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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
第三章 魔力暴走する賢者

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12 性格が病的と言われましても

前話、文字数はほぼそのままで少しだけ直しております。




***





 今後一般庶民扱いはされなくなるのかもしれないと、クロストはため息をつく。

 スティの方は作家と開発者として活躍している事もあり、既に一般庶民の粋は出ているのだが、本人にその自覚はない。


「右足に作家、左足に開発者、スティ、三足目の靴はどこに履く? 神の使者は左手で持っておく?」


 遠い目をしながらそんな事を呟けば、


「それなら今回のお礼に時間をプレゼントしようかぁ? 執筆時間の速度加速とかぁ、あ、神憑った予定調整とかぁ? 加護って形で、他から見たらちょーっと運の良い人くらいのやつ」


などと、さも名案の様に神様は言った。


「それなら神の使者的認識をされないようにして頂きたいのですけれど。司書さんみたいに」


 スティはこちらに話を振らないでと、クロストを睨みながら言い、クロストはなんで僕を睨むんだと嫌そうな顔で肩をすくめる。


「んー、その辺りは調整不要だよ? 聖女様がうまーくやってくれるからね。使者的認識はされても今まで通りだよ。大丈夫、大丈夫、問題無しだよ!」


 軽い口調ではあるが、否、という事なのだろう。


「じゃあ、もう二度と呼び出さないでくれ」


「それは無理なそうだーん!」


「そもそもお礼って気持ちの問題じゃなくて?」


 ぶつぶつと愚痴を零すクロストを見ながら、スティは顎に手を当てて欲しいものを考える。

 加護という形で不自然ではなく、他から見たら少しだけ運の良い人、のような、と先程の神様の言葉を反芻して、ふと思い立つ。


「クロストはなにか欲しいものはないの?」


「別にないかな。こういっちゃなんだけど、これ以外に困ってることがない」


「酷い言われ様だなぁ! それにしてもクロスト君で存外幸せな人生なんだねー。気難しい顔してるのにさーあ?」


 お前がそういう顔にしているんだろう、という言葉をのみこんで、クロストはスティを見る。


「希望があるならどうぞ」


「うん、クロストの潔癖症を治すか、お父様のアルコール依存症を治すか、どっちがいいかしら?」


 さらり、とスティは告げて、神様にも確認を取る。


「完璧でなくてもいいです。今よりも生きやすく、加護という形で、そうですね、頑丈な精神とか、そういう感じで出来ませんか? 出来れば両方とも。ほら、親子ですし」


 クロストは驚いてぽかんと口を開けて、それからはくはくと口を動かして、結局黙って成り行きを見守る事にした。

 スティはこてりと首を傾げて神様の言葉を待つ。その姿は可愛らしいと言うよりも、相変わらず脅しているようにしか見えない。


「出来るけどさ、そんな怖い顔をしてもダーメだよ、片方だけ。どうする? クロスト君? 決めるのは君だけれど」


 スティの目がクロストに戻って来て、にこりと微笑んだ。

 悪だくみをしているようにしか見えないと称されるその笑顔は、クロストには変わらず可愛らしく映る。


「僕は端から見てるとそんなに駄目?」


「見ているぶんには面白いわよ? たまに体調を崩すから心配もするけれど。クロストは本当に困ってはない?」


 突然水を巻き散らしたり、燃やしたり、ちょっと顔を引きつらせて手を洗いに行く姿に至っては可愛いとすら思っている。

 それでも常飲する睡眠導入剤や栄養剤、掃除に時間を割く為にあまり休憩する習慣もなく、青い顔で死んだように寝室に入り半日以上出てこないので、その度に心配もしてきた。

 本当に本人が困っていないと思うのなら、これまで通り面白く見守るべきだろうと思う。

 あの優しいご近所の方々と世話を焼くのも楽しいかもしれない。

 もっともスティも今や世話を焼かれている側にあるように思えて、 情けなく眉尻を下げた。

 ああ、でも、確かに困りはしないかもしれない。

 申し訳ないとも思うし、善処しようとは思うけれど、そういう性分なのだ。

 恐らく二人同時にそこに行きついてしまったのだろう。

 クロストは顔を上げてきっぱりと言った。


「困ってない。そういう話なら父さんのアルコール依存症を治して貰いたい」


 クロストの父親は現在も、例えば祭りがあればわざわざ治安維持会の人に頼み込んで自ら隔離されるような生活を送っている。菓子に酒が入っていて我を忘れるような状態はさぞ生きにくいだろう。


「そう。いいよ。ああ、そうだ、スティ君、クロスト君の父親は脳の障害で頑丈な精神では治らないんだよ。かと言って、今からその脳障害を全部治すと少し性格が変わってしまうかもしれないなぁ。頑張っているし、アルコールへの執着の軽減と、アルコールと出会わない加護を授けようか。もう不自然な程遭遇しなくなるからあーんしん」


 実はあまりアルコール依存について詳しくなかったスティは驚いて目を丸くしたが、クロストはなるほど、と小さく頷いた。

 贖罪の意識というのか、酒に支配されていない父親はそれこそ想像する神様の様な良い人なのだ。表と裏の様に片方がプツリと途切れてしまったら、上手くバランスが取れなくなるかもしれない。執着が和らいでアルコールと遭遇しないと言うのであれば、殆ど治ったようなものではないかとも思えた。ついでに神様らしいことも言えるんだな、などと二人は感心する。


「もう一つ、スティ君。クロスト君のは病気じゃなくて考えすぎちゃう性格なだけで、聖女に頼んでも治らないのであしからず。それじゃあ、またね」


 そう言って、二人はリジウム冒険本書店に戻されたのであった。




***



 カンカンと鐘の音が再び耳に入り、二人は手をつないだまま店内に立っていた。


「……良かったのかしら?」


 口惜しさも含みつつスティが言えば、クロストはつないだ手を放し、眼鏡を外してかけ直しながら言う。


「逆を選んでたら、僕は変わらないし、父さんは性格が変わっちゃうしで最悪だったんじゃない?」


 放された手を何となく寂しく感じたので、動作を終えた手を再びつなぎながらスティは訪ねる。


「そういえば眼鏡外すのって癖なの?」


「はっきり見えるのとぼんやり見えるので、目が覚めた時みたいな感じがして、なんだろう、説明が難しいんだけど、やり直し、かな。開始地点でも良いんだけど」


 きゅっと手を握り返して足を進める。

 扉を出て鍵をかける時にまた手を放して、今度はクロストからつなぎなおした。

 満足げにスティは笑んで、いつもぶら下げている自身の眼鏡を持ち上げる。


「クロストにはやり直す用なのね。私は執筆中にぼんやりして来たらかけるから続き用という感じだわ」


「ああ、朝と晩で視力って変わるよな。日常的に困らないなら別にいいと思うけど、その種類の眼鏡って疲れそうだね」


「そうなのよ。しかも遠視なの。だから疲れやすいのよね。この眼鏡はただの趣味ね。ちょっとカッコいいでしょう?」


 ふふふ、と笑いながらかけて見せる。眼窩にはめ込むタイプではなく、耳と鼻で支えるタイプで、蔓には細かな細工が施されていた。


「蜘蛛の巣ってカッコいいの?」


「え? カッコ良くない?」


「掃除が行き届いてない印象。焼き払いたくなる」


「益虫だから駄目よ、焼き払ったら」


 たわいもない会話であるが、周囲はのんびり非難する人を残すだけとなり、鐘の音以外は穏やかなものだ。

 巡回車の停留所には一台が止まっていて、巡回員も待機している。


「お疲れ様です」


 クロストが声をかけると、おお、と、片手をあげて近づいてくる。


「ご近所さん、みんな避難しているか?」


「ミクとペルオは避難してたわ。お隣さんは両方明かりが消えていたし、お向かいさんは奥様が旦那様をせかしているところだったから非難しているんじゃないかしら」


 ぽそりとクロストに耳打ちして伝えると、それがそのまま聞こえていたのか、巡回員はクロストたちが来た方向へ目を向けた。


「お。もう一組来そうだな。そしたら巡回車出すから乗って待ってな」


「空いてる?」


「もうほとんど避難済みで空いてるよ」


「そうだ、父は来ました?」


「ああ、もう詰所にいるぞ。詰所に行ってもらってもいいんだが、ご近所さんが心配するから一度は避難所行けよ?」


「どうもありがとうございます」


 乗ろうか、と巡回車の乗り口まで先行して歩いたクロストが三段の階段を先に昇るように握った手でスティを促した。

 その後姿を目の端に入れて、巡回員は大変微笑ましい気持ちになったのだが、本人たちには知る由もない。

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