09 飛び蹴りで登場人物は増えない
風魔法と回復魔法をほぼ同時にかけて、続いて速度加速を意識的に放出した、と思う。
クロストはアマリリスを肩に担いで立ち上がり、ロイドのいる方向に移動する。
(何かわかったの?)
スティが尋ねてきた。
(間に合うのって勇者パーティーのメンツじゃないだろ?)
月刊勇者冒険譚で紹介されていたメンバーは五人。
前衛に三人、後衛に二人が居たことになる。
強力な増援を勇者パーティーが期待するだろうか? 別枠でもう一人、人々から尊敬されている人物が思い浮かぶ。
「……っ」
担いだアマリリスが覚醒したのだろう、運ばれていることに驚きはしたが、声は上げずに背中を叩いた。結構な威力である。
「間に合うと思うから!」
クロストが走りながらそう叫ぶと、背中への攻撃は止み、変わりに大声で叫ぶ。
「後衛抜けるぞ! 野郎ども!!!」
先ほども見た炎魔法だろう。情けない声で返事が聞こえるが、発動の余波で少しだけ後方から押されるような感覚にこちらも余裕がなく、転ばずに足を動かし続けるのが精一杯である。
やはり元々の身体能力はそれほど高くはないのだろう。そのおかげか、よく分からない魔法の発動が身体強化に向いているようで、心なしか怒号も少ないようだった。全員等しく身体強化をされれば実力差はそのままなのだ。
アマリリスは器用に前方へも魔法を放ち、ロイドが積み上げていた魔獣の山を燃やす。
これでロイドの怪我を見て回復魔法が発動してしまっても、周囲に回復してしまう魔獣は数える程度だろう。さすがに前衛まで回復魔法が届くとは思いたくない。
近づいても問題はなさそうだという思いがそのまま魔法を発動させ、次の一歩でロイドの眼前まで到達する。
転移というものなのか瞬間移動というものなのかは分からないが、これは他へ影響を与えないようだった。
見ているだけのスティには疑問を持てたが、行動中のクロストには気がつく余裕もない。
アマリリスがポンと肩から飛び降りた。
「ロイド、見ての通り魔力暴走だ。お前魔力残量は見える?」
「見えません」
「使えねぇな」
「申し訳ございません」
顔にこそ出さないが、その返答には呆れが含まれている。分からないのが普通なのだろう。
考えてみたらクロストは今、死ぬかもしれない状態なのに平然としすぎているかもしれない。実際自分が街中で魔力暴走を起こしてしまったら、と考えて思いつく。
迷惑が最小限のうちに死ぬのが正解だとしたら?
賢者が強すぎるが故にそれが酷く難しいのだとしたら?
クロストは一度目を瞑り深呼吸をしてその考えを打ち消した。
今回のロイドには、少なくとも血が止まっていない状態の怪我は無いようだ。
ここから先は時間稼ぎをするべきだろう。
スティも同様に、
(時間稼ぎが必要ね)
と呟いた。
同じ内容に想いを巡らせているようで、クロストは滅多にない同調の嬉しさからかけていない眼鏡に手をやってしまい、誤魔化すように片目を塞ぐ。別にバレたところで酷い反応はされないとは思うのだが、咄嗟にやってしまった。
体感と範囲外の時間に差を作るのならば、速度は減速。時間停止や遅延も出来るのだろうか?
イメージだけだが思い浮かべば発動するはずだ。
前衛に目を凝らせば身体強化の一種だろう、小さくぼんやりと見えていた乱戦中の三人がくっきりと見える。
その動きはおかしな程高速に見え、良かった、かかっている、とクロストは安堵する。
この状態を出来るだけ維持しつつ、気持ちを別の事柄に向かわないようにするのが最善だろう、誰に許可を取るでもなく、クロストは座り込んで腕を組み目を瞑った。
「エステル」
アマリリスが肩に手をついて耳元で囁く。
「頑張れ」
簡単な一言で手を離し、タッと軽い音を立てて気配が消えた。
余計なことをしないように集中しようとすれば聴覚にも何か魔法が発動したのだろう、全ての音が遠のいたように音量を落とした。
気絶している状態に近いのだが、スティは何も話しかけてはこない。
余計なことを考えないようにという配慮か、それとも次に自分の番が回ってきた時の為に最善策を模索しているのか、スティならどちらもありそうではあるが、話しかけられないだけでこんな風に考えてしまうのだから、何も考えないというのは自分には難しいらしい。
制御が効かないというのも困りものだ、という愚痴めいた考えは、ぼんやりと父親を連想させる。
駄目だと思っても起こしてしまう事象へのやるせなさは、いつまでも引きずられてボロボロになり、そのうち進むことも困難になるように思えて、早く捨ててしまえばいいと何度も思った。
捨てられたところで、祖父もいたし、近所の人も良くしてくれて、別に困りもしない。
母のように新しい生活を始めて、別の形でつながり直す道もあったのだ。
最も連絡が来れば返事をするだけの希薄な関係ではあるし、母親に恨みが向くほど父親の所業も甘くはなかったので、そんなものだろうという気持ちしかないのだが、それを父親に打ち明けたことはない。
スティ提案の改築工事中のある日、幼さを盾にほとんど嫌がらせのように社会的地位を貶めた自覚があったことを詫びた。嫌な子供だっただろうと言うクロストに、父親は困った顔で笑った。
そうさせたのは自分で、愛しているから手放すこともできず、見捨てられる覚悟もしてきたが、見捨てずにそばにいてくれてありがとう。
要約するとそんな内容で、言われた日はどういたしましてとだけ告げ、そうだよな、という感想しか湧かなかったのだが、一週間後に自分も父親を愛しているのだな、と思い至って戦慄した。
この愛し方は人として終わっていると思う。
スティとはこのままの関係を維持して、家族には決してなるまい。そもそもスティの方にその気があるのかも分からないので、迷惑をかけそうになったら早めに捨てよう。
考え事があらぬ方向に向かってしまい、クロストは慌てて思考を止める。
制御不能は困る、つまり父親も困っているということを体感できたし、これはどうにもならない。全面的に父親を許してこの考えは終わりだ。
気を変えようと、戦況に耳をやれば聴覚が戻ってくる。
遠くから賑やかな怒声。どうやら何か発動してしまっているらしい。
すぐ後ろでは何かを刺す音とため息。
ロイドは結構いい性格をしているので、そろそろ面倒になってきたのかもしれない。
それから待ち望んでいた足音が二つ。
(来た)
思わずスティに向かって告げる。
(聖女と、護衛かしら?)
勇者パーティーが増援に望む人物といえば聖女くらいという見解は一致していたようだ。
ゆっくりと目を開いて、速度が普通になるようにと願う。これだけで発動するはずだ。
タタタンと少しだけ足音を乱しながら、足音は更に大きくなる。
クロストは立ち上がり振り返った。
「ジギ、足がかり!」
叫んだ少女は、並走して走るジギ・タリスが差し出した組んだ両掌を踏みつけて跳躍し、追加で叫ぶ。
「暴走してんじゃねぇぞクソ親父ぃ!!!!」
見覚えのあるゆるふわ金髪と可愛いと評判の顔面を持つ薬師リリー・ベラドンナの足裏が顔面に着弾するまであと一秒。
((やっぱり!))
二人の声は揃うのだった。




