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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
第三章 魔力暴走する賢者

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05 発狂する前に気絶できるのは僥倖(思いがけない幸運)である


 そもそもどんな理由で魔力が暴走したのか?

 クロストは息を整えながら風と回復の魔法を殆ど同時に放出して、膝の上に寝かせているアマリリスから視線を外す。

 状況的に考えれば妻であるアマリリスの怪我が直接的な原因で、魔獣の爪で引き裂かれた様な服と、風魔法で魔獣を吹き飛ばしている事から、庇われただろうと思う。

 守ってもらうなどと軽はずみに発言してしまったが、庇われての魔力暴走であれば悪手だった。逆にこのまま庇い返した方が精神的にも良いかもしれないと結論を出す。

 アマリリスを抱きかかえて立ち上がり、風魔法のおかげで見通しの良くなった周囲を見渡して、退避する方向を選ぶ。

 洞窟内のような景色ではあるが、空間としては広い。

 左の通路からなだれ込んできた魔獣がこちら側と向こう側へ押し寄せている。

 向かってくる魔獣を次々と切り捨てているのが前衛で、その後ろ、投げ飛ばされてきた剣を拾って新しい剣を投げ返しているのは補給部隊というやつだろうか。

 賢者や魔導士は後衛扱いなのだろう、それよりもさらに後ろに下がっている。

 恐らく反対側ではブレイン国側の勇者パーティ―が対応に当たっている。

 今更ながらあの量の魔獣が街に押し寄せてきたらと思いゾッとした。

 そんな考えをきっかけに、また何か魔法が発動したのが分かり、拒絶するように頭を振る。

 後方は行き止まりのようで、所々に魔法で作りだした土壁が建っていた。

 右側は地面に大きく亀裂が走り、亀裂の向こう側に人影が見える。

 左側では一人、先程風魔法で吹き飛ばした魔獣にとどめを刺していた。雰囲気からそこから先も行き止まりか、逃がしても問題のない行き先に思える。

 ざっと見まわした感想のまま、クロストは右に進路を決め、大声で叫びながら足裏から風魔法を噴出してアマリリスを抱えたまま飛ぶ。


「暴走が収まらない! 退避する!」


「だー、くっそ、リリスは置いて行けよっ!」


 後方で何か聞こえた気がするが、どういう人間関係なのかもよく分からないので聞こえなかった事にする。

 抱えられたアマリリスは既に覚醒しているのだろう、胸元を掴まれた感覚で分かった。

 右足で地を蹴り、左足で地を蹴り、亀裂前は両足で地を蹴り上げて亀裂を飛び越える。

 賢者というのはあまり身体能力は高くないのかもしれない。

 勢いを殺しきれず、着地して数歩歩いてつまずいたが、勝手に風魔法が発動してふわりと地面に座るように降りた。

 ペシリと抱えていたアマリリスが軽く頬を叩いてくる。

 視線を落とす前にアマリリスは自分で立ち上がりながら、亀裂前で待機していた人間に指示を出す。


「キシロ、このバカ連れて退避。途中で一組ここまで上げて。テトラ、アタシと後衛へ移動。……業火!」


 アマリリスは振り向き様に火魔法を発動して飛んできた魔獣を打ち落とした。

 火だるまになった魔獣がそのまま亀裂に飲み込まれていく。考えられない威力である。

 クロストは魔獣が飛んできたことにも気が付かなかった。

 それからアマリリスはこちらを向いてふわりと笑った。

 血まみれのままなので少々猟奇的な姿ではあるが、慈しむような笑顔はクロストをほんの少しだけドキリとさせる。

 密着するように近づかれてローブの留め金を外された。

 足元にローブが落ちるのを目で追う途中、アマリリスが呟いた。


「迎えにこいよ?」


 それは戦場だからこその言葉で、エステル本人であれば正しく意味を読み取れたであろう声色を、一般人である二人には読み取れるはずもなく、視界は暗転した。




***




(終わらないか……)


 暗闇に引き戻されてクロストはぼそりと呟いた。


(この後どうなるのかしらね。死因がわからないと、どこが失敗なのかも分からないわ……)


 スティも困惑気味である。

 神様的最短進行というものはあるようだが、今回は一方的に話を聞いただけなので糸口になるような言葉も特になかった。

 こんな事ならもう少し相手にすればよかったと、スティは後悔するが、クロストは聞いたところで分からないと思うと持論を展開する。

 慰めではなく持論の展開という部分がクロストらしくて良いとスティは笑った。


(どうせ無敵状態なんだし、次は思い切って死にそうな事に挑戦してみるわね)


 そんな不穏な言葉を吐いて、スティの番がくる。




***




 風魔法と回復魔法を済ませると、スティはアマリリスをそっと地面に寝かせて半球状の氷魔法で囲い、そのまま正面の前衛部隊に向かって走る。

 ぐん、と速度が上がるのは何らかの補助魔法が発動してしまっているのだろう、同じく広域にかかってしまうので、同時に動くものすべての速度が上がり、視覚的には変わりがないように見えた。

 中衛は二人、先程クロストが見ていた剣の投げ渡しは簡易的に手入れをしているのだろう、以前取材した冒険者は魔獣をニ、三体切ると血の油で滑り、骨で刃こぼれを起こすので四体目からは力業だと言っていた。

 知らず付与魔法でもかけているのか、片足で風魔法を放出して魔獣を吹き飛ばしながら剣を拭っていた男が驚いて声を上げる。


「うわ、拭いてる時にマジで勘弁してください!」


 スティは文句はご本人様に、と思いながらふと、魔獣がなだれ込んでくる左の道を埋めたら落ち着くのでは? と思いついてしまい、再びなにか魔法が発動した。

 キンっと甲高い音がして、魔獣がなだれ込んでくる合流地点に黒い球体の何かが生まれて、魔獣を飲み込みながら球体がどんどん大きくなっていく。


((どういう魔法なんだろう?))


 実に呑気な一般人二人の感想である。

 それを吹き飛ばすような怒声が響いた。


「殺す気か!」


「ヤバッ!」


「防壁! 防壁! 防壁!」


 前衛の二人がこちらに向かって走り、もう一人が時折振り返りながら岩壁を作りつつ後退している。

 なにか危ないのだろうか? そう思うと同時になにか新たな魔法が発動した事だけが分かった。

 黒い球体は大きくなり続けており、天井まで到達して道を塞ぎ、ここからは見えないところで魔獣を飲み込み続けているようで、細かく振動している。

 スティの後ろに回り込んだ前衛二人が岩壁を作りながら後退しているもう一人に叫んだ。


「サイ、もういいからコイツの後ろに回り込めっ」


 流石にこれ以上前進するのは危険かと、スティも足を止めてサイと呼ばれた鎧を着た男が後ろに回り込むのを確認して、防壁をまねようと右手を前に突き出した。

 魔力暴走中である。最大出力で物凄い壁が出来るに違いない。


「防壁!」


 叫んだのと同時、黒い球体が再びキンと音を立ててから一気に飲み込んだ魔獣を回転させながら巻き散らし始めた。

 粗く分断された魔獣の肉と血、骨類が四散する。

 ガンゴンと作り出した防壁に当たっては跳ね返り、その度にベシャリと血の雨も降る。

 辺り一面血の海と化していく中、スティは普通の、一般人的感覚ですうっと意識を手放した。




***




 あまりの光景に二人とものんびりと話をしている余裕もなく、ようやく口を聞こうと思えた時にはクロストの番になった。

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