20 駒になれという話
一度目と二度目の出来事を読み終えたリリーとジギは、今回の件の箇条書きを眺めている。
リリーがなにか考え込んでいるので、ジギが新しくお茶を淹れながら軽い調子で話し始めた。
「にわかには信じがたいが、本当なんだろうな。職業が本屋と作家じゃ怖かったんじゃないか?」
一般人が整備されていない場所に赴く機会はなく、殺されかけることも、なにかと戦ったりする事もない。いきなり落下していたり、毒薬を渡されたり、魔力暴走していたりでは、さぞ怖かったはずだとジギは思う。小説風にまとめられた文章から困惑は見て取れたが、恐怖に関する記載は多くはなく、二人からは精神的な影響も感じられなかったので、そこに何かがあるように感じたために投げかけた質問でもあった。
「確かに、所々で恐怖はありましたね」
スティは少し首を傾げながら返答する。その都度恐怖というのはあったように思うが、今となってはそういう事があったという事実だけなのだ。
机に置かれた一度目の小冊子を捲りながら、クロストは補足するように言う。
「単純にそれどころじゃないというか、恐怖よりも焦りが先行してたと思う。精神崩壊は治すって話だったから軽減はされているんじゃないかな。書いてないけど、そもそもスティ自体が半分取材みたいで変なやる気があったし……僕の分の心理描写の大半は間違っていると思う……」
「え? どの辺りが間違っているの? 大体合ってない?」
スティは驚いているが、小冊子の中の、次につなげるための自己犠牲で火傷を負いながらも周囲の様子に気を配るクロスト、には複雑な感想しか出てこない。臨場感たっぷりに書かれているが、少なくともクロストとしては、早く終わらせたいという気持ちしかなかったはずである。全然合っていないと答えるクロストの手元から小冊子を奪い取って、スティは読み返してはなにか書き込みをし始めてしまった。
話が進まないのだが、と呆れたジギに、質問なら僕にどうぞとクロストが視線を送る。
自分だけはまともだとでも言うような顔をしているが、ジギとしてはクロストも異常な性質だと思う。淡々としていて弱そうな見た目は案外密偵職に向いているかもしれないなどとも思った。
「まぁ、強制的に放り込まれるようなもんだしなぁ。俺でも焦りが先行するか。神様からの呼び出しか……司書が持っていた本をエステルに見せられりゃ、なにか分かりそうではあるんだが……あくまで推察した人物で確定ではないんだろう?」
「本人が正体を明かす気はなさそうだったけど、今回は僕の家で発動してるから、図書館の敷地面積と同程度の範囲で避難が遅かった図書館勤務の人ってのは間違いないんじゃないかな。居住区域が同じかどうかは分からないから、同じ避難所には居ないかもしれないけど」
近隣の避難所へ一度避難をしてから、治安維持会で護衛をつけて居住区域の避難所へ移動させたと聞いている。履歴は残っているだろう、探せばすぐに特定して確保する事は可能だろうとジギは頷いた。
「お嬢、ちょっと出てきていいか?」
「あいよ」
「え? ちょっと待った」
会話の流れから司書を探すつもりなのだろう、短く交わされたやり取りにクロストは慌てて止めに入る。
「本人が正体を明かす気はなさそうだって、書いてあるし、僕は言った」
ジギとリリーはクロストへ視線を向けるが、そこに感情は一切乗っていない。
どこか張り詰めた雰囲気に、スティも手を止めて顔を上げるが、話は聞いていなかったので分からない。
「その気がねぇだけで存在してんだから仕方ねぇだろよ」
あっさりとそう告げたリリーが右手をふれば、ジギが無言で消えた。
実際には走って家を出ただけなのだが、スティとクロストには何かの魔法が使われたことしか分からない。
「なに? どうしたの? ジギさんはどこへ行ったの?」
「司書さん捕獲しに行った」
「はい? 捕獲してどうするの?」
困惑するスティに、ジギが淹れ終えて配布しなかった茶を差し出しながらリリーはにこりと笑う。
「さぁ? ただ手駒は多い方がいいだろ? それに、お前らが入れ替わるよりは知識のある勇者パーティ―の誰かが入れ替われりゃ何度も死ぬ必要もなくなるぜ?」
それは二人が思っていた事でもある。
もっと魔法の知識があれば、もっと戦闘慣れしていれば、少なくとも半分くらいの失敗で済んでいたのかもしれない。
「それはそうだけど、司書さんの件はまた別の話だろ? 話をすり替えないでくれ。本人が望んでない事を暴いて捕獲してってそれはどうなんだ?」
二度目もあるのかと疲弊して、三度目にはまたかと思った。
その内また強制的に呼び出されるんだろうと諦めていた。
だからリリーの話には魅かれる部分もある。
けれど、そういうやり方はクロストには許容できなかった。
「神様のご配慮付きの司書を捕獲できるとは思わないのだけれど」
スティはまた別の考えだ。
確かに二度目もあるのかと疲労は感じたが、それなりに楽しかった。
実際の二度目には興味深い部分がたくさんあり、自身を取り巻く環境も変えられた。
非日常を日常に上手く溶け込ませることが出来るように感じた。
三度目はただただ遠く大きい世界と感じていた物事が、勇者パーティ―や、人とのつながりや、実は重要な情報が散らばる世界を、近くて狭いと感じる事が出来た。
架空の存在かもしれないと思っていた聖女は目の前にいて、身分を隠して薬屋なんかをやっている。小説よりも小説らしい出来事に、どうやったらそのご都合展開を読者に納得させられるのだろうか? と、つい考えてしまうが、逆にその部分が創作になるのだ。
現実と妄想が入れ替わることなどないと思って書いてきたが、最近では妄想がどんどん現実になっていく。
けれどそれは神様の力が大きいだけで、たまたま私が恩恵を受けただけなのだ。
「神様のご配慮?」
リリーは目を大きく見開いて首を傾げる。
「そう。ご配慮。二冊目に書いたでしょう? 神様から仕事を貰った私たちは顔を合わせても個人の特定は推察でもしないと出来ないの。私たちはその辺り何も考えていないけれど」
「どうでもいいだけで考えてない訳じゃない」
クロストが割り込む。
「思考放棄は考えてないのと同じだと思うわ。司書さんは絶対に身分を明かしたくないタイプだと思わない?」
「思う」
「なら心配しなくても捕獲なんてできないわよ。私たちと違って」
さらりとクロストの許容できない部分を、心配、とまとめてスティは言った。
クロストはなんだか納得がいかない顔をして目線を逸らす。
自分たちが選ばれた人間だとは思わない。都合が良くてたまたま巻き込まれただけだろう。
反対に司書は選ばれた人なのだろうとスティは思っている。
「そこまで神の力ってのが強ぇなら、ますます手駒に欲しいけどなぁ」
ぼりぼりとリリーは頭をかいた。
「あ、そういう意味では大丈夫。神の奇跡を届ける使者的認識をされて今後はもっとやり易くなるって神様が言ってたもの。司書さんは捕獲できなくても本は手に入るんだと思うわ」
スティはあっさりとそう告げて、四度目は意図的にすぐに起こすのかしら、と、にこにこ笑った。
ゴンッ、とテーブルに額を打ち付けてクロストは冗談じゃないと唸る。
リリーは一瞬止まった後、大声で笑った。
「あはは! そりゃいいや! アタシの力だって神の奇跡とか言われてるんだぜ? 疲れるしそれなにり身も削って私生活も潰されてんのに、神の奇跡だぜ? なにが奇跡だよ! アタシの頑張りだっての!」
ガブリと一息にお茶を飲み込んで、スッと姿勢を正す。
雰囲気ががらりと変わった。
クロストはテーブルに乗せていた顔を上げ、スティはそのまま次の言葉を待つ。
「勇者と、我が国の諜報部員と大賢者を助けてくださったのは神ではなくあなた方お二人のお力なのでしょう。聖女リリー・ベラドンナとして感謝を。そして今後の望むあり方もお約束いたします。どうかそのお力をお貸しください」
神の使者とは言わなかった。
凛と発せられたその言葉に、
「気にしなくていいのに!」
「絶対に嫌だ!」
二人の声が同時に返事をして、リリーはまた大声で笑うのだった。
***
第三章 完




