13 休憩とは
理由も不明なまま避難所で一日。
家に帰りたがる人は多かったが、土魔法の使い手が個人用のスペースを作ったりと、突貫ではあるが環境を整えたのが大きいだろう、幸い騒動にはならなかった。
治安維持会の奉仕活動にはクロストの父親も参加しており、詰所に出向くまでもなくお互いの安否を確認出来た。
食肉加工場職員であるスティの兄も、食材の運搬で立ち寄って、家族が無事である旨を直接スティに伝えている。別の避難所から手紙を預かってきて手渡したりしている職員もいた。やり取りがあちらこちらで見られる。
「スティ、僕はちょっと避難所にいるのが困難だから、治安維持会の方で手伝いをするけど、全然情報も入らないし、もしフォー君と一緒に移動できるなら、一度ご家族と合流した方が良いと思うんだけど」
軽く手をあげて挨拶をしながら、クロストは兄妹の会話に参加する。
クロストにとってはこの環境で眠れないのは確実であるし、食事に関しても周囲から奇異の目で見られるのは避けられないだろう。スティはああそうよね、と苦笑いを浮かべ、兄のフォーもまた血のつながりを感じる悪い笑みを浮かべて頷いた。
「ああ、問題ないよ。もう二ヶ所回ったら一度工場に戻るから、そうしたら親父たちの避難所へ合流したら良い。少し心配し過ぎていて面倒だから来てくれると俺も助かる」
「兄さんも大変なのね。戻って来られなくなりそうでちょっと怖いのだけれど……。一人で居るよりはその方が良いかしら……。クロスト、お手伝いって何をするの? 私に出来そうな事ってある?」
気が重いのか、スティはそんな事を言う。
「土魔法も使えるし、食事を配ったりとか色々あるんじゃないか? 向こうの避難所でも人手は歓迎だろうから、治安維持会の人に聞いてみなよ。……こっちにいてもペルオ達には家族がいるし、僕は収容所に泊まるつもりだし」
収容所など忌避されそうな物であるが、頑丈で閉鎖されていて、何より水で丸洗い出来て、食事の度に火を起こしても問題のない作りである。クロストにとってはその方が楽なのだろう、スティは納得しておいて唇を尖らせる。
「じゃあ、そうする。避難解除されたらすぐに顔を出すわ」
「ああ、長引かないといいな。フォー君も大変だろうけど、頑張ってね」
言外に、色々な意味で、と付け加えたのは無事に伝わったようで、フォーはしみじみと頷いた。
「ありがとうございます。スティ、荷物を持って正面玄関で待っててくれ」
「はーい。それじゃあ、クロスト。行ってきます」
パタパタと荷物を置いている場所へ走っていく後ろ姿を眺めながら、フォーはクロストに確認する。
「国境付近に魔獣が突進してきているらしいですけど、そちらへ?」
治安維持会で街中に残っているのは勤務歴が長く地域で顔が知れている者ばかり、つまり高齢の職員だ。
避難所に冒険者の姿もなく、食肉加工場職員が持ってきた食料は魔獣の肉ばかり。
もちろん一般人にあの勇者パーティーの状況が分かるわけではないが、状況的に言い訳はたつだろう。クロストは浅く頷いて答える。
「後方支援かな。冒険者への通訳とか環境整備とか? そっちは?」
聞いてきた位なのでフォーも情報を持っているのだろう。フォーは首の後ろをかきながら言った。
「回収です。剣は使った事がありませんが、包丁なら持ち慣れてますんで」
しれっと言う内容がなんだかおかしく、クロストは笑って歩き出す。
「確かに冒険者より捌くのが上手そうだよな。まぁ、気を付けて」
「ええ、それじゃあ、また」
それじゃあ、の言い方がスティと一緒だな、と、クロストはそんな事を思いながら、治安維持会へ足を向けた。
***
国境付近は想像していたよりも魔獣が多い。
現場でも集団恐慌と突然変異の区別は付いていないようで、とにかく突進してくる魔獣を倒すだけである。
勇者パーティ―が居た場所は一番酷い場所というだけで、あそこから取り逃がした魔獣だけが向かってきているという訳ではないようだ。
冒険者でも駆け出しと呼ばれる人々に混じって、クロストは通訳兼支援物資の配給を手伝っている。
万が一魔獣に遭遇した場合用にいくつかの魔道具を持たされているが、最終防衛ラインらしいこの位置ではそれ程魔獣がくることもなかった。
「スマゲナミア!」
道具街でスリを捕まえた時の魔道具を構えた冒険者の声を耳にして慌てて声を張り上げる。
「網、行きます!」
構えた冒険者より前方にいた冒険者はその声にチラリと後方を伺って、網が入るであろう範囲に魔獣を誘導したり、網の範囲内から回避したりと、各々で動くのだ。
左右等の方向に関してはキドニー語を使用するが、咄嗟の時には母国語が出る冒険者も多い。
言葉が分からない時は後から見た動きで適宜対応しているであろう言葉を叫ぶこともあるので気が抜けない。
網に絡まった魔獣をひとまとめに引き集めれば食肉加工場職員が駆け寄ってとどめを刺し、全部の沈黙を確認して網を外して冒険者は次を待つ。
食肉加工場職員は手際よく魔獣から魔石を取って首を落とし、血抜きをしながら保管場所へ運んでいくので、周囲は血の海のような有様だ。
携帯食や回復薬を配り、時折水魔法で洗い流したり、土魔法で台車を作ったりしながら半日、交代要員が来た頃には魔力の残りはギリギリで、少しめまいを起こしていた。
慣れないので効率も悪いのだろう、一般庶民としては頑張った方ではないかと、四角く囲っただけの休憩所に入れば、同様に疲れた顔をして何人かが座っている。
「お疲れ様。通訳さん。単語、分かりやすい。助かる」
キドニー語で叫ぶだけでなく、指示が把握しきれていないと思われる人には、分かる限り通訳をしているので、そんな風に声をかけて来たのだろう。
雰囲気で後方から叫ぶだけなので、誰に向けてと言う事もなく、また、流暢に話す程堪能でない言語もあるので、単語だけになってしまったのだ。お礼を言われるのは少し違うような気がしてしまう。
「お疲れ様です。喋れないから、単語で、ごめんなさい」
出来るだけ分かりやすいように言葉を選べばニコニコと笑って、武器の手入れに戻っていく。
治安維持会の人員には何人か見知った顔もあった。
食肉加工場職員にフォーのことを尋ねれば、担当工場が違うが知っていると言う人もいる。
それなりに馴染みつつ、魔法を使わない座って行う作業を教わったりしながら、ぼんやりと予定を考える。
休憩所は今いる机と椅子のある部屋と、ベッドが並ぶ仮眠室、簡易的に身だしなみを整える清拭室、食事室の四棟。それとは別に医療棟と物資倉庫もある。
寝るには精神力が入りそうな有様だが、フラフラして迷惑をかけるわけにもいかない。
二徹位でリリーの薬を使うかと考えて、そういえば勇者パーティーっていつ休憩をするのだろう? と疑問に思う。
十分間で目まぐるしく変わる状況と、共闘していると思われたもう一組の勇者パーティーは別の場所で戦っていて、交代要員などいないように見えた。
あるいはもう大物は片付いて帰投しながら戦っているのかもしれない。
いずれにせよ食肉加工場職員ともう少し仲良くなって、魔獣の突然変異であって集団恐慌ではないことを気づかせなくてはならないだろう。
残りの休憩時間は魔獣解体現場で過ごそうと、クロストは携帯食を小分けにする作業を終えて立ち上がった。




