する魔法陣から到達地点を選び、到達地点への情報の移動、到達地点への情報の落下、そして、到着する魔法陣としての機能の、到着後の人体構造情報を再構築する機能。

 分析して、理解して、より間違いなく覚えられるように時間を使う。

 庭に出て土魔法を試し、身体強化での早書きの練習をし、どれ程の時間をかけたのだろう、覚えた。

 空腹や眠気に襲われる事はなかったが、スティが途中で脳の整理と言って二度寝たので、確実に丸二日は使ったと思われる。


 そっと、リリーを椅子ごと持ち上げて、本を抜き取り、テーブルの真ん中に置きなおす。


「いいか?」


 ジギが最終確認をとれば、二人はこくりと頷いた。


 そうして本は無事に開く。

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