15 都合が悪い事は耳に入らない仕様
配給されている食事に入っていた肉が不味いとは感じなかった。
避難所は年齢も性別もバラバラであり、きちんと加熱されて柔らかく、一度に大量に作ることが出できる煮込み料理が採用されているせいもある。いずれにしてもこの環境下で苦情も上がっていないのだ、調理した人もさぞかし気を遣っただろう。
スノーについて調理室に向かったスティは、そこでいくつかの魔獣の肉を薄切りにして焼いたものを食べさせてもらった。
「どう思う?」
準備してくれた女性も困った様に頬に手を当ててスティの感想を待っている。
「そうですね……こちらが豚の魔獣で、こちらが猪の魔獣、で、これが鶏の魔獣なんですよね?」
噛み切れないほどではなかったが、どの肉も硬く、味が薄いように感じた。
目隠しをして口に入れられたら何の肉を口に入れたのか分からないかもしれない。
不味い、という表現が当てはまるかどうかは分からないが、これでは煮込み料理にするほかないように思えた。
「不味いと言うか、あまり味がしない気がする」
当たり障りのない感想を述べれば、やっぱりそうよね、と二人も同意してもう一度試食していた。
飼育肉と魔獣肉の違いと言えば柔らかさと香りで、飼育肉は柔らかく香りはやや薄め、魔獣肉は弾力があり香りが強いと言うイメージで、口にした魔獣の肉はどちらからともズレている。
「やっぱり煮込みか、細かくして焼くしかないわよねぇ」
準備してくれた女性は調理メニューの方が気になるのだろう、スノーは適当にいくつかの料理名を上げ、お礼を告げてから調理室に繋がっている食糧倉庫へ親指を向けた。
移動しようと言う事だろう、スティもお礼を告げ、食糧倉庫へ外側から入るために搬入口へ足を進める。
「気になるわよね?」
スノーはスティに片目を瞑って言うと足早に一人、荷運びをしていた食肉加工場職員と思われる男に近づいて声をかけた。
「お世話様でーす。すみません、ミュレーターさんはいらっしゃいますか?」
食肉加工場職員は基本的に私服の上にマークと工場の番号が入った前掛けを着け長靴を履いている。
男の私服はフォーと同じく黒いツナギだった。制服という訳ではなく汚れが目立たなく動き安いからと言う理由で、最近みんなが真似をして着ていると聞いている。同じ場所で働いていると思われた。
「ミュレーターなら今日は回収班だから来てませんよ」
「回収班?」
「国境付近に魔獣がかなり出てるらしいんですよ。冒険者が討伐したヤツを回収して車に積むのが回収班。そこから工場まで運ぶのが運搬班。フォーは昨日、配達班だったんで見かけたんでしょう?」
職員は手にしていた肉の入った箱を一度足元に置き、笑顔で教えてくれた。
スティは慌てて声をかける。
「スノー、兄さんなら今日は来てないのよ。あの、こんにちは。フォーの妹です。国境付近へ回収というと、その、捕獲からですか?」
フォーからはなにも聞いていない。
職員もまずいと思ったのだろう、ばつが悪そうに前掛けをいじりながら答える。
「あー、妹さん? どうも。捕獲は冒険者がやるから、僕らは鮮度を保つための処理をするだけだよ。危険な事はなにもないから安心して?」
本当に人が良いのだろう、眉尻を下げて困っている。
家族の事なので心配ではあったが、それよりも、と思う。
勇者パーティーは一体どこで戦っていたのだろうか?
取り逃がした魔獣はそれ程多くはなく、一組ここまで上げて、という指示もあったので、別の冒険者パーティ―も待機させていたはずだ。
「あ、突然変異」
思い出して思わず呟いた言葉に、スノーが首を傾げてスティを伺い見た。
「突然変異?」
「集団恐慌なら味は変わらないでしょう?」
話かけないで欲しいと思いながらスティは考える。
変異は環境に適応するために起こるはずだ。魔獣の減少が原因だろうか? 魔石不足については普通に街で噂になる程度には知られている。かなり減少していると考えて良い。
繁殖や妊娠期間、出産時の個体数、変異するとすればこの辺りだろうか?
そうなると魔獣は小さくなりそうな気もするが、そもそもの魔獣の大きさを知らなければ、運びやすいよう解体されているのでここでは判断がつかない。
そんな思考はどうやら口に出ていたようで、職員の顔色がどんどん変わっているのだが、スティは気付かずに思考を続けている。
スノーは呟かれる内容にこれはヤバいかもと、職員に向かって補足説明を入れた。
なんだか美味しくないような気がしたのだと。
それは職員にも心当たりのある事ではあったが、衛生管理を担当する研究者は一個体づつ菌汚染を確認しているため、食用に問題はなく、餌の減少による飢餓からくる集団恐慌ではないかと説明されていた。
職員はスティがきっぱりと告げた集団恐慌なら味は変わらないという言葉を反芻し、確かに肉質が変わったとしても味は変わらないのかもしれないと、足元に置いた荷物を持ち上げて運搬車に向けて走る。
「ちょ、ヤバイ、ヤバイ、一旦工場戻る! あ、すみません、配給は後程改めてと伝えてください!」
大きな声で運転手を急かし、ついでに伝言を残して出て行くのをスノーはぽかんと口を開けて見送った。
じとりとスティに目をやれば、相変わらず考え事の最中で、
「密度効果ってあったわよね? 考査するにも知識不足だわ。なんでも良いから類似する資料を読みたい。図書館て開いてないかしら?」
などと呟いている。
「火事で全焼の可能性と本での生き埋めの可能性から全館閉鎖中よ」
この国では常識だ。緊急災害時の手引きに書いてある。
「読み終えて腑に落ちる考査が閃いてから死ぬ分には問題ないのだけれど」
スノーはスティの腕を掴んで引き寄せた。
この幼馴染はそのまま図書館へ忍び込むくらいやりかねない。
「大問題よ」
叱るような声色に、スティはもちろん気が付かなかった。




