03 事実を歪んで認識すれば真実も嘘になる
そこから先も面倒な話は続く。
ガルプラダは鉱山資源も残り少なく、作物にも恵まれない土地である。食料品を輸入に頼る事を考えれば別の輸出品の確保は急務だった。だから雷を扱える魔導士を生贄に、魔獣を変異させて国の三分の一を魔獣に明け渡した。雷の境界線で街を守りながら魔獣素材を集めて売ったのだ。
国民の為を思って始めた事かもしれないが、この方法はいまだに多くの死者が出るという。
他国を頼るには安全性が低く、下手に情報を流してしまっては大惨事になりかねない。
元々閉鎖的な国は更に閉鎖的になり、気付けば魔石の確保が容易な国と思われて侵略を警戒しなければならない状態にあった。
「閉鎖的ってつまりは何かを隠されているという事でしょう? 隠し事というのは後ろめたい事を連想するからかしら、なんとなく悪い国という感じがするし、脅威に感じたり、勘ぐったりするのは当たり前で、なにかされる前に潰しておこうと思う国もあるわよね。ガルプラダにもそれなりに事情や理由があって、良い国という面だってあるのよね。国民にとってとか、あの魔獣の群れを見た後なら、秘匿したという事も良い事かもしれない」
スティはあれこれと考えつつも感想をもらした。
「つまり、バオ国が魔獣を変異させたって事?」
勿論情報収集はキドニーだけが行っているわけではない。
諜報員によっては中途半端な情報を持ち帰ることもあれば、偽の情報を掴まされることもある。
魔獣を増やす情報だけに特化して、防衛や運用に関する情報は少なかったのかもしれない。
今回バオ国で突然変異が起きたのならばそういう事なのだろう。
「ああ。戻らねぇ術者を回収しに行った時には手が付けらんねぇ状態だったって話だな。まぁ地底窟だったのは幸いだな。こっちも地上で一般人を襲う前に動けたし」
それでも勇者パーティ―を集結させ、配置完了するまでに時間はかかっている。
どれだけの犠牲者が出たのか、それもリリーは悔やむのだろうとクロストは渋い顔をする。
「キドニーの聖女は国外ではいるかいないか分からないように情報規制がされている。他国から助けは求められない。だからお嬢が助けに行かなかったとは思わないでやってくれ」
ぽん、とリリーの頭に本を乗せて、いつの間に戻ったのかジギが涼しい顔で言う。
クロストの渋い顔が怒っている様に見えたようだ。
「顔が不自由なだけで心配してくれてんだから心理的負荷をかけんじゃねぇよ……お帰り」
リリーは訂正しつつ落とさない様に両手で本を取った。
「表情が不自由の言い間違えだと思うのだけれど」
スティはあの本を見つけたのかと驚きながら言うが、当の本人は会話は全く耳に入れず、早々に違う本だと判断して片手を差し出している。
同じ本であれば手に取りたくはないが、違う本であれば、それでも中身の確認は危険そうなので、装丁くらいは確認したい。
リリーは差し出された手に何の迷いもなく本をのせた。
「いいのか?」
ジギが驚きの声を出せば、リリーはふんと鼻を鳴らす。
クロストが本を観察し始めたので、スティは先ほどのジギの発言について質問した。
「月刊勇者には聖女様情報が掲載されていましたよ? 情報規制って限度がありませんか?」
「切り札として所有しているフリをしているフリをしているんだよ」
キドニーとしては、聖女単体での支援要請は認めず、と声明を出すだけで、容姿についてや詳細な活躍の話は出さず、公式の場には聖女に見える女性を侍女として同行させて、髪色を変えさせたり、靴で身長を変えたりして、変装を匂わせるのだ。
実際には有事の際に大賢者作製の転送陣で現場へ直行して直帰しているので、勇者パーティ―や一部の冒険者や兵士にはバレていると思うが、にこりと可愛らしく微笑んで、侍女ですと言い切れば、侍女から良く効く薬を頂戴したと報告されるだけである。
「アタシもこんなだし、侍女ってのはかなり無理があんだけど、まぁ、前線に駆り出されるヤツなんて、国に思うとこあるヤツばっかだしな」
感謝される立場は強い。
本当に聖女はいるのか、優れた薬師がいるだけなのかという憶測が憶測を呼び、最近では、キドニーの勇者パーティ―の戦力が報告されているよりも強大だとか、聖女は人間ではなく概念だとか、技術を秘匿されている魔法の一つであるとか、存在よりも力に注視されているようで、ますます要請の希望は上がらなくなっているという。
なるほどとスティが感心する中、クロストはとん、と机に本を置いてため息を付いた。
「開きたい。一度目は開いたらそのまま落下して死んだから、先にどうするのか話を進めよう。取りあえず入手経緯を教えて欲しいんだけど?」
スティとリリーは読みたいだけでは、と思ったが、ジギには知る由もない。
「図書館員の在席者名簿を確認してから治安維持会で避難者一覧を見た。該当者は三人。面会手続き中に俺の名前を見て荷物を預かっているとその本を渡された。三人とも出発したばかりの巡回車に乗っていたらしい。乗り込む時に俺の名前と本を渡されたから、渡した人物の名前も分からないそうだ」
ひねりのないそれらしい挿話だと、スティとクロストはげんなりする。
「その本で間違いはないのか?」
ジギの質問にクロストは軽く首を振った。
「いいや、司書が持っていた本とは違うんだ。本の厚みと、中の紙の方向と、表紙の色も少し違うかな」
紙には流れ目というものが存在する。木材や草などから抽出した繊維を一定方向に流しながら製造する為、繊維が進行方向に揃いやすいのだ。
流れ目と平行方向であれば破りやすく折りやすい。垂直方向であれば破りにくいが折り目が割れて折りにくい。
「この本は垂直に綴じられているから、上下から見た紙の傷みと歪み、横から見た時の傷みと歪みが……」
蝶々と説明し始めたクロストを三分程かけてなんとか止め、本が違う事と、ジギが開こうとしても開かなかった事を全員で共有する。
クロストが表紙を少しだけ持ち上げてみれば開きはしなかったが、なにかが引っかかっている様な、そんな浮き方をする。上手く説明が出来なかったが、話が固まれば開く様な気配がして、これにスティも同意した。ここに居る四人の誰か一人が本を開ける可能性は高い。
開いてしまえば二人以外は何もできない状態になってしまうだろうと、ここでようやく本題に入る。
入れ替わって現場に行けたとして、何をしたいのか。
答えたのはリリーだった。
今日までの間に話はまとまっていたのだろう。
「各現場で転送用の魔方陣を書いてきて欲しいんだ」
幸いにして魔石は潤沢だ。転送用の魔方陣さえあればそこを回復拠点にしてしまえばいい。
順番にリリーが巡って治し続ければ死傷者は格段に減る。
「勇者のいるとこが最前線だし、状況も把握できて手間がねぇだろ?」
「リリーちゃんは大丈夫なの?」
そもそも聖女の力とは何なのだろうか。魔力ならどれ程続けて行使できるものなのか、聖女に負担はかからないのか、理解できない力はどんな方向性のものでも怖いと、スティは思う。
「大丈夫なとこまでしかやらねぇよ!」
にかりと笑うリリーは、少なくとも意識のある内は諦める性質ではない。
「お前らこそ行けるか? 覚えられそ? 魔方陣」
スティとクロストは顔を見合わせた。
スティはなにも分からないので自信がないと首をふる。
クロストは時間をかければ意味を理解できる程度に知識はあるが、書いた事はない。
発動しない様に分解して書かれた設計図をジギが広げる。
転送人数によって記述が変わるので、今回は三人用。
本来円に沿って書かれる魔法文字は、設計図の下部分に左から右の横書きで書き連ねられている。
必要な文字数はおよそ五百文字。
「……無理よ……」
文章を書き慣れているスティはいう。
覚えられる、られないの問題ではない。
母国語の書き写しであれば可能かもしれないが、記号のような魔法文字である。
とても十分間で書き上げられる文字数ではなかった。




