04 死なないと始まらないのがリセットマラソン
すぐさま風に背を向けるように体勢を変えた。
轟々と風の音とクロストの文句が聞こえる。
(勇者の状態とか装備とか確認できる事がもっとたくさんあったろっ?)
(うるさいわね! 腹が立ったのよ! 装備確認すればいいのでしょう?)
イライラを乗せて右手に握った剣を横薙ぎに放ると、少し先で壁に突き刺さったようだ。
剣はそのまま遠ざかっていく。
左腕に装着した盾には魔法陣が描かれており、何か効果がありそうだがそれほど詳しくもない。
盾の内側には何本か薬瓶が取り付けてあるが、どれもよく分からない。
鎧の中には携帯食。役に立たなそうである。
スティはポコポコと湧くような音に体を回転させ、頭から飛び込んだ。
***
(休憩なしループ!?)
クロストは落ちる感覚に自分の番であることを認識する。
死の衝撃からかスティからの声は聞こえない。
とりあえずさっき剣が刺さったのだからどこかに壁があるはずだ。
風に背を向けて体勢を立て直し、回転して周囲を確認すると、壁はあった。
黒い岩壁で、地底洞窟なのだろう、下がマグマという事を考えてもかなりの深度だ。
なんとか壁に近づけないかと空を泳ぐようにもがくと、せり出した岩壁に激突してはじかれた。
ガッと衝撃を感じたが、鎧のおかげか、脳内麻薬でも分泌しているのか、痛みは感じない。
どうせこの回では助かる見込みもないだろう。
着地点のマグマというのは、文字通りマグマだけなのだろうか?
空気抵抗が少しでも増えるように両手足を広げてあちらこちらに視線をやる。
(……足場になりそうな岩がいくつかあるのね)
スティの声が聞こえたが、もう熱さで視界は霞んできている。
せめて壁と足場の位置関係だけでもと、回転しながら足からマグマに飛び込んだ。
無意識に吐き出された絶叫は、粉々に砕けた骨の音で自身の耳には聞こえなかった。
***
落ちる。
スティは既に訳がわからなくなっていた。
とにかく早くこのループを終わらせなければならない。
(壁は凹凸と距離があるから、一度マグマ溜まりの足場狙いが良いかもしれない)
クロストの冷静な声に、スティはもう一度壁を探し、距離を視認する。
(盾の魔法陣って意味と使い方わかる?)
盾が視界に入るように体勢を変える。
落下中で風圧がかかってもこんな動作ができるのは勇者の身体能力のおかげだろう。
(魔力を通せば発動するよ。内容は次のループで確認する)
もうマグマが近い。
(試すわ!)
スティは盾に魔力を流し込む。
途端に魔法陣が光り、盾が体をすべて隠せるほど巨大化した。
重量は変わらないのか、空気抵抗分速度は落ちたが、叩きつけられるようにマグマに着地する。
「あぁぁぁぁ!!!!」
盾を装着したままの腕が反動で砕け、跳ねたマグマが小さく、けれど無数に体を焼く。
(飛び込め!)
クロストの声に、スティは自らの頭を叩きつけるようにマグマに落とした。
***
(大丈夫か?)
クロストが呼びかけるが返答はない。
落ち着くまで時間が稼げれば良いのだけれどと、クロストは盾を腕から外して握り、魔力を注いだ。
流石勇者というべきか、己の身長よりも大きい大盾。戦いの最中にこれほど大きくする場面があるのかは疑問だが、速度を落とすには十分だ。
情報収集はできるだけしておこうと、全方位に視線を動かす。
壁を登るのは骨が折れそうだ。
(ここまでと同じ動きなら大体同じところに着水するはず。水じゃないけど)
クロストは何も言ってこないスティに向けて軽口を叩いてみせる。
盾から身を乗り出すように下を見れば、左側に岩場が見えた。
壁方向に点在する足の踏み場程度の小さな岩を確認して、勇者の身体能力があればいけるのか? と込み上がってくる期待を、しかしこの回では駄目だろうと飲み込んで、盾の中心部分に体を戻し、衝撃に備える。
先程よりも速度は落ちていたのだろう、打ち付けられるような痛みはあったが、骨が砕けるような事態にはならなかった。素早く立ち上がったため、いきなり肌を焼かれることもない。
足元で盾に取り付けられた薬瓶が音を立てて割れていく。
熱で視界が揺らぐので、両腕で顔を庇いながら足場になりそうな岩を確認する。
(盾はここで放棄するしかないけれど、あの岩を足場に、あっちへ飛んで、次はあの岩、助走が付けられないから遠回りだけれど、次はあっち)
視線が少し下がる。
(今、好きな季節を聞かれたら、絶対に冬って答える)
(クロスト?)
(見えてる? 勇者って、視力もいいよね)
両腕が降ろされ、視界が狭まってくる。
(あそこまで行けば、)
ぐにゃりと視界が揺れ、視線が足元に移る。
炎に包まれているのが見えた。
(クロスト!)
(もう一度、見せる、から、)
そこで視界は暗転したが、スティが落下を味わうまで、少しの時間があった。
***
(クロスト!)
叫ぶように呼びかけながら、スティは盾に魔力を流して大盾へと変化させる。
(……方向は把握してる?)
落ち着いた返答に、スティは、はぁ、と大きく息をついた。
(次からは即死して)
(物凄い勢いでトラウマが製造されていくね。ただでさえ捻くれてるのに、更に酷くなりそうだ。で、把握できた?)
(出来てるわ)
(靴はだんだん熱くなるけど、いきなり火傷するような熱さにはならないから、少しくらい浸かっても大丈夫だと思う。耐性のついた装備なんだと思うよ。ただ火傷し始めると中で皮膚が貼り付いて、剥がしながらじゃないと……)
(聞きたくないわ!)
スティはあまりの内容に遮った。
(そうだろう? だから失敗だと思ったら即死してね。さあ、早く盾を外して)
スティは盾を腕から外していなかったことに気が付いて、慌てて外して握り込んだ。
勇者の身体能力に体が慣れず、力を入れすぎてしまっている。
岩を移動する時も気を付けないと、と、落下位置を確認して、着地の衝撃に備えた。
(立って!)
クロストの指示に、着地と同時に先程見せてもらった方向に視線を動かしながら跳躍する。
スティにとって遠くても、勇者にとっては近いかもしれない。
最悪は剣を足場や杖として使わなくてはと、柄を握りしめた。
最初の岩で一瞬足を止め、以降の小さすぎる岩はトントンと足先で弾く様に飛び、次の少しだけ大きい岩を目指す。
熱気で息が詰まる。肺が焼けてしまいそうだ。
小さく息を吸い、次の岩へと移動を続ける。
夢中で飛んで、あと少し、というところで視界が歪み、バランスを崩した。
ジュウと焼ける様な音を立てて、体のあちこちが燃え焼かれている。
(……飛び込んでくれ……)
クロストの悲痛な声に、スティは失敗を悟り、全身の力を抜いた。
後は死ぬだけ。