18 ちょっとした拷問だと思う
避難中の街中はとても静かで、時折通る治安維持会や避難物資を運ぶ車両の音が大きく響く。
王宮の紋章が入った専用車両はリリーの薬屋の前に停車すると、スティとジギを降ろして走り去っていった。
入り口の扉は開いたままになっており、中から男のうめくような声が聞こえている。
「クロスト?!」
声に反応して、スティは入り込みながら声をかけた。
「あ、おい!」
慌ててジギも追ってきたが、丁度死角になっていただけで、声の主と店主はすぐ近くにおり、すぐに立ち止まったスティにぶつかりそうになって止まった。
「お、来たな」
店主のリリーは軽い調子で片手を上げ、傍らのクロストは無言で視線だけを向けて来た。その手元には籠を持っており、薬草と果物が乱雑に入っている。
「来たと言うか連れてこられたのだけれど、クロストは何を呻いているの?」
スティが首を傾げれば、クロストは籠を持っているだけでも嫌なようで、引きつった顔で言う。
「これから飲まされるらしい」
「めんどくせぇから全部すり潰して飲ませんの」
リリーの発言でおおよそを察したスティは、
「飲まない方が酷い目に合うのよ、きっと」
と、言いながら籠を覗き込んだが、薬草に関しては乾燥されて元がなんであるかは判別はつかなかった。
「分かってんじゃん。ここじゃなんだし、向こうで調合がてら話そう。あ、ジギ、ご苦労さん。当たった?」
「みたいです」
だろうね、と呟きながら、リリーは台所兼食卓のある部屋へ全員を招き入れた。
スティはジギから両親に、魔石を使わない道具の発案者として王宮に呼び出しを受けたことに、クロストはリリーから治安維持会へ奉仕活動の続行不可としてここに連れて来られている。
スティの方は両親から称賛と、失礼のないようにと言われただけであるが、クロストの方は治安維持会の顔見知り数人に怒られた上に父親にも注意するように伝えておくと言われて踏んだり蹴ったりだった。
役に立たないと言われたようで落ち込みもしたのだが、リリーから役にたつから使い潰したくなくて大事にするんだよ、と諭され、取り敢えず寝ろと移動中は強制的に眠らされた。
おかげで魔力も回復して幾分スッキリしてきたので、手にした薬草も必要ないんじゃないかと思っているのだが、ダメらしい。
リリーはポイポイと調合用の箱に入れて魔法で粉にし始める。
スティはお茶を淹れてもいいかしら? とリリーに断りを入れて台所に立ったが、家事が壊滅的だけあってポットに大量の茶葉を入れようとしてジギに止められて、クロストがポットと茶葉を奪い取った。
座らされたスティはスンと無表情になったが、すぐに気を取り直して会話を試みる。
無言で作業をしても時間の無駄だろうとも思った。
「今、勇者パーティーってどうしているの?」
「車で説明したと思うんだが……?」
困惑するジギ。
「ごめんなさい。王宮の専用車両なんてこの先乗る機会もないかと思ってメモを取るのに夢中であまり聞いていなかったかもしれません」
少し脳内が作家状態だったかもしれないと反省する。
「なんか違ったの?」
クロスト達は空いていた巡回車を借りたのだ。
「乗り込んだ時に自動で靴の汚れを落とす機構だったり、揺れは殆どなくて、魔石を利用しているのは分かったのだけれど、魔力の供給源も見つけられないし、ちょっと目を向けると全ての装飾が素敵で、思考を奪われちゃうの。見惚れてると観察するって言うのはやっぱり違うのよ。座面はふかふかでフクロウみたいなふわふわの手触りだったし、走り出してから慌てて観察に切り替えてメモをとったから、いつか王宮物語を書くことがあったら使える」
「違いを聞いたのに的外れな回答をよこすのなんなの? まぁ何となくわかったけど。それ、一般庶民は感動するかもしれないけど、日常的にその車両しか使わない人からした普通のことだから、描写不要じゃない? 王宮関係者が主役なら三人称で書くか、王宮に上げられた一般人の一人称なら引っかからないかもしれないけど……」
カップに汚れや付着物がないか念入りに確認しながらクロストが言う。
隣でリリーが果物の皮を剥き始めた。
「確かに……車内描写なんてゆったりとか乗り心地が良いとかくらいで、書きすぎると読みづらいわよね」
納得するスティにごほんと咳払いをしてジギが話を戻す。
「勇者パーティーは分散して交戦中だと思われる」
そうだったとスティとクロストはジギに向かって質問を投げかける。
「あれはどこなんでしょうか?」
「休憩する余裕ってあるんですか?」
ほとんど同時に発せられたが、ジギは正しく聞き取って返事をした。
「バオ国の北にある魔獣の巣と呼ばれる地底窟だ。休憩は個別に取るしかないが、基本的に制圧するまでは取れない」
カップにお茶を注ぎながら、クロストは眉間に皺を寄せる。
華々しく圧倒的な印象のある勇者パーティーは、ろくに休憩も取れずに死にかけながら戦っているのだ。
自分は強制的に休憩を取らされる側で、そんな事も知らずに守られる側で、ざわりと何か嫌な気持ちになる。
「……森って思ったんだけれど、地底窟なら出入り口を塞ぐだけで隔離が出来る……」
スティもざわりと気持ちが動いたが、それはクロストとは反対方向だ。
また話が逸れそうだと、ジギは簡単に説明する。
「アリの巣状に魔獣の道が出来ていたが、一番開けていて魔獣の数の多い箇所の制圧は完了している。君たちが見た場所がそうだ。エステルが暴走を止めてから半日くらいだったか。わかる限りの出入り口には冒険者を配置していたから、そこで休憩を挟んで、内側から分散してそれぞれが出入り口に向かった。その時にお嬢と俺は転送魔法で離脱したんで現状はわからんが、もう地底窟は出ているだろうな」
クロストはスティが何か言うだろうとカップをテーブルに置いて、使用した台所の片付けをする。スプーンや湯を沸かした鍋だけなのですぐに済む、耳だけ開けておけばいいだろう。
横からリリーが調合箱と果物を切ったナイフとまな板も追加してきたので文句を言おうとしたが、まだ作業中だったので黙った。
「転送魔法なんてあるんですか? おとぎ話みたいに思っていました」
「殆どおとぎ話みたいな魔法だな。エステルが用意して大量の魔石で稼働する一種の魔道具なんだが、他に出来る人間を俺は知らん」
「どこにでも行けるんですか?」
「エステルが設置した転送魔法陣の上だけだな。王宮とここと、今はあの地底窟にも仮設置してある。エステルが自分で出向いて、陣を安全に設置して維持する環境が必要だ。だからそう多くは設置していない」
そこでリリーの薬が完成したようで、緊張を含んだ厳しい声が響いた。
「ジギ、クロストを拘束!」
反射的にジギはクロストの後ろに回り込んで両手を後ろに片手で掴み、反対の腕を首に回して固定した。
「よっしゃ! ジギついでに口をこじ開けろ!」
ガタガタとクロストの前に椅子を移動するリリーは相変わらず緊張を解かない。
出来上がった液体の薬を飲ませようとしているのだろうと思い至ってスティは首を傾げる。
「普通に飲むように言えば飲むんじゃないの?」
「コイツ口ん中で火魔法使って加熱処理するんだよ!」
「「は?」」
スティとジギが同時に意味がわからないと声を発する中、リリーはクロストの鼻を摘んで薬液を口に流し込んで口も塞いだ。
直ぐにゴクリと嚥下したクロストの目には涙が浮かんでいる。
トントンと腕を叩かれて、ジギはゆるゆると拘束を解いた。




