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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
第三章 魔力暴走する賢者

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08 直接知らない人を悼み続ける事は存外難しい


「見てお分かりになるのはアマリリス様くらいでしょう」


 スティから見てロイドは相変わらず殺し屋のような雰囲気で、足元で瀕死だったはずの魔獣が起き上がるのを踏みつけて刺しながら言う。


「回復がかかりましたね」


 額から流れる血が原因だろう。

 勝手に発動する回復魔法は死にたての魔獣も回復させてしまったのだ。

 ロイドが魔獣に刺していた剣を乱暴に引き抜きながら、スティに向かって踏み込んで間合いを詰め、片手で腕をつかんで体勢を下げさせ、頭を抱えるように立ち位置を反転させる。


「っ!」


 ザクリと嫌な音が耳に入ると同時に、背中に暖かい湯をかけられたような感触と、かろうじて視界に入る地面にビシャリと赤色が飛んだ。


「……そのままで……」


 ロイドの声が低く耳元で聞こえ、抱えていた頭を離される。


「……!」


 スティが声にならない声を漏らす。

 ロイドが後ろで体を動かすのに合わせ、ボタボタと音をたて、地面は新しく赤く染まった。

 先程まで勝手に発動していた回復魔法が今は発動しない。


「……か……回復! 回復!」


 緊張で固まった喉元を手で押さえながら、スティは振り返らずに叫ぶ。


(スティ、落ち着いて!)


 クロストが声をかけるが、スティの心には届かない。

 スティの視線は地面を見つめたまま、やがて小さく呟いた。


「神様……」


 目を瞑ったのだろう、暗転した視界の中、クロストは慎重に周囲の音を拾う。

 一番近くから聞こえた音は、グォという魔獣の叫びと何かを打ち付けるような音。


(あんなのに祈るな。ロイドはまだ生きてるし、無理ならなんか適当に死んだらいい)


 クロストはもう一度スティに呼びかけた。

 剣の音、風の音、地を蹴る音と魔法を発動する声、魔獣の鳴き声は断末魔と叫び。

 タンタンとどこからかこちらに向かってくる二人分の足音も聞こえる。


 トン、と背中に質量を感じてスティは目を開ける。


 スティの背中の質量は重さを増してずるりと下に降りていく。

 反射的に伸ばされた背筋から逃れるように質量は横へ移動して、どさりとどこかが地面に到達して、もう一度どさりと音を立てた。


「え……?」


 音に合わせて視線が動き、視界の端で黒髪の頭部をとらえる。


 そこがスティの許容できる限界値だったのだろう。既に魔力暴走状態ではあったが、再び暴走する。


「ドン! ドン! ドン! ドン!」


 あちらこちらに黒い球体を浮かび上がらせて、スティは気絶した。




***




「呼んだ―?」


 馬鹿にしているとしか思えないその声に、クロストは顔を歪める。

 テーブルの反対側に座っているスティは意識がなく、青白い顔で背もたれに体を預けていた。


「僕は呼んでないけど、スティは呼んでたね」


「そうだよねぇー! スティちゃーん、起きて起きて!」


 神様の声に、スティは普通に目を覚ます。

 ぼんやりと視線を彷徨わせた後、テーブルに置かれた茶器に目を止めて首を傾げ、それからテーブルに両手を叩きつけて立ち上がり叫ぶ。


「失敗! 失敗してるのよね!?」

 

「えー? どっちだと思う?」


 神様は意地悪く笑っているようだった。

 スティはゆっくりとテーブルに叩きつけた両手を持ち上げて胸の前で組み、大きく息を吐いて椅子に座り直す。

 スティの頭の中は、失敗よね? という質問で頭がいっぱいだった。

 蘇生魔法というのは物語の中だけで、実際にあると聞いた事はない。

 ロイドが死んでいれば、死んだままという事になる。

 もしもすぐに回復魔法が発動していれば生き返っているかもしれないが、回復魔法を発動しようとしても発動しなかったのだ。確率は低いように思えた。

 ぐるぐると巡る思考に涙目になっているスティを見ながら、クロストが口を開く。


「失敗ですよね? 最後の黒い球体、一つだけでも仲間まで大慌てだった。どんな魔法か知らないけど、いくつも出してた。とてもじゃないけどあそこからの成功の方が想像つかないけど、それよりも、」


 トントン、とテーブルを指で弾いて、スティの視線をクロストに向けさせる。

 目が合ったのを確認して、クロストは続けた。


「あの状況で僕の名前を呼ばずに神頼みってどういうこと?」


「ええー! クロスト君、それはひどくなぁい? 困った時は神頼みでしょう?」


 すぐに神様は不満を漏らすが、クロストは無視してスティにもう一度訪ねる。


「君はなにに絶望したの?」


 クロストを見ていたスティの目が一度閉じられ、ぽろりと、我慢していたのであろう、涙があふれ出た。

 結界が崩壊したように流れる涙に、クロストも少し慌てたが、他人の体液に触れるかもしれない事の方が問題だったので落ち着くまで黙って見ていることにする。

 スティとしても別に慰めて貰いたいわけではない。

 ちょっと泣いて落ち着いたら話せばいいと、顎から落ちてスカートに吸い込まれていく涙を眺めた。

 そう、今回もまた失敗したはずだ。大丈夫、と、自身に言い聞かせて、顔を上げる。


「神様、鼻紙を下さい」


「ほいきた!」


 とん、と、テーブルの上に小さな屑箱と鼻紙の束が現れて、スティは豪快に鼻をかんだ。

 基本的にこういう事が苦手なクロストではあるが、体内に留められている方が気分が悪いと思うので、黙って自分の手を見ながら、珍しく神様も気を利かせたな、小さな屑箱はあると便利そうだな、などと関係ない事を考えているのだが、口に出さなければ少なくともスティには伝わらない。

 暫くしてスティが落ち着いた頃、言葉を発したのは神様だった。


「ごめーんね? 大丈夫だよ。ちゃんと失敗しているから誰も死んでないよ」


 変わらず楽しそうな口調ではあるが、神様らしくないような気がして、スティもクロストも困惑する。

 困惑を感じ取った神様はすぐにいつもの調子を取り戻して、


「そこまでマジヘコミすると思わないじゃん? 神様ドン引きなんですけどー」


とゲラゲラ笑いだしたので、二人はなんだか一気に疲れたような気持になって、顔を見合わせて苦笑いを浮かべあう。


「ジギ・タリスさんの時みたいに、このまま成功したら二度とロイドと会えないんだと思ったらどうしていいか分からなくなって……回復させなくちゃと思ったんだけれど、その前に魔獣も回復しちゃっていたし、気持ちが揺れてしまって」


「それで発動しなかったのか。……あのさ、知ってる人と知らない人だと対応違いすぎない?」


「……自分が死んでやり直せるか否かもあるわよ。でもまぁ、実際に知っている人となると、現実的にもなるでしょう? 一応分かってはいるのよ? 現実だって」


 意地悪を言わないでと、スティはもごもごと小さく付け足したが、クロストはそれなら良かったよ、とさらりと流した。


「で、実際のところどんな魔法が発動されてたの? 賢者って普通の魔導士となにか違うの?」


「簡単に言うと、魔導士は戦闘系特化で賢者は支援系特化って感じぃ? まぁ、あの二人は非常識に魔力量が多いからねー。普通の生活魔法を高出力で出してるだけだったりするから分からないかも―。使ってた魔法は、速度加速とかー、逆に遅延させたりとか、重力操作だとか、そういう魔法はどんどこ発動してたねー。でも、ぜーんぶにかかるから、ぜーんぶが同じ状態で、なーんも変わらないっていう、ウケるよね。あははははは!」


 そういう魔法もあるのかと感心するが、やはり神様との会話はなんだか腹が立つ二人である。


「だと、時間感覚がおかしかったのは説明が付く、か」


「ああ! そうよね! 魔法がかかっていない人から見たら早く動いたり遅く動いたりしていたって事なのよね?」


「それに勇者パーティーって五人そろって……」


 何か気が付いたのだろう、考え考え言葉を紡いでいたクロストに割り込むように、神様が言う。


「はいはいはいはいはいはいはい! もう十分休憩したでしょー? 次はクロスト君の番だよね! いってらっしゃーい!」


「お……」


 苦情を入れようとする声は断絶され、強引にクロストの番だと意識が飛ばされるのだった。

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